第54話―ナイフ男視点

俺たちの頭を殴り倒した男は、本当にいけすかねえヤツだった。
涼しい顔で女を守るような行動をとって、俺たちふたりを相手に平然と戦う。
俺が放った陰で隠したナイフが男の甲をかすめ、にやりと笑う。
これであの男の顔が歪むところが見られる。

特に表情も変えず傷口を見る男に、俺はナイフの特徴をひとつ教える。

「兄ちゃん、俺のナイフに触ったなぁ」
「…?」
「このナイフには毒が仕込んであってな。兄ちゃん、五分もせずにのたうって死ぬぜ」

身体の中からじわじわと全部を溶かす毒。
これはだんだんと苦痛が増していき、最後には声にならない声で叫ぶ。
ぶわり、と男のオーラが渦巻いた。なんだ、怯えもしないか。

「苦しんで死ぬか、ここで一瞬で死ぬか選びな!!」

俺が投げたナイフを避けながら横に転がった男は、そのまま身体でテーブルを押し立てた。
気配を殺していたはずなのに、相棒の攻撃に気づいていたらしい。
立てられたテーブルに阻まれて、相棒の念砲は届かずテーブルを溶かすだけで終わった。

「ちっ、上手くよけたナ」

次は二人で同時に攻撃をしかける。
毒が体内を巡っているとは思えない男の様子に妙だと思う。
毒に耐性のあるヤツなのか?稀にそういうヤツはいるが、これはかなりの猛毒だ。
いくら耐性があったとしても何もないってことはない。

油断できねえな、と集中して男の動きを追うと、急に加速した。
目で追うのもやっとの速さに、これまで男が本気を出していなかったとわかる。
つまり俺らはなめられてたってことか、馬鹿にしてんじゃねえ!

背後に回る気配があり、俺は直感に従って身体を反転させる。
背後に念砲を構えている相棒を感じるが、構うこたあない。俺らは長い付き合いだ。
相手を攻撃するようなヘマはしない。だから俺は遠慮なく目の前の男に集中できる。
ナイフを構えていた腕を男が強くつかんだ。骨がみしりと鳴る。ほう、けっこう力あんじゃねえか。
けど利き手しかナイフを持たないわけじゃねえんだよ。
それに、これで攻撃を封じたと思ってもらっちゃ困る。

「遠距離がメインだからって、近距離に弱いわけじゃねえんだぜ兄ちゃん」

こんな仕事してると、片手が使えなくなることはよくある。
だから両手に攻撃手段を持つというのは当然のことだ。
空いた手の方にナイフを具現化させれば、男の焦げ茶色の瞳がすうと細められる。
それに構わずナイフで男の首を掻っ切る。掻っ切ったつもりだった。

なのに、次の瞬間に男は離れた壁際にいた。
どういうことだ、いま何が起こった。瞬間移動でもしやがったのか。

「お前がやらないなら、俺がやル!」
「!!」

相棒の口ぶりに首を捻りながら、もう一度攻撃。
しかしやっぱりあいつの姿は急に消える。なんなんだいったい…!
苛立ちながらさらにナイフを放つと、男はちらりと後ろへ視線を向けた。
そこにいるのは、頭の酌をしていた女。
このままあいつが俺たちの攻撃を避ければ、女に当たって間違いなく死ぬ。

冷たさを感じる男は、見捨てると思ったが。
躊躇いなく女を片腕で抱え込み、女の腕にあった自分の上着を引き抜いた。
そしてナイフと相棒の念砲が届く直前、その上着を盾のように広げる。

そんなもので、と思ったが。
上着を覆う凄まじいオーラに、俺のナイフも相棒の念砲も威力を削がれた。
男たちに到達することもなく、上着に弾かれて俺たちの攻撃は方向を見失い壁を溶かす。
………なんだありゃ…?
恐らくは上着にオーラをまとう「周」を行ったんだろう。だが。
あの圧倒的なオーラ量はなんだ。周であれほどの念を見せるってことは。

がらん、と壁にかかっていた頭のコレクションが床に落ちる。
いくら周で防御力を上げていたとはいえ、ぼろぼろになった上着を男は放り出した。
そしてコレクションの中にあった鞭を手に無造作に立ち上がる。

「関係ない人間巻き込んでんじゃねえよ…」

低く唸った男は、背後に女を庇い鞭をその場で振った。
すると、足元に転がっていた頭のコレクションが次々に跳ね上げられていく。
鞭に弾かれた拷問器具が俺たちの方へと飛んできて、慌てて避ける。が、避けた先にも飛んでくる。
なんだこいつ、鞭の扱いに異様に慣れてやがる…!!

頭のコレクションを溶かすわけにもいかず、俺たちはかわすしかできない。

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁああ!!!」

突然、相棒の断末魔が響いた。
弾かれたように振り返ると、頭に頭を鷲掴みにされてぶら下げられる相棒。
その腹部が奇妙に潰れている。相棒は血と泡を口から吐き出し、白眼をむいた。

「ふー、危ねえ危ねえ。いまのはヤバかったぜ」
「てめぇ…自分の仲間を盾にするってのはどういうことだ」
「仲間ぁ?こいつらは俺の道具だ。どう使おうが俺の勝手だろうが」

頭の盾にされたのか、とすでに動かない相棒の姿を眺め俺は身体を震わせる。
知っていた、こういうひとだと。だからこそ強く、盗賊団もここまで大きくなった。
しかし何度見ても、恐ろしい。俺も人を殺すことに躊躇いはない。
だが、それなりに気を許していた仲間に同じことはできない。そこが、器の差だ。

「……ここまで腹立ったのは久しぶりだぜ。おい!」
「…何だ?」
「手加減ゼロだ。百パーセントでいく。気をつけろよ」
「おいジン」
「そこのねーちゃんも、守ってやれ」

瞬間、ジンと呼ばれた男のオーラ量が跳ね上がる。
こいつ、どこまで上がるんだ…!?頭と同等、いや頭よりも…!

頭の腕が俺に伸びてくる。次は俺の番かよ、と唇はなぜか笑う。

盗賊の最後なんて、こんなもんだろうな。





非道にも程がある首領です。

[2011年 7月 3日]