第55話

咄嗟に広げた上着はぼろぼろになったけど、なんとか俺たちを守ってはくれた。
必死でもう頭真っ白。がらん、とすぐ傍に何かが落ちてきて。
視線を向ければ拷問器具のコレクションが。……ま、間近で見たくないこんなもの。
あ、でも鞭あるじゃん。これならナイフぐらいは叩き落とせるんじゃね?
俺の腕の中で可哀想なぐらいに女のひとが震えてる。そうだよな、怖いよな。
俺だって怖い…!!

「関係ない人間巻き込んでんじゃねえよ…」

ジンもだけど、ここの盗賊団の連中!俺、無関係だからっ、一般人なの!
堅気を巻き込んでんじゃありません!って別に極道じゃないから関係ないのか…。

とりあえず鞭をとってみて、試しに振ってみる。
って、あれー!?なんか思った方向に鞭がいかないんですけどー!
え、どうしたらいいのこれっ。って、他の器具が吹っ飛んでく!
うわ、こっちに飛んでくるもんもあんじゃん、危ない危ないっ。
夢中で鞭を使って弾き返す。ちょ、難しいな鞭!

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁああ!!!」

いきなり聞こえてきた悲鳴に、俺はぎょっとする。
な、なに、どうしたの。

「ふー、危ねえ危ねえ。いまのはヤバかったぜ」
「てめぇ…自分の仲間を盾にするってのはどういうことだ」
「仲間ぁ?こいつらは俺の道具だ。どう使おうが俺の勝手だろうが」

かめはめは大王(すでに違うひとになってる)が首領に頭をつかまれぶら下がっていた。
どうやらジンの攻撃を避けきれないと判断して、部下を盾にしたらしい。
………なんて悪役らしい悪役なんだ。

「……ここまで腹立ったのは久しぶりだぜ。おい!」
「…何だ?」
「手加減ゼロだ。百パーセントでいく。気をつけろよ」
「おいジン」
「そこのねーちゃんも、守ってやれ」

ちょ、いきなり本気って…!うわわ、すごいオーラが渦巻いてる…!
俺は慌てて女のひとを抱えて、瞬きを止めて部屋の外に向かった。
だって絶対これ部屋の中大破するだろ…!この中にいて生きてられる自信ないよ俺!
全てがスローの世界。だんだんとジンのオーラ量が増幅していくのを肌で感じる。

後ろは振り返らない。だってジンなら大丈夫だろうから。
俺はこの部屋どころか、アジトの出口を目指して駆け抜けた。






さすがにずっと瞬きを止めてるのは無理で、途中何度もリアルタイムになったんだけど。
その度にどしんどしん建物が揺れるのがほんと怖くてさー。
俺たちがようやくアジトから出たときなんて、なんか煙が立ち上ってたんですけど…?
生き残ってた盗賊連中は、それぞれ持てるだけの財宝持って逃亡。
気が付けば人の気配のないアジトの前に、俺と女のひとしか立っていない状況で。

ここでジンを待ってればいいんだろうか。俺としては早く帰りたい。

「あ、あの…」

震える声が聞こえてきて振り返ると、女のひとがぎゅっと両手を握って俺を見上げてた。
よく見ると裸足のまま。服も薄着だし、何か羽織れるものあればよかったんだけど。
俺の上着ダメになっちゃったしなぁ…我慢してもらうしか。

「助けてくださって、ありがとうございました…!」
「俺は何もしてないよ。無事でよかった」
「そんな、そんなことありません、私生きてここを出れるなんて…思ってなかっ…」

えええ、泣き出しちゃったよー!!
これ俺が泣かしたの?俺のせい?どうしたらいいんだよー!

きっと怖い思いをしてたんだろう。安心させてあげたいけど、何をすればいいのやら。
ものすごく悩んだ後で、結局俺は彼女の頭を撫でてあげるぐらいしかできなかった。
友人ならこういうとき、すんなり抱きしめて安心させるとかするんだろうけどな。俺は無理!

が女泣かせてるぜー」
「いや、これは…。って、ジン。ルッタは?」
「遠慮なくボコった。いやー、まいったまいった、天井が落ちてきてよー」

そりゃあんだけ暴れれればな、崩壊するだろうアジトも。
埃やら土やらで汚いことになってるし、怪我もかなりあるけど。でも元気そうなジン。
なんかもう、それだけですげー安心しちゃってさ。

「そうだねーちゃん、名前は?」
「…あ、アンといいます」
「アンな。俺はジン、こいつはっていって…って、おい?」
さん…?」

ふたりの声が遠くに聞こえて、それを最後に俺の意識は途切れた。




ひとまず戦いは終わり。

[2011年 7月 4日]