ある意味で王子様ですよね。
[2011年 7月 4日]
誰もが恐れるクート盗賊団。
村を焼かれ、家族や知り合い皆が惨い殺され方をした。
子供は売られ、私と同じぐらいの女たちはこのアジトに連れられてきて。
…口にしたくもないような目に遭い、日に日に殺されていく。
私の村から攫われてきた子たちはもう皆殺されて、私も今日死ぬんだと思った。
この地獄のような日々が終わるのなら、それもいいかと思っていたのに。
突然現れた青年二人は、堂々とクート盗賊団の首領であるルッタに挑んでいる。
只者ではないのだろう、ルッタが私を人質に笑った。
あれほど生きることを諦めていたのに、咄嗟に口をついて出たのは助けてという言葉。
死にたくない、まだ生きていたい。
ルッタの大きな手に頭をつかまれ、足が床から浮く。
全体重が頭にかかり息がつまる。ルッタの握力で、頭蓋がみしみしと軋む。
いや、いやだ、まだ死にたくない。死にたくない!
ろくに力も入らない手足を無駄と知りながらばたつかせる。
と、不意に強引な腕に抱きしめられるのを感じた。
急に酸素が肺に流れ込み苦しい。なんとか息をしようとする私の背を、撫でる手がある。
けれどそのときの私には恐怖でしかなくて、がむしゃらに暴れた。
「…や…っ!!た、たすけてぇ!!殺さないで!!」
「落ち着け」
「ひいいぃ!!!」
「大丈夫だから」
「いやああ、命は、命だけは…んぅ!?」
擦り切れた爪を必死に立てるけれど、両手をつかまれてしまう。
無力な自分では抗うこともできないのかと絶望に落ちる顔を、そっと引き上げる手。
そして次に感じたのは、唇に重なる温もりで。
最初は何が起きているのかわからなかった。
けど、決して乱暴ではない口づけは、深い意味を伴うものではなくて。
ただこちらを安心させようとする何かを感じた。
驚きに言葉を失う私が見たのは、焦げ茶色の澄んだ瞳。
黒い髪を揺らした彼は、おとなしくなった私を見てぽんと頭を撫でてくれた。
そしてそっと身体を離して、いつの間にか壁に吹き飛んでいたルッタたちを睨む。
無造作にコートを脱いだ彼は、それを私に預けてきた。
戸惑っているとこちらの肩をそっと押して、離れているようにと合図をくれる。
助けようとしてくれてるのだ。
それを直感で理解して、私は動かない足を叱咤して壁際に向かう。
恐怖は嘘のようにしぼんでいて。
ただ彼が無事に生き残ってくれますようにと。
彼の上着をぎゅっと抱いて祈った。
二対一をものともせず、彼は淡々とした表情で戦い続けて。
見ていて突然テーブルや壁が溶けていく様子に、何が起こっているのかと慄く。
しかも青年は毒を仕込まれてしまったらしく、五分もすれば命を落とすという。
だというのに彼は怯える様子もなく戦い続けて。
また、私を庇ってくれた。
ただの足手まといでしかない自分が悔しくて、腹立たしくて。
何度目かわからないその温もりに包まれ、唇を噛む。
自分の命を危険にさらしてまで、どうして守ってくれるのだろう。
ルッタのように、他人を犠牲にして生き延びようとするのが普通ではないのだろか。
とても冷たい横顔をしている彼は。
とても、とても優しいひとなのかもしれなかった。
安心させようと撫でてくれる手。
不器用なその手が、彼の心を表しているようで。
きっと色々なことを経験してきているのだろう。あれだけ強いんだもの。
それでもこの手は怖くない、と思えた。
だってほら、見下ろす焦げ茶色の瞳には優しさが灯っている。
ある意味で王子様ですよね。
[2011年 7月 4日]