第56話

目が覚めたとき、飛び込んできたのは薄汚れた天井。
横に視線をずらせば、ぽつりぽつりと滴を落とす点滴が見える。
その管はどうやら俺の腕へとつながっているようで、ぼんやりと瞬いた。

…俺、どうなったんだっけ?

えーと、ピザの宅配を頼まれて…ジンと遭遇して。クート盗賊団に乗り込んで…?
そうだ、幹部の二人と戦う羽目になったんだ。んで毒受けたんだよ。
五分で死ぬとか言われてたけど、なんで生きてんだ俺?
身体を動かそうにもだるくて、腕を持ち上げることもできない。頭をわずかに動かすのが限界だ。
でもこのだるさは、生きている証拠だろう。俺、生きてる!

「やれやれ、その状態でもがくなんざ自殺行為だぜ色男」

カーテンを開けて顔を出したのは、無精ヒゲを顎に散りばめた赤髪の男。
癖毛の長い髪を後ろで適当に束ね、度が合ってるか微妙そうなビン底メガネをかけている。
ぱっと見た感じはおじさんだけど、ヒゲ剃ってちゃんとしたら若いんじゃなかろうか。
松葉杖をつきながら俺の枕元に来たそのひとは、白衣を肩に羽織っているだけ。

「俺だってまだ重症人だってのに、あいつは容赦ねえよなぁ。おーい、ジン」
「なんだー?」
「色男が起きたぞ」
「マジか!おい、生きてるか!」
「医者なめんなよ。死んでたら即行で霊安室行きだ」

そんなとこ迅速じゃなくてもいいよ!?

ひょっこり顔を出したジンも治療を受けたらしく、顔のあちこちに大きな絆創膏が貼られている。
腕も包帯だらけで、おそらく体中そんな状態なんだろう。

「あ、こいつヤブ医者のジャンキーな」
「名前を変えるな。シャンキーだシャンキー。シャンと愛らしく呼んでもいいぞ」
「俺があのアジトに乗り込むきっかけになったダチ」
「悪いな色男。こいつの勝手な復讐に巻き込んじまったみたいでよ」
「さすがに俺ひとりじゃ無理っぽくてな」
「んなの当たり前だばーか」

仲の良さそうな二人の会話をぼーっと聞き流す。
えーと、んで俺の状態はどうなんでしょう。毒、大丈夫なんですか。
それが顔に出ていたのか、シャンキーが小さく笑った。

「お前さん、どんな身体してんだ?あの毒受けて数時間も生きてるたぁ、化け物だぜ」
「…解毒は」
「さっき中和薬ができたとこで、その点滴がそれだ。ま、ここまで生きてたんだから大丈夫だろ」

めっちゃアバウトー!!ちょ、この点滴が行き渡る前に死んだらどうしてくれんの!?

「そんなにヤバい毒なのか?すげえな
「妙なこともあるもんだよなぁ。傷口に近い場所で毒が止まってたっぽいぜ」
「止まってた?」
「そう、言葉通り。それ以上広がるのを防ぐだけじゃなくて、毒の効果そのものも停止」
「はあ?訳わかんねえ」
「ジンは賢いのにバカだよな、やーいバーカバーカ」
「んだとー!!」
「あ、タンマ、俺まだ怪我人だから、ジンみてえに超人じゃねえから」

賑やかな二人の声を聴いてたら、緊張感も薄れてきて。
俺は脱力してそのまま目を閉じた。…なんかもう、いいや。
医者だっていうシャンキーの言葉を信じよう。それしかない。
なんとかあのアジトを抜け出せたんだ、きっと生き延びられるはず。

まだまだ、俺は死にたくない。





中和剤によって毒が完全に消えるまで最低一週間はかかるそうで。
俺はその間、シャンキーの病院で入院させてもらうことになった。入院代はジン持ちで。
こじんまりとした病院だけど、院長であるシャンキーの腕はかなりのものだ。
自分が怪我をしているのに、訪れる患者たちの診察を続けている。しかも無料で。

貧しい者がこの周辺には多くいて、まともな医療は受けられないという。
そういえばレオリオもそれで友人を亡くした過去があったよなぁ…と俺は切なくなった。
救えるはずの命が失われていく。そんな状況がこの世界にもごろごろあるんだ。

俺はただの偽善でやってんだけどねえ、と笑うシャンキーは良いひとだと思う。

「いやいや、良いひとだったらジンからあんな莫大な医療費もらわないって」

そうひらひらと手を振ってたけど、その法外な治療費のおかげで無料で診察できるんだろ?
金あるヤツからは遠慮なくお代をいただいて、それを困っているひとたちのために使う。
こんなに良心的なことはないと思うんだけどな。

「そうそう、色男が目覚めるのをずっと待ってたかわいい子がいるぜ」
「え?」

にやにやと笑ったシャンキーはメガネをくいっと上げて、部屋の外に声をかける。
するとそっと扉が開いて、恐る恐る女のひとが顔を出した。
見覚えがあるような…?と首を傾げると、彼女はぺこりと頭を下げて。
おいでおいでと手招くシャンキーに従って近くまでやって来た。

「あ、あの、さん」
「…?」
「改めて、助けてくださってありがとうございました!」

深々と頭を下げられて慌てた俺は、ようやく思い出した。
このひと、ルッタに人質にされてたひとか…!えっと名前は確か。

「アン」
「…は、はい」
「怪我は?」
「私はどこも。さんが庇ってくださったおかげで…」
「…そっか、よかった」

怖い思いしたもんな、本当生きててよかった。
死線をともに潜り抜けた戦友、みたいなものを感じて俺は笑う。
するとアンは軽く目を瞠り、それからぎこちなく笑顔を見せてくれた。

そのときになってようやく、可愛いひとなんだとわかる。
ずっと恐怖で怯えた顔しか見てなかったから。うん、やっぱり女の子は笑顔だよな。

「あの、退院されるまで身の回りのお世話をさせてください!」
「え。そこまでしてもらうのは」
「私がそうしたいんです」
「頼んじゃえばー。アン嬢、ここで働くことになったし」
「…そうなのか?」
「はい。故郷はもう…ありませんから。行き場のない私に居場所まで与えてくださって、みなさんには感謝をいくらしても足りません」
「……そっか。まだ大変なこともあるだろうけど、頑張って」
「…はい!」

今度はちゃんと心からの笑顔。
きっと身体と心に負った傷は深くて、すぐには消えないだろうけれど。
でも彼女なら乗り越えることができそうだと、俺は瞳を細めた。

あれ俺邪魔〜?とにやにやするシャンキーの言葉の意味は全くわからなかったけど。
え何それ天然なの、始末に負えないんじゃないの色男。とも言われたけど。

とりあえず、生きていることを噛みしめて、俺は晴れ晴れとベッドに戻った。





オリキャラ満載でほんとすみません。

[2011年 7月 4日]