第57話

というわけで、療養期間の俺はものすごーく暇で。
最初の二日ぐらいはだるいわ吐き気はするわで、暇とかいうレベルでもなかったけど。
アンに蒸しタオルで身体を拭いてもらう、とか申し訳ない状況もあったりしながら。
三日ぐらい経つとようやく容体が落ち着き、ちょっと身体が重いぐらい?になった。

空気の入れ替えのために開けた窓から顔を出し、ぼーっと外を眺める。
手の甲は毒の入り口になったせいで皮膚が少しただれた。
けどこれでもマシらしい。普通なら腐り落ちてるぜ?とシャンキーが笑ってたし。
笑って言うことじゃねえよ!とそのときの俺は叫ぶ気力もなかったけど。
とにかくちゃんと手もくっついてるし動くし、よかった。

さん、いま大丈夫ですか?」

ノックの後で扉が開き、アンがひょっこりと顔を出す。
窓に寄りかかってる俺を見て、起きてたんですねと小さく笑った。

クート盗賊団に捕えられていたアンは、この病院で働きはじめて数日。
自分だって大変な目に遭ったのに、くるくると忙しく働いている姿を見かける。
俺も彼女の世話になっているわけで、女のひとって強いなーと感心しきりだ。
窓辺に近づいてきたアンは、そこにある花瓶に新しい花を挿す。

「…今日はハルジオンか」
さん、花お好きですか?けっこう名前知ってるみたい」
「見てて癒されるし、植物はその地域の気候と風土を知る手がかりになる」

可愛いよなーハルジオン。こんなに可愛い花なのに、貧乏草って呼ばれてるけど。
つん、と花をつつくとアンが楽しげに笑った。…子供っぽかっただろうか。

「あのさん」
「ん?」

ふわりと柔らかい風が流れ込んで、俺とアンの髪を揺らす。
白いカーテンがふわりと室内に流れ、外から花の甘い香りを招いた。
ああ、外にもけっこう花咲いてそうだなこりゃ。

「よう起きてっか!」
「ジン?」
「起きてんな。よし、俺のリハビリに付き合え」
「え」
「アン、こいつ借りてくぜ」

俺の返答は待たないまま、がしっと首に腕を回される。
何かを言いかけていたアンは、嵐のようなジンにくすくすと笑みをこぼした。
いってらっしゃいと手を振る彼女は止めてくれないらしい。
っていうかジン、リハビリが必要なのは俺の方であって…あなた元気でしょうが!

そんなこと言ったところで無駄だろうけどなっ、わかってる、わかってるさ!

………でも、泣きたい。







準備運動を始めるジンは放置して、俺は連れ出された中庭で考えに没頭していた。
今回、俺の念能力についていろいろと新たな謎が出現していたように思う。

まず、なぜあのナイフ男の動きを止められたか。

どうやら俺が息を止めている間、動きを止めていたようだけど。
瞬きをする間周りがスローになるのとは違って、今回はナイフ男だけが止まっていた。
なぜ対象が限定されていたのか、と不思議に思ったけど。そもそもの疑問にたどり着く。

どうして瞬きを止める程度で、俺は全ての現象をスローにできるんだ?

念は万能ではない。行使する力が大きければ大きいほど、念の容量とオーラ量が必要になる。
と同時に制約と誓約が必要にもなってくるはずだ。無数の奇跡が簡単に起こるはずもない。
ひとりの人間の動きを止めるならともかく、人も物体の動きも制御するだなんて簡単ではない。
なのに俺はさしてオーラを消費することなく、それが行えていた。

ここで発想の転換だ。
つまり、俺の周りがスローになっていたのではなく。
………俺自身の時間が、加速していただけなのではないだろうか。

俺ひとりの能力値を上げるだけなら、恐らく大きな技のくくりには入らないだろう。
体感時間が速くなるのであれば、そりゃ周りで起こることは遅く感じて当然だ。
そして今回ジンにも同じ現象が起こったのは、俺のオーラに触れていたから。
つまりは俺がオーラを出しているときにしか使えないものというわけで。

「…絶を使ったらたぶん発動しないんだろうな」

アジトに侵入したときは気配を殺してはいたけど、完璧な絶状態でもなかったし。
だから入り口に侵入したときに瞬きストップは使えたわけだ。

俺の体感時間を加速する。それが多分、ひとつ目の能力。

そんで次はナイフ男を止めたあれだ。
一緒に戦ってた毒波男と何が違ったのか、と考えて…昨日ようやく気付いたことがある。
俺、ナイフ男には直接触ったんだ。

恐らく今回初めて気づいた俺の能力は、相手の時間を止めるというもの。
つまりは相手を操作する能力だ。
特質系は具現化系と操作系に挟まれており、そのどちらかから特質系になる者も多い。
良い例がクラピカだ。彼は具現化系だが、特質系にもなる。
だから特質系の能力者は、具現化系か操作系の能力を発現しやすいはずだ。

恐らく俺は操作系寄り。しかも時間に関連した。

操作系と聞いて浮かぶのは、シャルナークやヴェーゼ。
二人とも対象を操るにはアンテナを刺したりだとか、キスをしたりと接触する必要がある。
それと同じように、俺も相手の動きを止めるにはその対象に触れないとなんだろう。

「といっても、仮定の話なわけで…」
「よっし、身体もほぐれた。んじゃいくか

ぶんぶんと腕を回してやる気満々のジンを見上げ、俺は溜め息を吐いた。
嫌だけど、すんげー嫌だけど。結局試して知っていくしかないんだろうなぁ…。

「なあジン」
「んー?」
「念の修行、付き合ってもらってもいいか」
「俺のリハビリと合わせて一石二鳥じゃねえか。遠慮せずきていいぜ」

どんと胸を叩くジンの笑顔に、そっちは遠慮してくれてもいいんだけどと頬が引き攣る。

とりあえず、その胸。借りるとします。





念について分析中な主人公。

[2011年 7月 10日]