第58話

「…マジで、加減なしか」

ジンのリハビリに付き合わされた俺は、なんかもう重症人に逆戻り状態だった。
念での戦いを無数に経験しているであろうジンは、とにかく勘がよくて判断力も行動力もある。
そんでもってオーラの量も凄まじいから、俺は防御で手一杯だ。
瞬きを止めるあれでも、ジンの攻撃を避けるのはすれすれ。どんだけの速さなんだか。

「あの、さん」
「…?あ、入院服汚してごめん」
「いえ、それはいいんです。ただ無理はしないでくださいね」

したくないのは山々なんだけど、それを許してくれないひとがいるんですよ。
ぼろぼろの姿で苦笑する俺に、アンが困ったように笑ってから携帯を差し出してきた。

「俺の?」
「さっきから何度も鳴っていたみたいで」

そういやずっと確認してなかったけど、シャルだろうか。
イルミには退院するまで仕事はできないって伝えたし、なら連絡はこないだろう。
石版のことでかなー、それともうまい店でも見つけたとか?
履歴を確認してみて俺は目を瞬いた。あれ、キルアからの着信だ。

手合せでの汚れを落とすべく風呂場へ向かう俺の後をアンがついてくる。
ものすごーく申し訳ないが、ナイフの傷があるためいまの俺は手を水に濡らすことができない。
そのためアンに入浴を手伝ってもらうという情けない状況だ。

いやえっと、髪と背中洗うときだけね?あとは自力でやるよちゃんと!
うう、こんな貧相な身体を妙齢の女性に見せないといけないとかホントヤダ。

「アン、電話しても平気?」
「ええ、集中治療室でもなければ気にしなくていいと先生が」
「うん、ありがとう」

脱衣所に先に入って、キルアを呼び出しながらとりあえず服を脱ぐ。
ハンズフリーにしてたから、数回のコールでキルアが出たのがすぐにわかった。

!』
「あぁ、キルア。すぐ出られなくてごめ…」
『平気なのかよ!?入院したって』

イルミめ、バラしたな。

「平気。あと数日で退院できるから」
『…けど、入院ってことはそれなりに大きな怪我だったんだろ?』
「さすがに今回は死ぬかと思った」
『え』
「まあでも、それは割といつものことだし」

この世界は危険と隣り合わせにも程があると思う。
携帯ショップで知り合った友人が、有名な盗賊の団員だったとか。
弟のように可愛がってる少年が、暗殺を生業としている一族だったり。
ピザの宅配で向かった先に、人間の常識を全く意に介さない豪快な念能力者がいたり。

…もうちょっと平穏をくれてもいいと思うぐらいだ。

さん」

軽くノックしてアンがひょっこり顔を出す。
まだ上しか脱いでなかった俺に少しほっとした様子で、服を手に近づいてきた。

「電話中ごめんなさい。これ、着替えです」
「あぁ、悪い。ありがとう」
「いえ。よかったら声かけてください、私も入りますから」
「…いや、俺ひとりで」
「ダメです。せめて傍にいられるときぐらい、甘えてください」

ダメだよアン。そんなことほいほい男に言うもんじゃないよ。
…俺みたいな寂しい男は舞い上がっちゃうから!誤解されちゃうよ!
白衣の天使、という言葉がぴったりだよなぁ。ここで働くの正解だ、うん。
それじゃ声かけてくださいね、ともう一度念押しして外に出ていくアン。

ずっと待っていてくれたキルアに慌てて声をかける。
そうすると、ものすっごく不機嫌そうな声が聞こえてきた。

『………アンって誰』
「世話になってる病院で働いてる。俺なんかの世話焼いてくれる、いい子だよ」
『…ふーん…』

う、やっぱ機嫌悪そうだ。放置しちゃったからか?

「キルアは最近どうだ?」
『べっつにー…。毎日、毎日、親父か兄貴と修行』
「………大変そうだな」
『外に出れないのが一番キツイ。あーあ、いろんなとこ回りてー』
「…そうか、外出れないのか」
『一人前になるまではダメだってさ。……家出でもしよっかな』
「もうちょっと待て」

いま家出なんてしようもんなら、原作との流れが全く変わっちゃうだろ!?
っていうかまだキルア小さいし、すぐ連れ戻されちゃうだろうし。
でもそうだよな、天空闘技場にいた頃は自由に外で過ごしてたんだから。
急に家から出るなと言われたら窮屈にも感じるだろう。……めっちゃ広いけどな、あの敷地。

「今度、そっちに遊びに行くよ」
『マジで?あ!あそこのケーキ食いたい!』
「了解。遊びに行くときは買ってく」

キルアの声が弾んだものになってちょっとほっとする。
退院したらまた連絡する、と約束して。

「じゃあそろそろ切るぞ」
『えー、なんだよもう寝んのかよ』
「いや。寝るにはまだ早いだろ」
『?じゃあ』
「風呂だ」

そう答えたら、なぜか電話の向こうでキルアが沈黙したのであった。







「お知り合いからの電話だったんですね」
「…あぁ」
「あんなに楽しげに話されてるの、初めて見ました」

髪を洗ってもらっているため、俺は目を閉じたまま。
泡が目に入りそうで怖いんだよー、しみるしみるっ。

でもそっかー、キルアと話してる俺って楽しそうなのかー。
まあやっぱりあんだけ懐いてくれると嬉しいし、甘やかしたくなるんだよな。
しかしそこまでモロバレだとちょっと恥ずかしい。

「可愛いからつい、そうなるというか」
「………うらやましいです」
「?」
「可愛い、って言ってもらえるそのひとが」

いや、キルアに面と向かって言ったら怒ると思うよ?





心配して電話してきたちみっ子キルア。

[2011年 7月 11日]