第58話―キルア視点

兄貴から、が入院したって聞いて、いてもたってもいられなかった。
あんなに強いのに、入院するほどの怪我を負うなんて。
動揺する俺に兄貴が教えてくれたのは、が今回相手にしたのはクート盗賊団だということ。
最近えらくニュースで報道されている盗賊団だ。そういうのに興味がない俺でも知ってる。
そんな奴ら相手に大立ち回りを演じた、ということなのだろうか。

数日後にはクート盗賊団壊滅のニュースが流れて。
……なんで壊滅までさせてんの、と俺は改めてあいつのでたらめさを感じた。

「………はあ」

やっぱ出ない。まだ入院してるんだろうか。
携帯を閉じてベッドに寝転がる。今日の修行は終わったし、あとは自由時間だ。
けどどうせ敷地からは出られないし、ゲームぐらいしかやることがない。
ミケと遊ぶんでもいいけど…。そういや新しく俺と同じぐらいのヤツが入ってきてたな。
カナリアとかいったっけ、あいつに声でもかけてみようか。

ぼんやりそんなことを考えながら、天井を睨む。
全く、あいつは本当に無精っつーか。俺からかけないと連絡もしてこない。
電話をかけても嫌がる素振りはないから、嫌われてはいないんだろうけどさー。
兄貴ほどじゃないにしても、あいつも淡泊すぎるよな。

ぼんやりとの顔を思い出していると、携帯が着信を知らせた。
ディスプレイを見れば、ずっと待ってた名前。

!」
『あぁ、キルア。すぐ出られなくてごめ…』

いつも通りの声が聞こえてきてほっとするけど、俺はの声を遮って確認。

「平気なのかよ!?入院したって」

わずかの沈黙があって、平気だと返事が返ってくる。
…なんだよいまの間。顔が見えないからって、嘘ついてんじゃねえだろうな。
あと数日で退院できるとはいってるけど、本当に大丈夫なんだろうか。
俺を安心させようとする声に納得がいかず、しつこいと思いながら再度確認。

「…けど、入院ってことはそれなりに大きな怪我だったんだろ?」
『さすがに今回は死ぬかと思った』
「え」
『まあでも、それは割といつものことだし』

さらりと言ってんじゃねーよ!と怒鳴ってやろうかと思った。
けどそれより先に、電話の向こうから聞きなれない声が響く。

さん。電話中ごめんなさい。これ、着替えです』
『あぁ、悪い。ありがとう』

…女、だよな?聞き覚えない声だけど。
つか着替えってなんだよ着替えって。…まさかいま裸とか?
俺の電話に出られなかった理由が、女とそんなこんなだったらマジ怒る。

『いえ。よかったら声かけてください、私も入りますから』

入るって、何に?おい、何の話だ?

『…いや、俺ひとりで』
『ダメです。せめて傍にいられるときぐらい、甘えてください』

なんだこの甘ったるい声。
は何も返事しないけど、きっといつもの無表情さで頷いたりしてるに違いない。

それじゃ声かけてくださいね、と声をかけて女は出て行ったらしい。
いまの会話の意味を説明してくれ。どういうことだ。
入院中だってのに、何してんだこいつ。

「………アンって誰」
『世話になってる病院で働いてる。俺なんかの世話焼いてくれる、いい子だよ』
「…ふーん…」

低い低い声で不機嫌さを出してみるけど、は素知らぬ振り。
そのままさっさと話題を変えやがった。

『キルアは最近どうだ?』
「べっつにー…。毎日、毎日、親父か兄貴と修行」
『………大変そうだな』
「外に出れないのが一番キツイ。あーあ、いろんなとこ回りてー」

と一緒にいたときが楽しくて、あの頃の思い出が鮮やかすぎて。
前はどうとも思ってなかった俺の家が、モノクロの世界に思えるようになってきた。
あの場所で唯一色がついているのは、真っ赤な血だけ。

『…そうか、外出れないのか』
「一人前になるまではダメだってさ。……家出でもしよっかな」
『もうちょっと待て』

止められてがっかりする。
けどもうちょっとって?と不思議に思う俺に、の柔らかい声が注いだ。

『今度、そっちに遊びに行くよ』
「マジで?あ!あそこのケーキ食いたい!」
『了解。遊びに行くときは買ってく』

がうちに来てくれるんなら、きっとマシな時間になる。
なんだかんだで親父たちも気に入ってるみたいだし、許してくれるはずだ。
うちの家族の中であいつはイルミの友達で俺の師匠、って思われてるらしいけど。
…なんでイルミの友達なんだよ、と不満に思う。
はただの仕事上の付き合いだって言ってたのに。

『じゃあそろそろ切るぞ』
「えー、なんだよもう寝んのかよ」

もうちょっと話してたいのに、と足をじたばたさせる。
電話切ったら、さっきの女と大人な時間ってやつを過ごすんだろどうせ。

『いや。寝るにはまだ早いだろ』
「?じゃあ」
『風呂だ』

まさかの女と風呂!?
寝る以上にレベルの高いことを言われ、俺は絶句してしまった。
自分で言うのもなんだけど、子供にそういうことさらっと言うなよな!
つかお前入院患者なんだろ、おとなしくしとけよ!

何万語も言いたいことはあったのに、結局何も言えないまま。
あっけなく通話は終了してしまった。

………大人の時間すぎる。





妄想たくましいおませさん。

[2011年 7月 11日]