妄想たくましいおませさん。
[2011年 7月 11日]
兄貴から、が入院したって聞いて、いてもたってもいられなかった。
あんなに強いのに、入院するほどの怪我を負うなんて。
動揺する俺に兄貴が教えてくれたのは、が今回相手にしたのはクート盗賊団だということ。
最近えらくニュースで報道されている盗賊団だ。そういうのに興味がない俺でも知ってる。
そんな奴ら相手に大立ち回りを演じた、ということなのだろうか。
数日後にはクート盗賊団壊滅のニュースが流れて。
……なんで壊滅までさせてんの、と俺は改めてあいつのでたらめさを感じた。
「………はあ」
やっぱ出ない。まだ入院してるんだろうか。
携帯を閉じてベッドに寝転がる。今日の修行は終わったし、あとは自由時間だ。
けどどうせ敷地からは出られないし、ゲームぐらいしかやることがない。
ミケと遊ぶんでもいいけど…。そういや新しく俺と同じぐらいのヤツが入ってきてたな。
カナリアとかいったっけ、あいつに声でもかけてみようか。
ぼんやりそんなことを考えながら、天井を睨む。
全く、あいつは本当に無精っつーか。俺からかけないと連絡もしてこない。
電話をかけても嫌がる素振りはないから、嫌われてはいないんだろうけどさー。
兄貴ほどじゃないにしても、あいつも淡泊すぎるよな。
ぼんやりとの顔を思い出していると、携帯が着信を知らせた。
ディスプレイを見れば、ずっと待ってた名前。
「!」
『あぁ、キルア。すぐ出られなくてごめ…』
いつも通りの声が聞こえてきてほっとするけど、俺はの声を遮って確認。
「平気なのかよ!?入院したって」
わずかの沈黙があって、平気だと返事が返ってくる。
…なんだよいまの間。顔が見えないからって、嘘ついてんじゃねえだろうな。
あと数日で退院できるとはいってるけど、本当に大丈夫なんだろうか。
俺を安心させようとする声に納得がいかず、しつこいと思いながら再度確認。
「…けど、入院ってことはそれなりに大きな怪我だったんだろ?」
『さすがに今回は死ぬかと思った』
「え」
『まあでも、それは割といつものことだし』
さらりと言ってんじゃねーよ!と怒鳴ってやろうかと思った。
けどそれより先に、電話の向こうから聞きなれない声が響く。
『さん。電話中ごめんなさい。これ、着替えです』
『あぁ、悪い。ありがとう』
…女、だよな?聞き覚えない声だけど。
つか着替えってなんだよ着替えって。…まさかいま裸とか?
俺の電話に出られなかった理由が、女とそんなこんなだったらマジ怒る。
『いえ。よかったら声かけてください、私も入りますから』
入るって、何に?おい、何の話だ?
『…いや、俺ひとりで』
『ダメです。せめて傍にいられるときぐらい、甘えてください』
なんだこの甘ったるい声。
は何も返事しないけど、きっといつもの無表情さで頷いたりしてるに違いない。
それじゃ声かけてくださいね、と声をかけて女は出て行ったらしい。
いまの会話の意味を説明してくれ。どういうことだ。
入院中だってのに、何してんだこいつ。
「………アンって誰」
『世話になってる病院で働いてる。俺なんかの世話焼いてくれる、いい子だよ』
「…ふーん…」
低い低い声で不機嫌さを出してみるけど、は素知らぬ振り。
そのままさっさと話題を変えやがった。
『キルアは最近どうだ?』
「べっつにー…。毎日、毎日、親父か兄貴と修行」
『………大変そうだな』
「外に出れないのが一番キツイ。あーあ、いろんなとこ回りてー」
と一緒にいたときが楽しくて、あの頃の思い出が鮮やかすぎて。
前はどうとも思ってなかった俺の家が、モノクロの世界に思えるようになってきた。
あの場所で唯一色がついているのは、真っ赤な血だけ。
『…そうか、外出れないのか』
「一人前になるまではダメだってさ。……家出でもしよっかな」
『もうちょっと待て』
止められてがっかりする。
けどもうちょっとって?と不思議に思う俺に、の柔らかい声が注いだ。
『今度、そっちに遊びに行くよ』
「マジで?あ!あそこのケーキ食いたい!」
『了解。遊びに行くときは買ってく』
がうちに来てくれるんなら、きっとマシな時間になる。
なんだかんだで親父たちも気に入ってるみたいだし、許してくれるはずだ。
うちの家族の中であいつはイルミの友達で俺の師匠、って思われてるらしいけど。
…なんでイルミの友達なんだよ、と不満に思う。
はただの仕事上の付き合いだって言ってたのに。
『じゃあそろそろ切るぞ』
「えー、なんだよもう寝んのかよ」
もうちょっと話してたいのに、と足をじたばたさせる。
電話切ったら、さっきの女と大人な時間ってやつを過ごすんだろどうせ。
『いや。寝るにはまだ早いだろ』
「?じゃあ」
『風呂だ』
まさかの女と風呂!?
寝る以上にレベルの高いことを言われ、俺は絶句してしまった。
自分で言うのもなんだけど、子供にそういうことさらっと言うなよな!
つかお前入院患者なんだろ、おとなしくしとけよ!
何万語も言いたいことはあったのに、結局何も言えないまま。
あっけなく通話は終了してしまった。
………大人の時間すぎる。
妄想たくましいおませさん。
[2011年 7月 11日]