第59話

「…っ…」
「ほら脇が甘いぜえ!!」
「!!」
「あっと、外れたか。やっぱ身のこなしは早いなお前」

ジンの唇が楽しげに吊り上る。
俺は乱れそうになる呼吸を整えて、オーラを拡散させた。





この病院に世話になって早一週間。朝、昼、晩とジンと組手を続けている。
念について詳しいであろうジンは、説明とか苦手なんだよとぼりぼり頭をかいて渋面を浮かべた。
だから身体で覚えるしかねえだろ、と言われてまあ確かにと納得してしまう。
基礎はやはり大事だが、結局はそれも感覚で習得していくしかない。
念の能力を究めようと思ったら、最終的には個人個人で修行していくしかないわけだし。

「にしても、お前ってオーラの攻防めちゃくちゃ早いよな」
「…?」
「どんな危ない橋渡ってきたんだよ」
「…思い出したくないからやめてくれ」

なんでわざわざ嫌な記憶掘り返そうとするんだよ!
つか、ジンと関わった今回が一番危ない橋だったんだぞ俺的にっ。
………ゾルディック家以上の危険があるとは夢にも思わなかったぜ。
毒の食卓も怖かったけど、盗賊団のアジトに突撃もマジで怖い。実際死にかけたし。

ただ普通に殴り合っているように見えるだろうけど、ジンとは念での試合中。
堅を使っての本格的なもの。でもどうも俺はオーラの攻防移動は向いているらしい。
なんていうか、怖い!と思って身構えた場所に自然とオーラが集まる。
いやでもさ、人間そういうもんじゃないか?殴られる!と思ったら庇うだろ、普通。
だからジンに指摘されてもぴんとこなかったんだけど、そうしたらどつかれた。怪我人なのに、俺。

「しっかし、その念能力卑怯だよなー。こっちは動けなくなるとか」
「ようやく使い方がわかってきた」
「お、条件も定まってきたってことか?」
「あぁ。………あとは、もうひとつ」
「?他に何かあったか」
「毒の効果が止まってたアレでしょー」
「あ、ジャンキー」
「だからシャンキーってお洒落な名前なの俺。勝手に変えないでくれる」

いつの間にやら見学していたらしいシャンキーがゆっくりと歩いてくる。
盗賊団にやられた傷もだいぶ回復してきたらしく、先日松葉杖が外れたそうだ。
けれど相変わらず白衣は肩にかけたままの適当な姿である。

「毒って…ああ、本当ならとっくに死んでたってあれか?」
「そーそー、あれは人間の力でどうこうできるレベルじゃないし。あの有名なゾルディック家とかなら?なんとかなっちゃうかもしれないけどさ」
「じゃあ毒の効果止めてたのって、の念能力なのか?すげー」
「…いや、そうと決まったわけじゃ」

けどその可能性は高い、と思ってる。

入院してる間、練の訓練の成果を見るために何度か発をしたんだけど。
そういえば俺の水見式って、枯れてた葉っぱが綺麗に戻ってたよなーと思い出した。
そして今回判明した、俺の「時間」というものに関連した能力。
ひょっとして、ひょっとしてだぞ?

俺、時間を巻き戻せたりするんじゃないかなって。

多分そんな大きな巻き戻しはできないと思うんだけど。
だから毒を消すまではいかなくても、効果が広がらずにいたんじゃないかって。
そんな風に考えてたりする。毒広がらないで止まってくれ!ってあんとき思ったし。

…待てよ。そうなると早送りとかも可能なんだろうか。
俺はおもむろに花壇へと向かう。(アンが最近手入れしてる花壇だ)

「………?」

ジンの不思議そうな声を背中で聞きながら、まだ蕾の花に触れた。
そんで花に向かって発をしてみる。と。

「!!花が開いた」
「おやおやぁー?さすが色男、花の扱いはお手の物ってことか」

できるんだああぁぁぁぁぁぁ!!?(やった本人がびっくり)

「わ…咲いてる」
「お、アン嬢いいところに。この花ね、いまこの色男が咲かせたところ」
「え?」
「悪い、アン。勝手なことして」

花の手入れ一生懸命してくれてたのに、無理やり時間を早めてしまった。
きっと花開くのを楽しみに世話をしていたんだろうに。ごめん、ほんっとごめん!
申し訳なくて目を合わせられずにいると、アンはふるふると首を振った。

「いいえ。…ありがとう、とっても綺麗」

ほんとになんていい子なんだろう…!!






「あ、そうそう。俺、明日ここ出るから」

夕飯を食べながらジンが突然さらりと告げた。
シャンキーは特に驚いた様子もなく、ようやく静かにならぁとメガネを押し上げる。
給仕をしてくれてたアンは目を瞬いており、俺もさすがにスプーンを止めた。
らしいっちゃらしいけど、突然だよなこいつ…。
ああ、年上相手なのになんの敬意も払わなくなってきたぞ俺。ジンも気にしてないだろうけど。

じっと見つめる俺へと顔を上げたジンは、お前も治ったろ?と首を傾げた。
うん、毒も完全に中和されたし身体の違和感もない。明日もう一度検査してOKなら退院だ。

「もしかしてさんも、ここを出られるんですか?」
「……随分世話になったし」
「健康な人間はこんなとこに用はないからねぇ。また何かあったらおいで、払うもん払ってくれさえすりゃ治療してやっから」
「はは、次は自腹ってことだな」
「…シャンキーの腕は確かだし、何かあったら頼るよ」
「…っ…聞いた!?聞いたかジン!ようやく俺の名前をちゃんと呼んでくれるヤツが!」
「おーおー、聞いたぜジャンク」
「もうそれ完全に別人だろうがこのヤロー。ひとの名前も憶えられんのか、ばーかばーか」
「んだとぉ!?」
「食事は静かにとれ二人とも」

俺が睨むと、二人はすんなり上げていた腰を下ろした。うむ、よし。
じーちゃんがけっこう作法にうるさいひとだったから、食事中は厳しいぞ俺。
といっても、賑やかなぶんには全然かまわないけどな。楽しくとりたいじゃん、食事。
ひとりで食べるときは、新聞広げながら行儀悪く食べたりもするけどな。

「寂しくなります、本当に」

アンが少しだけ曇った笑顔を見せる。
俺もジンもいなくなったら、確かに急に静かになりそうだよな。
けどきっと、ここで働いていくうちに沢山の交友の輪が広がっていくんだろう。

「大丈夫。アンならすぐ、友達も恋人もできるよ」
「恋人は、どうでしょう?」
「俺と違って、魅力的だし」
「………それ、ずるいです」

え、何が?

「色男は最後まで罪な男だーねぇ」

え、だから何が?

「よっしゃ、じゃあ今日は送別会だな!飲むぞー!!」
「…ジン、俺は酒は…」
「え、飲めないの色男。ちょっと意外」

これ以上酔っぱらって悲惨なことになりたくはない。
けどジンはこちらにはかまわず、がんがん飲みはじめるし。
結局、俺とアンで酔いつぶれるジンとシャンキーを介抱する羽目になった。





色々判明中。

[2011年 7月 12日]