第60話

あんだけ飲んでいたというのに、ジンは夜明け頃には起きたようだった。
まだ微妙に薄暗い部屋の中、わざわざ俺に挨拶に来たのである。
………眠いよ、そんなとこ律儀でなくていいよ。寝かせてくれよー。
目をごしごしとこすりながら俺を見下ろすジンに顔を向ける。
すっかり旅支度を整えたジンは、にっと不敵に笑った。

「またどこかで会ったらよろしくな」
「………んー。あ、ジン」
「ん?」
「俺、今度ルルカ遺跡見に行くつもりなんだけど…」
「お、ああいうの興味あんのか?そういやお前、仕事何してんだ。ピザの配達?」

なんでそんな普通の仕事の人間を、盗賊団殴り込みに誘うんだよお前。

「………運び屋だ」
「なんだハンターとかじゃねえのか」

だからお前、自分でピザの配達かとか聞いといて。

ジンの脳内を理解しようとする方が無駄なんだ、うん。
まだ眠気に襲われている俺は疲れた溜め息を吐いて、枕に頭を沈めた。
もういい、すっごい眠くなってきた。二度寝しよう。

「じゃあまたピザ食いたくなったら頼むぜ」
「………ピザの運び屋じゃないんだが」
「んじゃ、またな!」

なぜか窓をがらっと開けて飛び出していく男。
………ジン、俺の連絡先知らないだろ。どうやって仕事依頼する気だ。
つかそもそも、あのピザの配達はたまたまだから!いつもやってるわけじゃないから!

文句を言おうにも、窓の先に人影はもうなく。
カーテンがふわりと揺れるだけだった。






「お世話になりました」
「おう、怪我でも病気でもいつでも来いや。もちろん金引っさげてな」

カモならいくらでもお待ちしてるぜー、とひらひら手を振るシャンキーに苦笑して。
寂しげに瞳を揺らすアンに元気でと声をかける。
ぎゅっと自分の手を胸の前で握ったアンは、不意に一歩踏み込んできた。

「!」

頬に触れた彼女の唇に目を瞠ると、あまり大きな怪我はしないでと震える声。
そしてちょっとだけ顔を赤くしたアンはそのまま奥へ引っ込んでしまった。

あ、え、え?俺いま、ほっぺにキスされた?
外国人にとっては挨拶のひとつとはいえ、ちょっと俺には刺激が強すぎるわけで。
呆然と頬に手をあてると、シャンキーが口笛を吹いた。
積極的だねえ、と楽しげな声に俺はもうどう反応したらいいかわからなくて。
どぎまぎしながら、視線をさまよわせた。そのとき。

「ここにジン=フリークスという男はいるか」

長身の青年が姿を見せた。







「あらら残念ー。今朝出てったばっかり」

シャンキーが笑って肩をすくめると、男は落胆の色を瞳に浮かべる。
俺はその仕草をぽかんとして見つめるばかり。

長髪を揺らし、帽子をかぶった青年は。だって。

「何、ジンの知り合い?」
「…弟子のようなものだ。あんたは、シャンキーか?」
「お、よくご存知で」
「ジンが信頼する医者と聞いている」
「あいつは便利屋か何かと勘違いしてるらしいけどねー」
「俺はカイト。ジンについて話が聞きたい」
「ならそこの色男に聞くといい。今回ジンのごたごたに巻き込まれた被害者だから」

驚きに硬直している間に話を振られ、俺はぱちくりと目を瞬いた。
いや、確かに巻き込まれた被害者だけど。
長い付き合いのあんたより俺が知ってることなんて何もないだろ。

「…あんたは」
「………。ただの運び屋だ」

まさかの、カイトとの出会いに。
俺はそう答えるのがやっとだった。





色々判明中。

[2011年 7月 19日]