第62話

というわけで、やって参りましたシャルとの待ち合わせ場所。

以前紹介してもらった蕎麦屋に到着した俺は、シャルが来るのを待つ間に昼食。
ここの蕎麦ほんとうまい。麺だけでも甘くておいしいんだよなー、本格的。
日本食を食べられる機会はあんまないから、俺はのんびりと満喫する。

「お待たせ」

暖簾をくぐって姿を見せた金髪に、俺は顔を上げた。
ひらひらと手を振ったシャルナークは店員さんに知り合いだから、と断って向かいに座る。
出されたお茶に口をつけながら、俺と同じものを注文して一息ついた。
額に貼りついた前髪を払う。わずかに汗ばんでいる姿に、急いできたらしいとわかった。
なんだ?どっか寄ってから来たんだろうか。


「…ん?」
「単刀直入に言うけど」

すっと真面目な表情を見せるシャルナークに俺はずるずると蕎麦をすする。
まったくもって失礼な態度なわけだが、シャルがそれを気にする素振りはなかった。
机に肘をついて、童顔なその顔をずいっと寄せる。な、なんだなんだ。

「付き合ってほしいんだ」
「ぶっ!!!」

…蕎麦が喉に詰まったんですけどぉ…!!?






げっほごっほと俺がむせている間に、シャルの注文した蕎麦が運ばれてきた。
涙目になってる俺に気配りのできる店員さんが、新しいお茶を出してきてくれる。
それをなんとか喉に流し込み、どんどんと胸を叩いて机に突っ伏した。
よ、よかった、死ぬかと思ったよ俺。

「………シャル、付き合うって」
「俺たちに?まあ細かい話は後でするけど」
「……俺たち、って」

幻影旅団に付き合えってことですか!?
ちょ、しばらくは盗賊とは関わり合いになりたくないんですがっ!!
つか紛らわしい言い方しないでくれよほんと!おいしい蕎麦の味を楽しみ損なった!

まさか仕事を手伝えとか言うんじゃないだろーな。
俺お前たちのこと止めはしないけど、肯定してるわけでもないんだぞ。
盗むためにひとの命を奪うなんて、そんなこと許されることではない。
ただ彼らには彼らのルールがあり生き方があり。俺はそれに口を挟めない。
何も言わないでいるからこそ、こうしてシャルとも友人でいられるんだろうと思うし。

「…けど、珍しいな」
「?何が」
「シャルがそんな風に真剣な顔すんの」

店に入ってきたときも、俺に付き合えと言ったときも。
瞳には真剣な色が浮かんでいて、俺は気圧されそうになった。
と同時に、いやーな予感も覚えている。

ぱちくりと目を瞬いたシャルは、真剣な顔してたんだ俺、と無自覚な様子。

「…うん、まあそれなりにショックだったのかも」
「……ショック…?」
「それも後で話すよ。いただきまーす」

俺が前にやってた手を合わせて食べる仕草。それをシャルも真似して蕎麦をすする。
どうやらここでそれ以上に話すつもりはないらしい。
仕方なく俺は追及を諦めて、店員さんを呼んだ。
すぐに近づいてきてくれた店員さんに、あんみつを頼む。食後のデザートだ。
するとシャルもすかさず、あ俺も、とふくらんだ頬で顔を上げたのであった。






「ふー、食べた食べた」
「これからどこ行くんだ?」
「前に来たことあるよね、俺たちのホーム」

………げ、やっぱ幻影旅団のアジト行くわけ?

「詳しい話はその道すがらするから」
「………わかった」

どうか恐ろしい内容じゃありませんよーに!と祈って歩き出す。
街中から出れば途端にシャルは移動の速度を上げた。ちょ、待て待て!
慌てて俺もスピードを上げ、少し後ろにつく。
するとシャルは前を見つめたまま、淡々と話し始めた。

「俺たちの8番がやられた」
「………え」
「ま、力不足だったんだからしょうがない。そのことはケリがついてる」

旅団の団員が殺されたってことか?
………そういえば、シルバか誰かが旅団の団員を暗殺したことがあったような。
えーと、その後でシズクが新しく仲間に入るんだったはず。
すごいよな、団員を圧倒できるシルバって。どんだけ強いんだ…ゾルディック怖い。

そんで俺とどういう関係が。
あ、あれか!ゾルディックと縁があることがバレて、復讐に付き合えとか!?
無理無理、俺それ死ぬから。ゾルディックには逆らえないから!…旅団にも逆らえんがっ。

「欠けた足は補充しないといけない。ってことで
「?」
「俺はを新しい団員に推薦しようと思ってる」
「………は」
「そういうわけで、よろしく」

よろしくって何がですかシャルさあああん!!!!

俺が心の中で大絶叫し、声も出せずにいると。
すでに到着していたアジトの奥へとシャルは入っていき、連れてきたよーと中に声をかけている。
に、逃げたい。逃げていい?ねえ逃げていいこれ!?

逃げないと俺死んじゃうー!!ショック死で多分死ぬうううぅぅぅ!!

「何してんの。さっさと入ってよ」

ひょっこりと顔だけ出したシャルに、俺は涙が溢れそうだった。
アジトへの一歩が、死へのカウントダウンにしか思えない。

ざりっと重い一歩を踏みしめ、奥へと入っていく。

相変わらずの瓦礫が転がるそこには、マチやパクら知ってる連中が待っていた。
そして一番奥。山のように積まれた瓦礫の前に陣取り腰を下ろしている青年。
黒いコートに身を包んだ、額に十字を刻んだ男がゆっくりと顔を上げる。

「連れてきたよ、クロロ」
「…ああ。また会ったな、シャルのオトモダチ」

低い声は甘く、笑みを含んでいて。
優しいテノールが、俺には不気味なレクイエムにしか聞こえない。

幻影旅団の団長。

クロロ=ルシルフルとの、初めての対面に声も出なかった。





初めてじゃない、初めてじゃないんだよ主人公!

[2011年 7月 19日]