第64話

は確か、本が好きだったか」
「まあ、それなりに」

とりあえず旅団に入ることは保留というか、うやむやになり。
シャルもそれほど強く言ってもこなかったから本当にほっとした。
フェイタンの視線は相変わらずグサグサと刺さってくるから居た堪れないけど。
さっさと帰ろうとした俺を引き留めたのはクロロで。いまはなぜか一緒にコーヒー試飲中。
どうやら新しく手に入れた豆らしく、パクとシャルも同席している。
ノブナガやマチはコーヒーよりも緑茶派らしい。うん、それっぽい。緑茶も好きだぜ俺。

クロロと初めて会ったのは古書が溢れる町。
そんなところに顔を出すぐらいなのだから、彼も本が好きなんだろう。
そういえばクロロの念って本の形してたしなー。

の念はどういうものだ?」
「………聞かれても困る」

俺の念、まだ確定してないし。制約とか決めかねてるし。
これから開発していかなきゃいけないものを説明しろ、って言われてもな。
ひょいと肩をすくめてみせれば、クロロが苦笑したのがわかった。
む、なんだよ。俺が未熟なのは知ってる、と言わんばかりだな。

「クロロ、俺前に言ったと思うんだけど」
「ああ、わかってるシャル。ただの好奇心だ」
「どうだか」

え、なに、シャル何かクロロに言ったことあるのか?
あんまり俺を怖がらせるなとか?なんて優しい!

、前にあなたが持ってきてくれたケーキ。おいしかったわ」
「…ありがとう。今日も持ってくればよかった」
「俺もあれ気に入ってるんだよねー」
「………ここに来るって聞かされてなかったんだ、用意のしようもない」
「はは、騙し討ちみたいなことしたのは謝るって」
「うちの団員が迷惑をかけた詫びに、何か気に入った本があれば持っていっていいが」
「え?」
「クロロの部屋、本山積みですごいよ。しかも一度読んだら大抵は二度と読まないから」
「へえ…」

クロロの蔵書ってどんなのだろ、ちょっと気になる。
じゃあ早速、と腰を上げると気が早いなと笑ってクロロが先に立って案内してくれた。
部屋といっても廃墟の中だから決して綺麗ではない。
朽ちた扉の先には、本当に本の山があった。…山というか、積み上げられた本の森みたいな。
こ、これは下手に動かしたら雪崩起こすんじゃないか?
もうちょっと丁寧に扱えよ、あーあ、こんな地べたに直接置いて。

「そういえばクロロ、呪いに関する本とかないの?」
「呪い?」

シャルの質問にクロロがきょとんと目を瞬いた。
あ、ちょっといまの顔は無防備だったぞ。世の中のお姉さんが可愛いと騒ぎそうなぐらい。

「あったような気もするが…お前、そんなものに興味あったか?」
「俺っていうかが。呪いの石版調べててさ」
「あら、そうなの」
「……故郷の手がかりというか」
「お前の故郷か、どんなところだ?」

尋ねながらクロロが本の森へと入っていく。
なんとなく場所は覚えているのか、ひとつの区画で足を止めると屈みこんで物色を始めた。
俺たちも傍で足をとめ、思い思いに本を手に取ってぱらぱらとめくる。
お、これ絵画集だ。俺の世界と似た絵も結構あるんだよな、モナリザとかそんな感じの。

そう、この世界と俺の世界と似ているところはある。作者が俺の世界の人間なのだ、当然だろう。
でもやっぱり決定的に違うのは。

「…とても、平和な場所だったよ」
「ほう?」
「そりゃ色んな問題はあったけど。少なくとも、こんな当たり前に死が転がってはいなかった」

特に俺が生まれ育った日本は平和な国と呼ばれていた。
それぞれ差はあれど、最低限の食事や衣服はあったし、教育も受けられる。
本当に恵まれた国で育てられたのだ、俺は。

懐かしく故郷を思う。
この世界に来てから、俺は何年の時を過ごしただろう。

いま生きていることが奇跡のようで、マジでよく生き残れたと思う。
いつか元の世界に帰りたいけれど。本当にその手段があるのかは謎のままだ。

「地名は?」
「言ってもわからない。この世界にはない場所だから」

ジャポンって似た名前はあるけど、絶対時代設定からして違うだろうし。
あーでも一度は行ってみたいよなジャポン。鎖国状態とかじゃないといいけど。

「ああ、これなんか呪い関連には詳しい本だ」
「うわ、装丁からしてヤバそう」
「というか、妙な念を感じるんだけど。こんなもの置いてる部屋でよく寝れるわねクロロ」
「盗品にだってオーラのついてるものはある。別に珍しいことじゃない」

いや、いやいやいや、これはちょっと禍々しすぎるんじゃないかクロロさん。
辞書のように分厚い本からは、じわじわと黒い霧のようなオーラが溢れ出ている。
こ、これ触りたくないんだけど俺。シャルとパクだって微妙に引いてるし!
クロロがめくったページをそーっと覗いてみると、かなり詳細な呪い物品の記述が。

「俺はもう読んだからいらないんだが、どうする?」
「………定住地がないから、もらっても置く場所がない」
「あ、って家ないんだっけ。そっか運び屋じゃあっちこっち飛び回るから」
「…まあ、それもある」
「なら俺の住処ひとつ提供しようか?部屋余ってるし。割とここから近いよ」
「え」
「いいんじゃないかしら、シャルの家ならまともな方だと思うわよ」

……他の皆さんはどんだけ個性的なお住いに?

「俺だって普段は使ってない家だし、自由にしてもらって構わないよ」
「…シャルが生活空間に立ち入らせるとは、本当に面白い男だな
「クロロ達と違って良識があるんだよには」
「良識…」
「シャルが良識…」
「………クロロもパクも、俺のことなんだと思ってんの?」

あからさまに不機嫌なオーラをまとうシャルに、冗談だとクロロもパクも笑う。
こういうやり取り見ると、やっぱ旅団って仲良いよなーって思う。
それがうらやましく思ったりもするけど、だからといって団員になりたいとは露ほども思わない。

「ほら、持っていけ」
「………ありがとう」
「礼はそうだな、今度ゆっくりお茶でも」
「ク・ロ・ロ」

俺を守ろうとしてくれるシャルの優しさに涙出そうだ。
うう、ありがとうシャル。俺、お前と友達になれてホントよかったよ…!





別に守ろうとしているわけでは決してないと思われ。

[2011年 8月 8日]