第66話

新たに生まれ変わった携帯に着信が入った。
ちらりと確認すればイルミからで、いよいよ仕事も再開かー…と溜め息がこぼれそうになる。
マンションを出るときにシャルが鍵の登録をしてくれた。
なんでもこの家、鍵を持つというシステムではなく、センサーに手の平をかざす形らしい。
登録された掌紋であれば扉が開く仕掛けで、なんとも進んだ技術である。
めでたく俺も登録され、自由に出入りできるようにしてもらった。

シャルは他にも家があるらしいから、不在のことの方が多いらしい。
その間は自由に使っていいからという言葉に甘えさせてもらおう。
これで本とか集められるし、ちょっと嬉しい。

天空闘技場のお膝元に立ち寄り、お気に入りのケーキ屋でケーキを注文。
なんでだか珍しくゾルディック家に呼び出されたため、キルアへのお土産だ。
カルトも食べるかなー、好み聞いておけばよかった。
いつも素敵な対応をしてくれる店員さんにお礼を言って、さあゾルディック家へ。

試しの門の前に辿り着くと、ゼブロさんが掃除をしているところだった。
………いまの骨じゃね?と思っても見なかった振り。

「おや、いらっしゃい」
「お邪魔します」

ぺこりと頭を下げてから、いざ試しの門。
扉に手を置いて深呼吸。渾身の力で巨大な扉を押してみる。

…おお、おお?なんとか開いてるっぽい!
一応オーラで強化してるとはいえ、まさかトンという単位のものを動かせるとは。
この世界来て、俺もだいぶ人間離れしてきたよな…と切なくなる。
扉の先ではミケが出迎えてくれてめっちゃ怖かった。いや、一定の距離以上は近づいてこないけど。
んでさらに進んでいくと。

「………」
「………」

え、えーと。道の途中で女の子が仁王立ちしてるんだけど。
って、あの特徴的な髪形はカナリアだよな?うわ、まだちょっと幼い。
前に来たときはいなかったけど、そっかゾルディックの使用人になったのかー。
確かカナリアも流星街出身だったよな。てことは念を使えるんだろうか。

…ていうか、俺この先に進んで大丈夫?
ゴンみたいにぼっこぼこにされたりは、しないよな。

ー!」
「キルア」

ものすごいスピードで走ってくる銀髪が見えて。
そのままダイブしてくる身体を慌てて受け止める。って、重!ずしってきたぞ。
前に会ったときよりも大きくなってるから当然かー、としみじみ子供の成長の速さを思う。

「あ、それ」
「いつものケーキ」
「やりい!」
「一応、他のひとの分もあるけど好みがよくわからなくて」
「へーき、あの店のならなんだってうまいし」

行こうぜ、と腕を引っ張るキルアはふと足を止めた。
くるりと振り返り、静かに控えている少女に声をかける。

「カナリア」
「はい」
「こいつ。俺の客だから、次からも通してやれよな」
「かしこまりました」

深々と頭を下げるカナリアに、キルアは少しだけ複雑そうな顔。
そうだよなー、せっかく同年代の子が家に来たのに友達という間柄にはなれない。
主と使用人という立場が二人を邪魔しているわけで、キルアには寂しいだろう。
キルアの頭を撫でてやると、いきなりなに?と不思議そうな顔をされてしまった。
大丈夫、いつか友達ができる。カナリアとも、友達になれるよ。

そのまま本邸への道を進んでいくと見えてくるのが執事室。
ゴトーさんたちが並んで頭を下げているのが見えた。

「キルア、ちょっといいか」
「?」
「ゴトーさんに土産」
「ゴトーに?」

だってお邪魔するのに何も持たないってのは失礼だろう。俺は命が惜しい。
恐る恐る近づいて、細長めの箱を皆さんで食べてくださいと差し出した。
中身はケーキ屋の店長が気まぐれに作ったクッキー。
これがまたお茶請けに最高で。売られてるときとないときがある、まさに気まぐれメニュー。
今回たまたま売ってたんで、ラッキーと思って買ってきたのだ。

「紅茶と一緒にぜひ。カナリアにもあげてください」
「見習いにまで心を砕いてくださるとは、ありがとうございます」

いや、カナリアにはケーキをあげたいぐらいなんだけどさ。
そこまでするとたぶん過分ってことになっちゃうだろうから、ここは我慢。

それからいよいよ本邸に辿り着く。あーもう、何度来ても緊張するなここ。
キルアは自分の家だから躊躇うことなんてなく、当たり前のように扉を開いて中へ。
俺も足を踏み入れたんだけど、その瞬間。

「覚悟なさい!!」
「!?」

全身が総毛立つような感覚に襲われ、俺は咄嗟にキルアを抱えて横に飛びのいた。
と同時に、俺たちがいた場所にばしゃあ!と液体が降りかかる。
な、なんかシュウシュウ煙が出てんですけどー!?分厚い絨毯が溶けてんですけどおおぉぉ!!

「ちょ、おふくろ!俺だって、俺!」
「……あら、キル?」
「親父と間違えんなよなー」
「おほほほ、ごめんなさいねキル。お父様にそっくりな銀髪だから、つい」
「ついで硫酸かけられたらたまんないってーの」

………硫、酸。
家庭に硫酸があることも驚きだが、いまの会話の流れでいくとえっとー。
………シルバさんに硫酸をかけようとしてたでファイナルアンサー…?

「まあさん、いらっしゃい。騒がしい家ですけれど、ゆっくりしてらしてね」
「………ありがとうございます」
「まったくあの人ったらどこへ行ったのかしら。今日という今日は許しませんからね!」
「……何かあったのか?」
「浮気した、って騒いでたけど。じーちゃんは、親父にそんな度胸ないって言ってた」
「まあ…キキョウさんがいるのに浮気はできないだろうな」

浮気の疑いがあるだけで硫酸かけられるとか。
そんなバイオレンスな嫁は絶対に欲しくないけれども。





ゾルディック家に再訪。

[2011年 8月 8日]