第67話

恐ろしい出迎えを乗り切り、俺はキルアとケーキを死守しつつ奥へ上がらせてもらう。
っていうかケーキはキルアが抱えてたから、俺はそのキルアを横抱きにしただけなんだけど。
同じく甘いもの大好きなキルアは意地でもケーキを守ろうと箱を動かさないようにしていた。
よしよし、偉いぞ。ここのケーキは崩れても美味いけど、やっぱり見た目も芸術だからな。

「あ、来た」
「………呼び出したのはお前だろう」

そのままキルアの部屋に連れ込まれそうになってると、廊下を歩くイルミとばったり遭遇。
もともと開ききっている瞳をぱちりと瞬いて、そういえばそうだったとひとつ頷く。
おい、忘れるぐらいの用事なら俺帰るぞ。

「キル、つれてくから」
「えー」
「仕事の話があるんだ。で遊ぶのはその後に」
「……含みのある言い方はやめろ」

俺「で」遊ぶってなんだ。そこは俺「と」だろうが!
ゾルディックの人間にそういう言い方されると、悲惨な目に遭いそうで怖いから勘弁してほしい。

不満そうなキルアに一応手を振ってイルミの後に続く。
仕事の話ってなんだろうか。わざわざ自宅に呼ぶような内容っていったい。
ここから運び出すものがあるのだろうか?と首を捻る俺が案内されたのはやたら広い部屋。
…部屋っていうかホール?

「…イルミ?」
「俺、次の仕事潜入なんだよね」
「はあ」
「その潜入先に俺を運んで。それが今回の仕事」

は?え?どういうこと?

「二人一組でないと入れない会場なんだ。だから付き合って」
「……そういうことか。それ以上の手伝いはしないぞ」
「うん」

暗殺の片棒担がされんのは嫌だけど、ここで断ろうもんなら殺されそうだし。
ともかくその会場に入れれば目的は達成されるんだろう。よし、入場したら俺は即退場で!

「けっこうお偉いさんが集まる場所だから。これからマナー叩き込むよ」
「………え」
ってそういうの知らないでしょ」

そりゃ一般家庭に育ちましたから?上流階級のマナーとか知りませんけど?
って、えええええ、イルミに指導されんの俺。なんかめっちゃ厳しそうで怖いなぁ…。
逡巡している俺に構うこともなく、イルミはさっさとマナー講習の準備を始めてしまう。
………俺、大丈夫かな。ぼこぼこにされないかな。

早くも、逃げたくなってきた。





「兄貴ー、仕事の話まだ終わん……」
「あぁ、キル。ちょうどいいから休憩にしようか」
「………………………」
「………兄貴、何、してんの?」

ひょっこりとホールに顔を出したキルアが、不審そうな顔をしている。
だよな、そうだよな、こんな光景見せられたらそうなるよな俺だって気持ち悪い…!!

キルアに見られたくなかったものを見られ、俺は無言で悶絶中。
対してイルミはいつもの通りの無表情で。それが癪に障る。くそう。
なんで俺だけこんな目に遭わないといけないんだ、とぐったり床に手をついた。
その様子を見ていたキルアが、再びイルミに刺々しい視線を向ける。

「何これ?」
「次の仕事の練習」
「には見えないけど」
「夜会に行くから、ダンスの練習もしておかないと。恥かくのはだから」
「………すでに死にたいほどの恥をかいているぞ俺は」
「?」

心底不思議そうになんで?って顔してんじゃねえよイルミ!!

「なあ…イルミ。なんで俺が女性パートの訓練受けないといけないんだ」
「言ったでしょ、ペアで入場。男には女性が同伴しないと」
「キキョウさんとか連れてけよ」
「やだよ恥ずかしい。この年で母親に同伴されるなんて、想像したくない」

嘘つけー!!お前の鉄面皮で恥ずかしいとか言われてもぜんっぜん信用できんぞ!!
キキョウさん超美人じゃん。きっと年上の恋人、とかでも納得されるって!!
つーか何、俺は仕事の当日に女装して会場に行けとかそういうことなんですか!?
ちょ、それどんな拷問。やだ、絶対やだ。それこそ一生の恥じゃねえか!!

「女装すんの?が?」
「うん。そのマナーを教えてたとこ」
「叩き込んでたの間違いだろ…」
「化粧とか服は?」
「母さんに頼めばやってくれるでしょ」
「あー…うん」

微妙そうな表情を浮かべたキルアは、俺へ哀れむような視線を向けた。
キキョウさんかぁ…確かに女装させるのとか好きそうだよな。カルトだってその被害者だろうし。
………俺、化粧までされんの?


「…というわけでキルア、俺はしばらく遊べそうにない。ケーキはカルトと食べていいぞ」
「そんなのつまんないじゃん。終わるまで待つ」

うわあああん、天使!ここに天使がいる!!

「…その、は女装とかよくすんの?」
「そんな趣味はない」

しそうに見えるのか、俺が。
天空闘技場で一緒に過ごした二年間、俺がそんなことをしてたか。

「キル。母さんに伝えておいて、のこと」
「わ、わかった」

凄まじい足音を響かせてキキョウさんがホールの扉を開け放つまで、あと一分。





以前開催した茶会で出てきた女装ネタ。

[2011年 8月 16日]