違和感ないらしいデスヨ。
[2011年 8月 16日]
せっかくがうちに遊びに来たっていうのに、仕事の話とかでつれてかれて。
そのままなかなか戻ってこないに俺は我慢できず立ち上がった。
ケーキ食べずに待ってるのに、いつまでかかってんだよ。
兄貴も仕事の話ぐらいさっさと終わらせろよな。
小走りに廊下を進んで辿り着いた先はダンスホール。
なんでかわからないけど、兄貴とはここで仕事の打ち合わせをしてるらしい。
「兄貴ー、仕事の話まだ終わん……」
「あぁ、キル。ちょうどいいから休憩にしようか」
「………………………」
「………兄貴、何、してんの?」
飛び込んできた状況が呑み込めず、俺は思わず眉を寄せた。
兄貴はまあいつも通りの顔だからどうでもいいとして、問題は。
床に手をついた状態で疲れた表情を浮かべているは、なんでか練習用のドレスを着てた。
……え、あれ、って男だよな?と一瞬パニックになる。
うん、男だ男。一緒に風呂だって入ったことあるし、ちゃんと男だった。
「何これ?」
「次の仕事の練習」
「には見えないけど」
「夜会に行くから、ダンスの練習もしておかないと。恥かくのはだから」
「………すでに死にたいほどの恥をかいているぞ俺は」
「?」
げっそりとした声のにも兄貴は不思議そう。
普通は嫌だよな。俺だってこんな恰好させられたらキレるね。
「なあ…イルミ。なんで俺が女性パートの訓練受けないといけないんだ」
「言ったでしょ、ペアで入場。男には女性が同伴しないと」
「キキョウさんとか連れてけよ」
「やだよ恥ずかしい。この年で母親に同伴されるなんて、想像したくない」
「女装すんの?が?」
「うん。そのマナーを教えてたとこ」
「叩き込んでたの間違いだろ…」
「化粧とか服は?」
「母さんに頼めばやってくれるでしょ」
「あー…うん」
まあ、喜ぶだろうな。むしろ大喜びだ。
いまもカルトを人形のように着せ替えて楽しそうにしてるし、俺もたまにいじろうとしてくる。
女の子が欲しかったらしいけど、俺ん家みんな男だもんなー。
にしたって、仕事とはいえよく女装をOKするよな。
「」
「…というわけでキルア、俺はしばらく遊べそうにない。ケーキはカルトと食べていいぞ」
「そんなのつまんないじゃん。終わるまで待つ」
ずっと待ってたんだ、いまさら先に食うとかなしだろ。
せっかくがうちにいるのにさ、一緒に過ごせないとか嫌だ。
話したいことはいっぱいあるし、聞きたいことだっていっぱいある。
まあ、いま聞きたいこと…っていうか確認したいことはひとつだけど。
「…その、は女装とかよくすんの?」
「そんな趣味はない」
きっぱりとした答えにちょっとほっとした。
だよな、それが普通の感覚だよな。よかった。
でもそれなのに仕事のためなら女装とかもするのか。ってすげー。
「キル。母さんに伝えておいて、のこと」
「わ、わかった」
好奇心でがどんな姿になるのか見てみたい。
だから俺は兄貴の言葉にこくりと頷いて、そのままおふくろのところに。
話を聞いた瞬間のおふくろの奇声はすごかった。つか怖かった。
そのまま嵐のように飛び出していくおふくろに、元気じゃのうとじいちゃんが笑ってたけど。
元気っていうか…もうありゃ病気だよなー。
「………………」
「………」
「………………。………………」
「……」
「………………………キルア」
「な、なに?」
呆然としていた俺はの声にはっと我に返った。
物憂げな溜め息と共に、はらりと黒髪が頬に落ちる。
「似合わないなら、そう言って笑い飛ばしていいんだぞ」
「何言ってんだよ、すげー似合ってるって!」
力いっぱい言えば、は頭が痛いとばかりに額を押さえた。
あ、女装褒められても嬉しくないか。そうだよな、普通はそうだ。
けど俺が動揺してしまうほど、目の前のは女装に違和感がない。
背中に伸びる黒髪はウィッグというものらしい。指先の爪は桜色に塗られている。
前に親父たちが渡した腕輪も嵌められてるけど、アクセサリーとして成り立ってた。
「………なあ、」
「んー」
「その傷、何」
ひらひらと爪先を乾かしていたが目を瞬く。
そして自分の手の甲を見やって、わずかに瞳を細めた。
の手の甲には、傷痕のようなものが刻まれていて。
昔はそんなものなかったはずだ、と思う。焼け爛れたような、皮膚の引き攣れ。
真新しいというわけでもないだろうけど、決して古くもなさそうな傷。
視線を彷徨わせたは、邪魔そうにドレスの裾を払いながらぽつりと呟いた。
「まあ、色々」
そうやっていつも誤魔化す。
不機嫌を隠さず顔に出したら、は小さく笑って頭を撫でてきた。
ちぇ、そうやって子供扱いしてさ。
………ていうか、女の恰好で頭撫でられるとすごい違和感なんだけど。
身長はちゃんとあるのに女装がおかしくないって、ある意味で怖いよな。
兄貴と踊る姿を想像したら、もっと怖くなったけど。
違和感ないらしいデスヨ。
[2011年 8月 16日]