第68話―キルア視点

せっかくがうちに遊びに来たっていうのに、仕事の話とかでつれてかれて。
そのままなかなか戻ってこないに俺は我慢できず立ち上がった。

ケーキ食べずに待ってるのに、いつまでかかってんだよ。
兄貴も仕事の話ぐらいさっさと終わらせろよな。
小走りに廊下を進んで辿り着いた先はダンスホール。
なんでかわからないけど、兄貴とはここで仕事の打ち合わせをしてるらしい。

「兄貴ー、仕事の話まだ終わん……」
「あぁ、キル。ちょうどいいから休憩にしようか」
「………………………」
「………兄貴、何、してんの?」

飛び込んできた状況が呑み込めず、俺は思わず眉を寄せた。
兄貴はまあいつも通りの顔だからどうでもいいとして、問題は
床に手をついた状態で疲れた表情を浮かべているは、なんでか練習用のドレスを着てた。
……え、あれ、って男だよな?と一瞬パニックになる。
うん、男だ男。一緒に風呂だって入ったことあるし、ちゃんと男だった。

「何これ?」
「次の仕事の練習」
「には見えないけど」
「夜会に行くから、ダンスの練習もしておかないと。恥かくのはだから」
「………すでに死にたいほどの恥をかいているぞ俺は」
「?」

げっそりとした声のにも兄貴は不思議そう。
普通は嫌だよな。俺だってこんな恰好させられたらキレるね。

「なあ…イルミ。なんで俺が女性パートの訓練受けないといけないんだ」
「言ったでしょ、ペアで入場。男には女性が同伴しないと」
「キキョウさんとか連れてけよ」
「やだよ恥ずかしい。この年で母親に同伴されるなんて、想像したくない」
「女装すんの?が?」
「うん。そのマナーを教えてたとこ」
「叩き込んでたの間違いだろ…」
「化粧とか服は?」
「母さんに頼めばやってくれるでしょ」
「あー…うん」

まあ、喜ぶだろうな。むしろ大喜びだ。
いまもカルトを人形のように着せ替えて楽しそうにしてるし、俺もたまにいじろうとしてくる。
女の子が欲しかったらしいけど、俺ん家みんな男だもんなー。

にしたって、仕事とはいえよく女装をOKするよな。


「…というわけでキルア、俺はしばらく遊べそうにない。ケーキはカルトと食べていいぞ」
「そんなのつまんないじゃん。終わるまで待つ」

ずっと待ってたんだ、いまさら先に食うとかなしだろ。
せっかくがうちにいるのにさ、一緒に過ごせないとか嫌だ。
話したいことはいっぱいあるし、聞きたいことだっていっぱいある。
まあ、いま聞きたいこと…っていうか確認したいことはひとつだけど。

「…その、は女装とかよくすんの?」
「そんな趣味はない」

きっぱりとした答えにちょっとほっとした。
だよな、それが普通の感覚だよな。よかった。

でもそれなのに仕事のためなら女装とかもするのか。ってすげー。

「キル。母さんに伝えておいて、のこと」
「わ、わかった」

好奇心でがどんな姿になるのか見てみたい。
だから俺は兄貴の言葉にこくりと頷いて、そのままおふくろのところに。
話を聞いた瞬間のおふくろの奇声はすごかった。つか怖かった。
そのまま嵐のように飛び出していくおふくろに、元気じゃのうとじいちゃんが笑ってたけど。
元気っていうか…もうありゃ病気だよなー。






「………………」
「………」
「………………。………………」
「……」
「………………………キルア」
「な、なに?」

呆然としていた俺はの声にはっと我に返った。
物憂げな溜め息と共に、はらりと黒髪が頬に落ちる。

「似合わないなら、そう言って笑い飛ばしていいんだぞ」
「何言ってんだよ、すげー似合ってるって!」

力いっぱい言えば、は頭が痛いとばかりに額を押さえた。
あ、女装褒められても嬉しくないか。そうだよな、普通はそうだ。
けど俺が動揺してしまうほど、目の前のは女装に違和感がない。
背中に伸びる黒髪はウィッグというものらしい。指先の爪は桜色に塗られている。
前に親父たちが渡した腕輪も嵌められてるけど、アクセサリーとして成り立ってた。

「………なあ、
「んー」
「その傷、何」

ひらひらと爪先を乾かしていたが目を瞬く。
そして自分の手の甲を見やって、わずかに瞳を細めた。

の手の甲には、傷痕のようなものが刻まれていて。
昔はそんなものなかったはずだ、と思う。焼け爛れたような、皮膚の引き攣れ。
真新しいというわけでもないだろうけど、決して古くもなさそうな傷。
視線を彷徨わせたは、邪魔そうにドレスの裾を払いながらぽつりと呟いた。

「まあ、色々」

そうやっていつも誤魔化す。
不機嫌を隠さず顔に出したら、は小さく笑って頭を撫でてきた。

ちぇ、そうやって子供扱いしてさ。

………ていうか、女の恰好で頭撫でられるとすごい違和感なんだけど。
身長はちゃんとあるのに女装がおかしくないって、ある意味で怖いよな。
兄貴と踊る姿を想像したら、もっと怖くなったけど。



違和感ないらしいデスヨ。

[2011年 8月 16日]