第69話

「ようこそ、お越しくださいました」

恭しく頭を下げる執事っぽいひと。いや、本物の執事なんだろう多分。
優雅な物腰で城ともいえる屋敷へ入っていく客たち。
……すげー…貴婦人とか紳士って感じ。俺、場違いにも程があるんじゃね?

つか、場違いだよな。だって俺、女装中。

「………………」
「少しは明るい顔したら。せっかくの夜会なのに」
「………お前こそ、その鉄面皮なんとかしたらどうだ」
「え?笑ってるでしょ、俺」
「どこが」

むしろ真顔でこえーっての!お前が美形じゃなかったらマジで怖いぞ!
馬車から先に降りたイルミが手を差し出してくる(馬車っておかしいよな、馬車って)
ドレスの裾を踏まないように気をつけながらタラップを踏んで、なんとか地面に足をつける。
うう、ヒールだとうまく立てない。女の子ってこれで歩いて走るんだからすごい。

あーあ、ついにきちゃったよ…本当にきちゃったよ俺!
もう泣きたくて仕方ない。キルアに合わす顔ないよ、あああぁぁぁ。

招待状を渡して奥へ進むイルミも正装をしている。スーツ姿はなかなか麗しい。
無表情すぎて忘れがちだけど、やっぱこいつ美形なんだよな。うん、真顔すぎるけど。
スーツっていったらクロロとかのが似合うイメージだよなー。シャルとかもいけるかも。
あー…胸が苦しい。酸素が、酸素が入ってこない…!

「あ、いた」
「?」
「あれが俺の標的」

手にしたグラスを持ち上げて失礼にならないよう一方を指さすイルミ。
俺はちらりと視線を動かすと、沢山の客に囲まれた老紳士がいた。
ひとのよさそうな笑みを浮かべる姿は暗殺の標的になるような人物には思えない。

「良い趣味してるらしいよ」
「…そんな感じ」

こう、綺麗な庭園持ってたりとか。乗馬やってたりとか。
そういう上流階級の趣味持ってそうだよな。あ、ワインのコレクションとかもあったり?
つかイルミ、俺は酒飲めないんだってば。当たり前のようにグラスを渡すなよ。
いま俺手袋してんだから、つるっとグラスすべらしそうで怖い。
一応、お洒落に指先が出てるタイプの手袋なんだけど。爪もいじられてて、感覚狂う。

「さて。踊る?」
「は」
「いきなり仕事するわけにもいかないし。あれだけ人の目があると俺も面倒くさいからね」
「………」
「それにあんなに練習したんだから、踊っておきたいでしょ?ダンス」
「いや俺はむしろ踊りたくな」

「…!?」
「人の目があるところで男言葉はダメ」

可愛い言い方で俺の口に人差し指を当てるなー!!!
女の子ならお前にこういうことされてくらっとくるんだろうけどな!俺、男!
こういうことされてもキュンとこないし、むしろぞわわって鳥肌立つからやめろっ。

「じゃ、いくよ」
「ちょ」

ぐいっと腰をつかまれホールの中央へ。
ぎゃー!!本当に踊るのかよー!?知らないぞ、俺ヒールでお前の足踏むかも!
あああぁぁ、周りの視線が痛い気がする…これ女装ってバレてんじゃなかろうか。
キキョウさんのメイク技術とか、俺の体型をうまく隠すドレスとかすごいけどさ。
結局は男なわけで、どうしたって違和感あるだろう。ああ、ただの変質者だよ俺。
うう、早くこの一曲が終わってくれと願うしかいまの俺にはできない。

あ、やべ、やっぱイルミの足踏んだ。






ようやくイルミから解放された俺は、そのまま壁に寄りかかって休憩。
ちょっと挨拶回りしてくるからとイルミはどこかへ行ってしまった。
なんでも、このパーティにはゾルディックのお得意様もけっこう出席してるんだとか。
………お得意様ってなんだよそれ。そんなに暗殺の依頼出してる人間ってこと?
やだやだ、物騒な話って。

っていうかあれだよな、もう会場には入れたわけだし。
俺そろそろ抜け出そうかな。このドレスとヒールだと厳しいけど。最悪、ヒールは脱いで。

「失礼、マダム」

そこのバルコニーから飛び降りたりできるか?いや、この高さはヤバイかな。
死ぬ気になればできそうな気もするけど、そこまで切羽詰ってるわけでもないしー。

「マダム、いまよろしいでしょうか」
「え」

あ、俺?マダムって俺?
びっくりして顔を上げると、小柄な執事さん。
頭を下げた執事さんに、俺はどうすればいいのかわからず戸惑った。
イルミー!こういうときどうすればいいの俺ー!!

「主人がぜひマダムにご挨拶をと」
「いえ、そんな。どうぞお気になさらず」

男の声だってバレないように、極力小さな声で。
ひらひらと手を振るけど、執事さんは頑として譲らない。

………うん、こういう使用人さんたちって命令に忠実すぎて譲ってくれないよねー。

というわけで、押しに弱い俺が根負けするのは当然の流れなわけで。
渋々、その主人とやらのもとへ向かう羽目になったのであった。




逃げ出し損ねるのはお約束。

[2011年 8月 27日]