第69話―イルミ視点

母さんに飾り立てられたは、少し怒ってるらしかった。
馬車の中でもひたすら無言。まあ、もともと喋る人間じゃないけど。
オーラがゆらゆら揺れてて、その機嫌の悪さを物語ってる。

「………………」
「少しは明るい顔したら。せっかくの夜会なのに」
「………お前こそ、その鉄面皮なんとかしたらどうだ」
「え?笑ってるでしょ、俺」
「どこが」

突き放した物言いはいっそ清々しいのかな。
先に馬車から降りて手を差し出すと、眉間に皺を寄せたまま手を重ねてくる。
そのまま招待状を迎えの執事に見せて、俺たちは奥へ。
やっぱりかなりの客の数だ。うーん、これだけ人目があると仕事がしづらいな。
できるなら俺が仕事してるとこを一般人には見られたくないし。

「あ、いた」
「?」
「あれが俺の標的」

俺の視線の先を追ったは、相変わらず何を考えてるかわからない顔。
今回の標的はこの夜会の主催者だ。そのため、沢山の客に囲まれている。
名の知れた大富豪で、様々な慈善活動も行うことで有名だ。
ボランティアとか支援しておきながら、裏ではかなりあくどい事もやってるらしいけど。
人身売買とか、薬物の取引とか。当人もけっこうな性癖の持ち主だとかなんとか。

「良い趣味してるらしいよ」
「…そんな感じ」

ぱっと見た印象に大抵は騙される。
あの年寄り、第一印象は無害な紳士にしか見えないらしいし。
けど俺やみたいに裏の稼業に関わる者なら、その見えない顔も嗅ぎ取る。
ま、暗殺を依頼されるだけのことはしてるんだよね。それはどうでもいいや。

「さて。踊る?」
「は」
「いきなり仕事するわけにもいかないし。あれだけ人の目があると俺も面倒くさいからね」
「………」
「それにあんなに練習したんだから、踊っておきたいでしょ?ダンス」
「いや俺はむしろ踊りたくな」

「…!?」
「人の目があるところで男言葉はダメ」

彼は人目を集める、ってこと意識しないとこがあるからな。
もう少し自分のことに頓着すべきだ。俺が言えたことでもないけど。

「じゃ、いくよ」
「ちょ」

男にしては細い腰を抱き寄せてホールの中央へ。
周囲もダンスをする者ばかりであり、は瞳を伏せてステップを踏む。
母さんに化粧をされたせいで、長くなった睫毛が彼の頬に影を落とした。
というか、細いよね。体質なのか、あんまり筋肉つかないらしいし。
全くのガリガリってわけでもないんだけど、全体的にすらっとしてる。

別に化粧しなくても女装いけたんじゃない?
俺のその考えを読み取ったかのように、のヒールが思い切り足の甲に刺さった。





挨拶回りしてくるから、とと別行動をとる。
お得意様も確かにいるんだけど、挨拶は建前みたいなもので。
俺は人気のない部屋に入るともともとの計画を実行した。
ちょっと針は使えないから面倒だけど、仕事だから仕方ない。

べきぼきと骨が鳴る音とともに、俺の顔が変形していく。
んー、一応念を入れて体格も変えておいた方がいいかな。

顔も身長も変えた俺は、この屋敷を自由に歩くために執事服を拝借。
さてあとは標的を…と思ったら、廊下を歩いてくるその人物が。
何やら考え込む風情の老人は俺に気づくと、丁度いいと歩み寄ってきた。
いちいち使用人の顔なんて覚えちゃいないんだろう。俺が部外者ともわからないらしい。

「あの壁際にいる黒髪のご婦人を、私の部屋へ案内しなさい。少し、話がしたい」
「黒髪のご婦人といいますと」
「いまバルコニーへ移動された方だ。くれぐれも失礼のないように」

言いたいことだけ言って部屋に消えていく。
黒髪…バルコニーにいま移動したって、しかいないよね。
知り合いだっけ?そんなこと彼は一言も言ってなかったけど。
ま、いいや。とりあえず声かけてみるか。

「失礼、マダム」

バルコニーに頬杖をついて外を眺める横顔は物憂げだ。
基本、他人に意識をとめないらしい彼はこちらの声にも気づいていない。
ホント、俺が言えたことじゃないけどさ。もう少し周りに関心持てば?

「マダム、いまよろしいでしょうか」
「え」

そこでようやく気づいたらしい彼は顔を上げ、それから驚いたように目を瞠った。
こうやってが表情に出すのは珍しい。それだけ驚いたんだろう。

「主人がぜひマダムにご挨拶をと」
「いえ、そんな。どうぞお気になさらず」

何してんだこんなとこで、と言わんばかりの小さな声。
やっぱりこれ、気づかれてるかな。は俺が変形できること知ってたっけ?

仕事ならひとりで行ってこい、とばかりに渋る彼だったけど。
どうせなら二人の方が俺が楽できるし。少し強引に押し切ることにした。
ほら、標的のもとに俺を届けてもらわないとだしね。





気づいてないんですけどね。

[2011年 8月 27日]