気づいてないんですけどね。
[2011年 8月 27日]
母さんに飾り立てられたは、少し怒ってるらしかった。
馬車の中でもひたすら無言。まあ、もともと喋る人間じゃないけど。
オーラがゆらゆら揺れてて、その機嫌の悪さを物語ってる。
「………………」
「少しは明るい顔したら。せっかくの夜会なのに」
「………お前こそ、その鉄面皮なんとかしたらどうだ」
「え?笑ってるでしょ、俺」
「どこが」
突き放した物言いはいっそ清々しいのかな。
先に馬車から降りて手を差し出すと、眉間に皺を寄せたまま手を重ねてくる。
そのまま招待状を迎えの執事に見せて、俺たちは奥へ。
やっぱりかなりの客の数だ。うーん、これだけ人目があると仕事がしづらいな。
できるなら俺が仕事してるとこを一般人には見られたくないし。
「あ、いた」
「?」
「あれが俺の標的」
俺の視線の先を追ったは、相変わらず何を考えてるかわからない顔。
今回の標的はこの夜会の主催者だ。そのため、沢山の客に囲まれている。
名の知れた大富豪で、様々な慈善活動も行うことで有名だ。
ボランティアとか支援しておきながら、裏ではかなりあくどい事もやってるらしいけど。
人身売買とか、薬物の取引とか。当人もけっこうな性癖の持ち主だとかなんとか。
「良い趣味してるらしいよ」
「…そんな感じ」
ぱっと見た印象に大抵は騙される。
あの年寄り、第一印象は無害な紳士にしか見えないらしいし。
けど俺やみたいに裏の稼業に関わる者なら、その見えない顔も嗅ぎ取る。
ま、暗殺を依頼されるだけのことはしてるんだよね。それはどうでもいいや。
「さて。踊る?」
「は」
「いきなり仕事するわけにもいかないし。あれだけ人の目があると俺も面倒くさいからね」
「………」
「それにあんなに練習したんだから、踊っておきたいでしょ?ダンス」
「いや俺はむしろ踊りたくな」
「」
「…!?」
「人の目があるところで男言葉はダメ」
彼は人目を集める、ってこと意識しないとこがあるからな。
もう少し自分のことに頓着すべきだ。俺が言えたことでもないけど。
「じゃ、いくよ」
「ちょ」
男にしては細い腰を抱き寄せてホールの中央へ。
周囲もダンスをする者ばかりであり、は瞳を伏せてステップを踏む。
母さんに化粧をされたせいで、長くなった睫毛が彼の頬に影を落とした。
というか、細いよね。体質なのか、あんまり筋肉つかないらしいし。
全くのガリガリってわけでもないんだけど、全体的にすらっとしてる。
別に化粧しなくても女装いけたんじゃない?
俺のその考えを読み取ったかのように、のヒールが思い切り足の甲に刺さった。
挨拶回りしてくるから、とと別行動をとる。
お得意様も確かにいるんだけど、挨拶は建前みたいなもので。
俺は人気のない部屋に入るともともとの計画を実行した。
ちょっと針は使えないから面倒だけど、仕事だから仕方ない。
べきぼきと骨が鳴る音とともに、俺の顔が変形していく。
んー、一応念を入れて体格も変えておいた方がいいかな。
顔も身長も変えた俺は、この屋敷を自由に歩くために執事服を拝借。
さてあとは標的を…と思ったら、廊下を歩いてくるその人物が。
何やら考え込む風情の老人は俺に気づくと、丁度いいと歩み寄ってきた。
いちいち使用人の顔なんて覚えちゃいないんだろう。俺が部外者ともわからないらしい。
「あの壁際にいる黒髪のご婦人を、私の部屋へ案内しなさい。少し、話がしたい」
「黒髪のご婦人といいますと」
「いまバルコニーへ移動された方だ。くれぐれも失礼のないように」
言いたいことだけ言って部屋に消えていく。
黒髪…バルコニーにいま移動したって、しかいないよね。
知り合いだっけ?そんなこと彼は一言も言ってなかったけど。
ま、いいや。とりあえず声かけてみるか。
「失礼、マダム」
バルコニーに頬杖をついて外を眺める横顔は物憂げだ。
基本、他人に意識をとめないらしい彼はこちらの声にも気づいていない。
ホント、俺が言えたことじゃないけどさ。もう少し周りに関心持てば?
「マダム、いまよろしいでしょうか」
「え」
そこでようやく気づいたらしい彼は顔を上げ、それから驚いたように目を瞠った。
こうやってが表情に出すのは珍しい。それだけ驚いたんだろう。
「主人がぜひマダムにご挨拶をと」
「いえ、そんな。どうぞお気になさらず」
何してんだこんなとこで、と言わんばかりの小さな声。
やっぱりこれ、気づかれてるかな。は俺が変形できること知ってたっけ?
仕事ならひとりで行ってこい、とばかりに渋る彼だったけど。
どうせなら二人の方が俺が楽できるし。少し強引に押し切ることにした。
ほら、標的のもとに俺を届けてもらわないとだしね。
気づいてないんですけどね。
[2011年 8月 27日]