主人公にとっては黒歴史。
[2011年 8月 27日]
案内されたのは豪勢な部屋で。う、わー…個室なのになんだあのシャンデリア。
絨毯なんてふかふかすぎてヒールが埋もれそうなんだけど。
「ああ、呼び立ててしまってすまないね」
この屋敷の主である老紳士がにこにこと笑顔で迎える。
どうぞと促されて俺は椅子のひとつに腰を下ろした。うわ、クッション柔らかい。
下手に座ると沈んで立ち上がれなくなりそうだ、と浅めに腰かけた。
「良い酒があるのですよ。一杯いかがですかな」
「あ、いえ…」
俺、酒止められてんですけど…!!
しかし老紳士は意外と身軽な動きで立ち上がり、置かれていた酒を取り出す。
グラスふたつに酒を注ぐと、それを手に戻ってきた。
どうぞと手渡されるけど、受け取っても口をつけられない。酔う、確実に酔うぞ俺。
酔っぱらった後どうなるのかいまいちわからないけど、人様に迷惑をかけるのは確実。
どうしたらいいんだ、とだらだら汗をかく俺の肩にそっと手が添えられた。
ん!?と顔を上げれば、驚くほど至近距離にある老紳士の顔。
ちょ、えええ!?何してんのこのじーさん!!いつの間にか俺の隣に座ってますけど!
「ああ、やはり美しい」
「え…」
「その黒曜石のような瞳。…おや、光の加減で色がまた違ってくる」
「あの」
「お連れの男性は恋人ですかな?それともご主人?」
ある意味で主人みたいなもんだけど、恋人ではないぞ断じて。
つか俺もイルミも男だ。こんななりしてるけど、俺・は・男・で・す!!
「マダム。せめて今宵一夜、あなたの甘い夢を見させてはいただけませんか」
「………」
………………何言ってんのこのひと?
「その瞳が私を映す。ああ、なんという甘美な」
「………………あの」
「あなたさえよければ、あの男ではなく私と共に過ごしてみませんか」
「………」
「誰よりも贅沢をさせられる。欲しいものはどんなものでも揃えましょう」
ならくれ、平穏を。
いや、つーかさ。仮に俺がイルミの恋人とか奥さんだったとして。
もうひとのものになってるのに、こうやって手を出そうとするってどうなの。
優しいおじいちゃん、って見た目でやること傲慢だ。
金持ちって皆こうなのかと偏見持っちゃうぞ。
だからそもそも、俺男だからね。無理だから。
男と男で甘美な夢なんてどう見るんだっつーの。そういうのはヒソカに頼め!
「…お断りすることは」
「ほう?私を拒むとおっしゃいますか」
だって根本的なところで無理だから。
なんで男に迫られてんだよ俺ー、と泣きたい気分になってくる。
情けなくなって顔を伏せると、肩をつかむ手の力が強くなった気がした。つか、痛い。
「…ならば、せめてその瞳だけでもいただきたいものですな」
「………?」
「ああ、ですが一度はあなたの温もりを感じてみたい」
「!!」
声に異様な空気が滲んだかと思うと、いきなり圧し掛かられた。
手元からグラスが滑り落ち、絨毯へと転がり赤い水たまりを作っていく。
背もたれに沈み込む俺の上に覆いかぶさる老人は、すでに紳士の皮を捨てていた。
ぎらつく獣のような瞳は、見覚えがある。真っ当な道を歩いていない者の目。
あーだよなー、暗殺の依頼されるぐらいなんだからまともじゃないってことかー。
………ん?いまこのじーさん、俺の瞳が欲しいとか言って…。
「少々痛い思いをしてもらいますが、なあに。目をくり抜くのは意識のないときにしましょう」
「………………」
「けれど、苦痛に悶える声を聴くのもそれはそれで」
うわあああ、なに言ってんだこのひとおおおぉぉぉ!!!!
あれかっ、ネオンと同じ類で人体収集とかしてんのか!?うわ、こわっ。
つかサドっ気ありすぎじゃね!?生きたまま目くり抜くとか言ってるよこのひと!
って、ぎゃああぁぁぁ、なんか足撫でられてるううぅぅう!!
「いまならまだ、引き返せますぞ。どうです?私の傍にいるつもりは」
「………こんな迫り方、ただの脅迫では」
「私にとっては愛の証です」
歪んでる、歪んでるよこのひと…!うわ、つか酒臭い!頭くらっとする。
このままだと俺もう酔う。キルアに怒られるー!口利いてもらえなくなるー!
「…っ……いい加減にしろイルミ!!」
お前の標的だろうがー!どこで油売ってんだか知らないけど、早く来いっ。
ゾルディックの人間は迅速で確実な仕事が信条じゃないのかー!(勝手なイメージ)
さすがに念を使って逃げようかと思う俺の上で、じーさんが動きを止めた。
あれ、え?と戸惑う。
するとゆっくりとじーさんの身体が仰け反り、絨毯の上に崩れ落ちた。
「もう少し見てたかったんだけど」
「………イルミ」
ずっと部屋の隅に控えていた執事の手には、数本の針。
………えーと。顔も身長も全く違うけど。イルミさんなんですかね?
つかお前、ずっと傍にいたのかよ!何傍観してんだよ!!
「終わったし、じゃあ帰ろうか」
がきごきと骨を鳴らして素顔に戻るイルミ。うわ…生で見ると滅茶苦茶ホラーだこれ。
足元に転がるじーさんは見なかった振りで、俺はよろよろと立ち上がる。
ひ、ひどい目に遭った…。男に迫られるわ、目を生きたまま抉られそうになるわ。
「………イルミ」
「何」
「帰ったら、キルアとカルトを独占させてくれ」
「…いいけど。変態みたいな台詞だよ」
「うるさい」
俺はちびっ子で癒されたいのー!!
いまにも泣きそうになりながら、俺ははたと気づいたことがあった。
あれ、ちょっと待てよ。
「イルミ」
「今度は何」
「………顔も体型も変えられるなら、お前が女になればよかったんじゃないか?」
「………………」
「……………」
「………あ」
あ、じゃねえよ!!俺のこの無駄な努力どうしてくれんだよ!!
うわ、ありえねえ。こいつ素で気づかなかったのと、わざと何も言わなかったのどっちだ。
どっちもありえそうで頭痛い。くそう、俺ただの恥かき損じゃん…っ…。
ぽん、と手を叩いて何度も頷いてるイルミを。
俺は心底殴りたかった。
主人公にとっては黒歴史。
[2011年 8月 27日]