実は若干酔ってた主人公、イルミに喧嘩売ってます。
[2011年 8月 30日]
を標的の部屋まで案内すると、待ちわびたといった様子で老人は立ち上がった。
見た目の割に俊敏な動きであり、ただの年寄りではないらしい。
「ああ、呼び立ててしまってすまないね」
どうぞと座るよう促されたは、小さく頷いて浅く腰を下ろす。
すぐにも動けるようにだよね。反撃にしろ逃げるにしろ。
けどぱっと見ただけでは、突然の招きに戸惑って遠慮がちに座ってるようにしか見えない。
「良い酒があるのですよ。一杯いかがですかな」
「あ、いえ…」
男であるとバレないように小さな声を漏らす。
うん、あれならちょっとハスキーな女の声って感じ。
グラスを渡されただけど、それに口をつけようとはしなかった。
ま、当然かな。多分あれ薬入ってるだろうし。
睡眠薬ならマシだけど、もっと強力なものである可能性が高い。いわゆる、媚薬的な?
老人はの隣に腰を下ろすと、その肩に手を添えた。
絶妙のタイミングで顔を上げたの瞳が、老人をとらえる。
「ああ、やはり美しい」
「え…」
「その黒曜石のような瞳。…おや、光の加減で色がまた違ってくる」
「あの」
「お連れの男性は恋人ですかな?それともご主人?」
一緒にいた俺のことも一応チェックされてたのか。
でもゾルディックの人間だとはバレてないみたいだし、まあいいや。
「マダム。せめて今宵一夜、あなたの甘い夢を見させてはいただけませんか」
「………」
イエスともノーとも言わず、ただじっと老人を見つめる。
まるでそれに促されるかのように、標的は口説き文句を並べ続けた。
それをはじっと聞きながら、時折躊躇うような返事を返す。つまり、焦らす。
「その瞳が私を映す。ああ、なんという甘美な」
「………………あの」
「あなたさえよければ、あの男ではなく私と共に過ごしてみませんか」
「………」
「誰よりも贅沢をさせられる。欲しいものはどんなものでも揃えましょう」
ここまでの言葉を引き出すって、すごいよね。
何も言わず、そっと睫毛を伏せる。その仕草が老人の心を刺激するらしい。
けどこのままベッドシーンにもつれこんだら俺どうしよう。
がどんな風に乗り切るのか興味はあるけど、でも殺しの依頼を終わらせないとだしな。
「…お断りすることは」
「ほう?私を拒むとおっしゃいますか」
あ、話の流れが変わった。
が仕事のこと忘れるはずないか。ちょっと残念だけど。
「…ならば、せめてその瞳だけでもいただきたいものですな」
「………?」
「ああ、ですが一度はあなたの温もりを感じてみたい」
「!!」
圧し掛かられ、椅子のクッションにの背中が沈む。
黒く長い髪が散らばる姿はなかなか色っぽい(ちなみにあのウィッグは人毛だから)
そういえば母さん写真撮れって言ってたっけ。カメラどうしようかな、携帯のでいいか。
「少々痛い思いをしてもらいますが、なあに。目をくり抜くのは意識のないときにしましょう」
「………………」
「けれど、苦痛に悶える声を聴くのもそれはそれで」
普通の人間が聞いたら卒倒しそうな口説き台詞。
でもは怯えたり悲鳴を上げるでもなく。
………あ、足撫でられてる。まさに大人のシーン。
うん、これで母さんも満足だろう、よし。とりあえず送信。
「いまならまだ、引き返せますぞ。どうです?私の傍にいるつもりは」
「………こんな迫り方、ただの脅迫では」
「私にとっては愛の証です」
迫る唇。これはキスシーンも撮影できるだろうか。
「…っ……いい加減にしろイルミ!!」
あーあ、怒られちゃった。
仕方ない、と俺は取り出した針を老人の頭部に一刺し。
あんまりにあっけない。
「もう少し見てたかったんだけど」
「………イルミ」
がじっとこちらを見てくる。
俺が面白がってたことを不満に思ってるのかもしれない。
「終わったし、じゃあ帰ろうか」
とりあえず顔と身体を戻さないと。ふう、やっぱり針なしで変形させるのはしんどい。
俺が元の姿に戻っている間には立ち上がりドレスの裾を直した。
倒れた老人には目もくれず、そのままゆっくりと出口の前に立つ俺のところへ。
「………イルミ」
「何」
「帰ったら、キルアとカルトを独占させてくれ」
「…いいけど。変態みたいな台詞だよ」
「うるさい」
ぎろりとこっちを睨んだ後で、がぽつり。
「イルミ」
「今度は何」
「………顔も体型も変えられるなら、お前が女になればよかったんじゃないか?」
「………………」
「……………」
「………あ」
そういえばそうか。一応、女の顔も造れるし。
まあでも、年寄りに迫られるのとか俺ちょっと嫌だし。
無事に終わったんだから、それでいいじゃない。ね?
帰りの馬車で、は不機嫌さ全開で行儀悪く足を組んで腕も組んでいた。
むっつりと黙り込みながら、オーラはひしひしと痛い。
「そんなに嫌だった?見事だったけど」
「…それは俺に対する嫌味か」
「俺じゃあんな風にはできないな」
「男に迫られる複雑さを感じてみろ」
そうぶっきら棒に告げたがぐいっと俺の襟元をつかんだ。
鼻と鼻がぶつかりそうな距離にまで互いの顔が近づく。
あ、なるほど。確かに彼の瞳は珍しいというか不思議な色をしている。
澄んでいるのか濁っているのかわからない。その曖昧さが、興味を引く。
「いまのに迫られても、女のひとに口説かれてるとしか思えないけど」
「………………それもそうだな」
げんなりと溜め息を吐いて、長い毛先をつまむ。
さっさとドレスを脱いでウィッグも外したいんだろう。邪魔だよね、全部。
また背もたれにどかりと背中を預けたは、話しかけるなとばかりに目を閉じる。
無事に仕事は済んだし、俺としては色々楽しめた。
やっぱり、持つべきは優秀な仕事のパートナーだよね。
実は若干酔ってた主人公、イルミに喧嘩売ってます。
[2011年 8月 30日]