第71話―イルミ視点

を標的の部屋まで案内すると、待ちわびたといった様子で老人は立ち上がった。
見た目の割に俊敏な動きであり、ただの年寄りではないらしい。

「ああ、呼び立ててしまってすまないね」

どうぞと座るよう促されたは、小さく頷いて浅く腰を下ろす。
すぐにも動けるようにだよね。反撃にしろ逃げるにしろ。
けどぱっと見ただけでは、突然の招きに戸惑って遠慮がちに座ってるようにしか見えない。

「良い酒があるのですよ。一杯いかがですかな」
「あ、いえ…」

男であるとバレないように小さな声を漏らす。
うん、あれならちょっとハスキーな女の声って感じ。
グラスを渡されただけど、それに口をつけようとはしなかった。
ま、当然かな。多分あれ薬入ってるだろうし。
睡眠薬ならマシだけど、もっと強力なものである可能性が高い。いわゆる、媚薬的な?

老人はの隣に腰を下ろすと、その肩に手を添えた。
絶妙のタイミングで顔を上げたの瞳が、老人をとらえる。

「ああ、やはり美しい」
「え…」
「その黒曜石のような瞳。…おや、光の加減で色がまた違ってくる」
「あの」
「お連れの男性は恋人ですかな?それともご主人?」

一緒にいた俺のことも一応チェックされてたのか。
でもゾルディックの人間だとはバレてないみたいだし、まあいいや。

「マダム。せめて今宵一夜、あなたの甘い夢を見させてはいただけませんか」
「………」

イエスともノーとも言わず、ただじっと老人を見つめる。
まるでそれに促されるかのように、標的は口説き文句を並べ続けた。
それをはじっと聞きながら、時折躊躇うような返事を返す。つまり、焦らす。

「その瞳が私を映す。ああ、なんという甘美な」
「………………あの」
「あなたさえよければ、あの男ではなく私と共に過ごしてみませんか」
「………」
「誰よりも贅沢をさせられる。欲しいものはどんなものでも揃えましょう」

ここまでの言葉を引き出すって、すごいよね。
何も言わず、そっと睫毛を伏せる。その仕草が老人の心を刺激するらしい。
けどこのままベッドシーンにもつれこんだら俺どうしよう。
がどんな風に乗り切るのか興味はあるけど、でも殺しの依頼を終わらせないとだしな。

「…お断りすることは」
「ほう?私を拒むとおっしゃいますか」

あ、話の流れが変わった。
が仕事のこと忘れるはずないか。ちょっと残念だけど。

「…ならば、せめてその瞳だけでもいただきたいものですな」
「………?」
「ああ、ですが一度はあなたの温もりを感じてみたい」
「!!」

圧し掛かられ、椅子のクッションにの背中が沈む。
黒く長い髪が散らばる姿はなかなか色っぽい(ちなみにあのウィッグは人毛だから)
そういえば母さん写真撮れって言ってたっけ。カメラどうしようかな、携帯のでいいか。

「少々痛い思いをしてもらいますが、なあに。目をくり抜くのは意識のないときにしましょう」
「………………」
「けれど、苦痛に悶える声を聴くのもそれはそれで」

普通の人間が聞いたら卒倒しそうな口説き台詞。
でもは怯えたり悲鳴を上げるでもなく。
………あ、足撫でられてる。まさに大人のシーン。
うん、これで母さんも満足だろう、よし。とりあえず送信。

「いまならまだ、引き返せますぞ。どうです?私の傍にいるつもりは」
「………こんな迫り方、ただの脅迫では」
「私にとっては愛の証です」

迫る唇。これはキスシーンも撮影できるだろうか。

「…っ……いい加減にしろイルミ!!」

あーあ、怒られちゃった。
仕方ない、と俺は取り出した針を老人の頭部に一刺し。

あんまりにあっけない。

「もう少し見てたかったんだけど」
「………イルミ」

がじっとこちらを見てくる。
俺が面白がってたことを不満に思ってるのかもしれない。

「終わったし、じゃあ帰ろうか」

とりあえず顔と身体を戻さないと。ふう、やっぱり針なしで変形させるのはしんどい。
俺が元の姿に戻っている間には立ち上がりドレスの裾を直した。
倒れた老人には目もくれず、そのままゆっくりと出口の前に立つ俺のところへ。

「………イルミ」
「何」
「帰ったら、キルアとカルトを独占させてくれ」
「…いいけど。変態みたいな台詞だよ」
「うるさい」

ぎろりとこっちを睨んだ後で、がぽつり。

「イルミ」
「今度は何」
「………顔も体型も変えられるなら、お前が女になればよかったんじゃないか?」
「………………」
「……………」
「………あ」

そういえばそうか。一応、女の顔も造れるし。
まあでも、年寄りに迫られるのとか俺ちょっと嫌だし。
無事に終わったんだから、それでいいじゃない。ね?






帰りの馬車で、は不機嫌さ全開で行儀悪く足を組んで腕も組んでいた。
むっつりと黙り込みながら、オーラはひしひしと痛い。

「そんなに嫌だった?見事だったけど」
「…それは俺に対する嫌味か」
「俺じゃあんな風にはできないな」
「男に迫られる複雑さを感じてみろ」

そうぶっきら棒に告げたがぐいっと俺の襟元をつかんだ。
鼻と鼻がぶつかりそうな距離にまで互いの顔が近づく。
あ、なるほど。確かに彼の瞳は珍しいというか不思議な色をしている。
澄んでいるのか濁っているのかわからない。その曖昧さが、興味を引く。

「いまのに迫られても、女のひとに口説かれてるとしか思えないけど」
「………………それもそうだな」

げんなりと溜め息を吐いて、長い毛先をつまむ。
さっさとドレスを脱いでウィッグも外したいんだろう。邪魔だよね、全部。

また背もたれにどかりと背中を預けたは、話しかけるなとばかりに目を閉じる。
無事に仕事は済んだし、俺としては色々楽しめた。
やっぱり、持つべきは優秀な仕事のパートナーだよね。





実は若干酔ってた主人公、イルミに喧嘩売ってます。

[2011年 8月 30日]