第72話

いまにも抹消したい黒歴史を俺が築いてから一か月。
………実は浮上してくるまでに一か月かかったんだよ、女装事件から。
だって、だってさ、女装ってだけでも穴掘って入りたいぐらいだったのに…!

何が悲しくておじーちゃんに迫られなきゃいけなかったんだ…。

もうさ、あれは人生に絶望したね。俺って男でいる意味あんのかって。
いや、性別を変えることなんて普通はできないわけだから、俺が男であることは不変だ。
ならなぜ、綺麗なお姉さんとか可愛い女の子ではなく、あんなじーさんに迫られるんだ俺。

いままでにないほどに荒んだ俺を慰めてくれたのは、ゾルディックのちびっ子たちだった。
おかえりと駆け寄ってきてくれたキルアとカルトの可愛いこと。
一緒にケーキ食べて、風呂入って、ベッドの上でごろごろして一泊。
非常に心洗われる一夜でありました。……うん、あのおかげで俺一か月で浮上できたんだ。
でなけりゃ自暴自棄になってたかもしんない。いや、半分なってたけど。

ー、まだー?」
「もうできる」

リビングから聞こえてきた声に返事をして、俺はフライパンから目玉焼きを皿に移した。
うん、まあ食べられるレベルにはなってるだろ。
キッチンから出るとパソコンを適当に横にずらし待機するシャル。
マンションに顔を出したシャルが開口一番「お腹減っててさー」と言ったため俺は調理に。
ちょうど昼飯まだだったから、いいんだけど。
サラダと、目玉焼きとベーコンとトースト。大したもんじゃなくてごめん。

「うまそー」
「…そうか?」
「いっただっきまーす」

可愛い顔してかなりの大食漢であるシャルは、すぐにかぶりつく。
…これはもっとパン焼いといた方がいいかもしれないな。

「あ、さっきの携帯にメールきてたっぽいよ」
「ん」

テーブルに放置していた携帯をとってメールを確認。
………え、カイトからだ。うわ、アドレス交換後から初めてのメールだよ。
何かあったんだろうか、と開いてみて驚いた。

ジン、見つけたぞ。

短い文章だけど、それだけにカイトの達成感を伝えるような気がして。
そっかぁ、ついにジンを見つけて捕まえたのかぁ。つまりは最終試験クリアだ。
これで一人前ってことだよな、それはめでたい。
おめでとう、と返信して。目的を成し遂げたカイトに尊敬の念を覚える。

俺も負けてられないよな。
きちんと元の世界に戻る方法を見つけないと。

「シャル、しばらく留守にするから」
「あ、そうなの?なんだ残念、クロロが暇そうなら顔出せって言ってたのに」
「………クロロが?」
の女装姿が見た…」
「どこからの情報だそれは」

なんでクロロが俺の女装について知ってんのー!?
あ、それともただ単に嫌がらせで女装させようとかそういう、たまたまの偶然?
どっちにしろ俺に対して喧嘩を売っているとしか思えない。ふっ、バカにするなよ。

誰が買うかそんな喧嘩!!(超チキン)

「とにかく、ちょっと色んなところ巡ってくるから」
「?仕事とはまた違うわけ」
「遺跡巡り」
「あぁ…。呪われた石版のことといい、そういうの好きなの?」
「もともと考古学は好きだ。大学に行こうとしてたし」
「してた」
「そう、してた」

過去形なんだ?とパンをかじりながらシャルが首を傾げた。
それに小さく頷いて、通うはずだった大学を思い浮かべる。ああ、懐かしいな。
なんかもうすでに記憶から薄れはじめてるけど、じーちゃんの研究室は思い出せる。
…くっそう、あの土産に触りさえしなければ。いや原因があれかは確定してないけど。

「この世界に引きずり込まれて、その夢は断たれたわけだけど。別に独学でもいいかって」
「…ふーん」
「いつも石版の情報ありがとう、シャル」
「俺は対して苦労してないよ。ね、が嫌じゃなかったらだけど」
「?」
「俺もついていっていい?」

何ですと!?

「旅団の仕事もしばらくなさそうだしさー。これといって用事があるわけでもないし」
「…ただの遺跡巡りだぞ?シャルが楽しめるとは思えないけど」
「それを決めるのは俺」

けどなぁ…観光地として整備されてる遺跡ならともかくとして。
人の手がロクに入ってない遺跡だと、汚いし危ないし、ガラクタしかない可能性もある。
骨折り損の確率の方が高いんだけど、いいのかな。
いきなりマイナー所に行くつもりはないけど、それでも楽しめるんだろうか。

迷う俺をじっと見つめるシャルは、断らせないといった空気で。
…シャルが一緒に来てくれるのは正直心強いんだけど。でも、その。

また賞金稼ぎとかに狙われるのだけは、勘弁デス。






あれ、予定と違ってシャルも同行することに…あれ。

[2011年 8月 31日]