第47話

ノストラードファミリーから生還した俺は、世界各地を巡ることにしていた。
仕事は携帯があれば連絡がつくし、それほど頻繁に依頼がくるわけでもない。
自由気ままに観光しつつ、色々な博物館や遺跡を巡るつもりだ。

そして今日は目星をつけていた観光地のひとつ。
古本屋ばかりが立ち並ぶ、ある意味で宝庫のような町へ。
あれだあれ、都内にある神保町みたいなとこ。
あんまりに多すぎて何を見ていいかわからなくなりそうだけれど。
どの店に行けば好みの本が多くあるのかは、ネットで検索して準備ばっちりだ。

「………本当に山のようにあるな」

遺跡や様々な民族資料、歴史書。
多くの古書が並ぶ本棚に涎が出てきそうだ。すっげ、全部欲しい。
けど本を置く場所がなー。
いま定住地がないから荷物あんまり増やせないし。やっぱ家ほしいよな、家。
興味のある本を手にとってぺらぺらと中を見る。う、やばい、めっちゃ欲しい。
とりあえず立ち読みさせてもらおう。んでもって、一冊だけ何か買わせてもらおう。

そう決めて、俺はあっという間に本の世界に没頭していった。






気が付けば数時間。空腹にも気づかないでいたらしい。
時計を確認すればもう昼通り越しておやつの時間だ。
どこかで軽く食べるかな、と俺は本を閉じてレジに向かう。
今回ゲットしたのは【世界の遺跡】っていう分厚い本。各地の遺跡について触れられている。

会計を済ませて外に出た俺は、鼻歌交じりに通りを抜けて売店でサンドイッチを買った。
ぱくりと口をつけながら、今日の宿を目指す。相変わらず碌な宿には泊まれない。
町外れにあるため、舗装されていない道をぶらぶらと進んでいくと。

「………雨?」

ぽつりと頬に触れた雫。空を見上げればいつの間にやら雲が広がっていた。
本が入っているのは紙袋。このままだと濡れる。
慌てて雨宿りできそうな場所を探すが、この辺りは民家ばかりだ。
どうしたものかと辺りを見回し、少し大きめの木を見つける。お、あそこなら。
雨足が強まっていくのを感じながら屋根のように葉を広げる枝の下へ。
うん、ここなら大丈夫そうだ。

遠くの空は明るいから、しばらく待っていれば止むだろう。
最初に落ちた場所は雨ばかり降る場所だったし、俺って実は雨男なんだろうか。

「…ついてないな」
「?」

いつの間にやら傍にひとがいて。あれ、最初からいたっけ。
思わずそちらへ視線を移動させれば、わずかに髪から水を滴らせた美青年が。
黒い艶やかな髪。バンダナを額にはめており、黒いパーカーとジーンズというラフな格好。
俺が現代世界にいた頃は普段着に使っていたようなスタイルだ。
だというのにイケメンが着ると、こういうのでもかっこいいんだから腹立つよなー。

「雨宿りですか?」
「…あぁ、まあ」

低めだけど爽やかな声でイケメンが話しかけてくる。
くそう、笑顔も爽やかだ。絶対モテるんだろうな、きらきらオーラが見える。
俺には縁のない世界だ、と寂しく食べかけのサンドイッチをぱくり。

ぐきゅるるる

「………あ」
「………………。今の」
「気にしないで下さい」

いや、いまの豪快な音は聞き逃せないだろう。腹の虫か?そうなんだな?
サンドイッチはふたつある。一個は食べかけだが、まだ口をつけていないのが残っている。

「…食べるか?」
「いいんですか」
「腹空かしてる人間の前で食べてられるほど、神経太くない」
「それは意外だ。けど、助かった。ありがとう」

あんたにとって俺はどんだけ図太い人間に見えてんだ?と問いかけたい。
けど差し出したサンドイッチを受け取るイケメンの笑顔が眩しくて。
俺はもうすぐに視線を外した。眩しい!眩しすぎる!
なんだあのイッケメーン!!って感じの笑顔っ。胡散臭くね!?

目は黒くつぶらにも見えるが、どこか笑っていない。
なんか考えれば考えるほど薄ら寒い感じがしてきたぞ。俺の偏見か?
イケメンに対する恨みが俺の見方を歪めているだけなんだろうか。

「ここへは観光ですか?」
「……あぁ」
「意外と掘り出し物がある。俺もよくここへ来るんです」
「マメに来ると楽しいだろうな。そのときにしか巡り会えないものがある」

古本屋は本の入れ替わりがとにかく早い。
目をつけていた本が次に来たときにはなくなっていることなんてしょっちゅうだ。
だからこれと決めた本があったら即購入しておかないと、もう二度と会えないこともある。
出会いは縁だからな。大切にしないと。

「確かに。俺も貴重なものに巡り会えましたよ」

なんか良い買い物でもしたんだろうか。それはよかった。

「………雨、上がったな」
「あぁ、通り雨でしたね」
「じゃあ、俺はこれで」

早く宿に戻ってこの本を読みたい。
そそくさと立ち去ろうとした俺に、イケメンの声が投げかけられた。

「また、いずれ」

なんだそりゃ、またこの町に立ち寄ることがあればってことか?
気に入ったから、きっとここへはまた来ることもあると思うけど。わざわざ言うことでもない。
ただ通りすがっただけの、たまたま一緒に雨宿りの空間にいたというだけ。
なのにこうして声をかけてくる意味が分からない。だから俺はぺこりと頭を下げるだけで。

何と返していいものやら分からず、そのまま背を向けて歩き出した。
あんなイケメンに会うようなことは滅多にないだろう、と首を捻りながら。

………いや、シャルとかもイケメンだけどな?




新たな出会い。

[2011年 6月 18日]