第48話−クロロ視点

本は面白い。
あの一冊の本にある意味で世界のひとつが凝縮されている。
それは過去から続く知識や、未来を指し示す助言であったりと多岐にわたる。
下手な人間と過ごすよりはよほど有意義だ。

特に仕事もない今日は、多くの本が集まる町へと足を運んでいた。
来るたびに変わる品揃えが楽しく、何度来ても飽きない。
大抵一度愛でれば飽いてしまう俺が執着する、数少ない場所だ。

ひと通り眺めて満足した俺は、今日はそのままアジトへと帰ろうかと思案する。
といっても急ぎの用もないし。帰ったところで、賑やかな面々が出迎えるだけだろう。
それはそれで退屈しのぎにはなるか、とずれたバンダナを直す。
一応、幻影旅団の団長であるため、特徴的な額を隠してお忍び中だ。
今日はちょっと爽やかな青年を演出。団員たちが見たら指差して笑い転げそうだ。

「………ん?」

ぽつり、と冷たいものを感じて空を見上げる。
どうやら雨らしい、と溜息を吐いた。どこか雨宿りができそうな場所は…。
そう視線を巡らせていると、少し先に大木を見つけた。あの下ならしのげるか。
木の下へと駆け込み、結局は濡れてしまった服を軽く払う。

「…ついてないな」

そう呟いたところで、ふとかすかなオーラの揺らめきを感じた。
誰かいたのか。全く気づかなかった、この俺が。

ちらりと俺を見た男は、すぐにその視線を逸らして雨足の強まる風景を眺めている。
………存在を認知すれば途端に感じる、完璧な纏。
これほどのオーラを持ちながら、気配を完全に消していた。何者だ、この男。
警戒しているのを悟られないように。そして好奇心を満たすため、俺は笑顔で声をかけた。

「雨宿りですか?」
「…あぁ、まあ」

しかし返ってくるのはぶっきらぼうな答え。
黒髪の間から覗く瞳は焦げ茶色で、何を見つめているのかわからない。
俺を見ていないのに、かすかにオーラが揺らめいている。
しかしそれでも表情には何も出さず、手にしたサンドイッチを食べて。

ぐきゅるるる

「………あ」

このタイミングで鳴るか、と自分の腹を押さえる。

「………………。今の」
「気にしないで下さい」

さすがに拍子抜けした表情を浮かべた男は、新しいサンドイッチを取り出した。
おもむろにそれを差し出され、俺は少し驚く。

「…食べるか?」
「いいんですか」
「腹空かしてる人間の前で食べてられるほど、神経太くない」
「それは意外だ。けど、助かった。ありがとう」

他人に施しをするような人間には見えない。
この世界、下手に優しさや同情心を見せればそれは隙となり自分に返ってくる。
男は相当な手練だろう。こういったことをするとは思えない。ただの気まぐれか。
とりあえず受け取り笑って感謝を述べる。すると男は素っ気なくまた顔を逸らした。
俺と関わることを避けているような態度に、逆に興味が湧いてくる。

「ここへは観光ですか?」
「……あぁ」
「意外と掘り出し物がある。俺もよくここへ来るんです」
「マメに来ると楽しいだろうな。そのときにしか巡り会えないものがある」
「確かに。俺も貴重なものに巡り会えましたよ」

男の言うとおり、なかなか興味深い巡り会いだ。
ふと視線を落とすと、彼の腕に嵌められた装飾に気づく。ん?これは。

「………雨、上がったな」
「あぁ、通り雨でしたね」
「じゃあ、俺はこれで」

さっさと立ち去ろうとする男に、俺は声をかける。

「また、いずれ」

一瞬足を止めた男は、ちらりと視線だけ振り返り小さく頷いて去っていった。
そう、また彼とは会うことになるだろう。そう遠くないうちに。

この短い雨宿りの邂逅に、俺は妙におかしい気持ちになっていた。






「なんだ、今日はシャルだけか」
「さっきまでウボォーとノブナガがいたよ。いまは外で乱闘中」
「飽きないな」
「ほんと」

アジトに戻った俺を迎えたのは携帯をいじるシャルナークのみ。
常に団員全員が揃っていることはない。それぞれが普段は自由に生活している。
俺も今日はその自由な生活とやらを満喫していたわけだが。
バンダナを外して乱れた髪をかき混ぜていると、シャルが画面から顔を上げた。

「クロロってほんと髪下ろしてると童顔だよねー」
「お前に言われたくないが」
「今日は何してたの、ナンパ?」
「俺のイメージがお前の中でどんなものなのか知りたくなってきた」
「あはは、それ聞いちゃう?実物像と変わらないと思うけどなー」

団員は俺が団長だからといって敬うわけではない。
蜘蛛には欠かせない存在はなく、誰もが「蜘蛛」という集団のパーツでしかない。
団長の俺がいなくなったとしても蜘蛛は機能を続け、また新たな団長が生まれるだけのこと。
決定権は団長にあるが、それ以外に関しては仲間の一人というだけだ。

着慣れた服を取り出しながら、そういえばと思い出す。

「シャル、お前のトモダチに会ったぞ」
「え、に?」
「お互い名乗りはしなかったが。あの腕輪をつけていたから、そうだろう」
「へえ、どこで。クロロが行く先なんて碌な場所なさそうだけど」
「………シャル、だからな」
「あはは、冗談だって」
「随分と不思議なヤツだった。あのオーラは面白い。どんな能力か見てみたい」
「盗むのはやめてくれよ。せっかくの遊び友達なのにさ」
「それは残念だ」

どこか得体の知れない空気をまとっていたという男。
交わした言葉は少なく、本質を見極めるには情報が少ない。
だがあの短い時間だけでも、シャルナークがあの男に興味を持つ理由はわかった気がした。

俺たちと似ているようで、違う。
遠いようで、近い。


本当に、面白い男だ。




全然近くないんです、むしろ遠いんです。

[2011年 6月 18日]