第49話

今日は珍しく仕事。といってもそれほど難しいものじゃないんだけど。
山奥にピザの出前を届けるという、よくわからんデリバリーみたいなもんだ。
よく立ち寄る店のおっちゃんが、そんな場所に届けに行けないって肩を落としてて。
なら断ればいいのに、って思ったんだけどその前に電話を切られたらしい。
…なんて一方的な客だ。まあ、こんだけおいしい店なら食べたくなる気持ちはわかるけど。

というわけで、おっちゃんから無料券の束を依頼料としてもらって俺が出前に。
山奥とは聞いてたけど、これはひどい。道なんてあってないようなものだ。
舗装されてないどころか獣道じゃね?この先に人なんているのか?と不安になってくる。

鬱蒼と茂る森を抜け、途中にある渓谷を眺め。
なんかあれだ、観光に来たみたいだと進むこと少し。
………なんでだかこの大自然に不釣合いな香りがしてきたんですが。
錆びた鉄…っていうか血の臭いだよなこれ。え、進んで大丈夫なのかこれ。

思わず不安になって気配を殺しながら恐る恐る進んでいく。
どさり、と何かが倒れる音がした後でしーんと辺りが静まり返った。
何?何が起きてんの?

「あーっ!腹減った!」

明るい男の声が聞こえてきて、ひょっとしてお客さんだろうかと顔を出す。
少し開けた野原かと思ったら、ただ単に木々がなぎ倒されて人為的に開けているだけだった。
…えーと自然破壊ですよお兄さん。そんでもって、ごろごろひとも倒れてますが!

「ん?」

こっちの気配に気づいたのかお兄さんが振り返る。
ぼさぼさの黒い髪、意志の強そうな瞳ときりりとした眉。
童顔に見えないこともないけど男らしい表情だ。服が妙にくたびれてるけど。
腰を下ろしていたお兄さんは、俺が手にしているものを見るとぱあと顔を輝かせた。
あ、やっぱりお客さんなんだ。

「えーと、ピザの注文いただいた…」
「そうそう、俺。ナイスタイミングだぜ!」

がばっと飛びついてきたお兄さんにピザの入った箱を差し出す。
すごい勢いでそれを開きそのままがっつく。相当にお腹が空いていたらしい。
Lサイズのピザを五箱とかパーティか?と思ったんだが、ひとりで食べきるようだ。
このペースなら食べられちゃいそうだな、すごすぎる。

ぼんやりと豪快な食事風景を見守っていると、お兄さんが不意に顔を上げた。
いい大人だろうに、口の周りには食べかすがいっぱい。

「お前も食うか?」
「え?」
「こんな奥地まで来てもらった礼だ。遠慮せず食えって」

そんな気遣いができるならそもそも奥地にデリバリー頼まないで。

「はあ…じゃあ、ひとついただきます」
「おう!」

ここへ来るまでに少し時間がかかってしまったが、まだ温かい。
あの店のピザは本当においしくて、冷めても味はそれほど落ちないんだけど。
でもやっぱり作りたてあつあつのピザが一番だよなー、とチーズをみょーんと伸ばす。
それにしても。

「あの」
「ん?」
「この周りに倒れてるのは…」
「ああ、ひょうひょふ」
「………食べ終わってからでいいです」

口に食べ物つまってる状態で喋らないでほしい。飛ぶ、色んなものが飛ぶから!
おっちゃんがサービスでつけてくれたコーラもごくごく飲み干し、お兄ちゃんは満足したようだった。
うまかったうまかった!と自分のお腹をぽんぽんと叩いている。
これだけ美味しそうに食べられればピザも満足だろう。
広げてあった箱を閉じてゴミ袋に押し込む。町に戻ったらちゃんと捨てよう。

よっと反動をつけて立ち上がったお兄ちゃんは、辺りをぐるりと見回した。
恐らくここも森の一部だったのだろうが、だいぶ見晴らしがいい。
倒れた木々に混ざってガタイのいい男たちも転がっているのがなかなかにシュールだ。

「よし、んじゃもうひと運動といくか」
「えっと、それでこの人達は…」
「ああ、盗賊」
「………………は?」
「盗賊。最近けっこう騒がれてる奴等でさ、聞いたことねえ?クート盗賊団」
「クート盗賊団………」

って、あれか!しょっちゅう新聞の一面を飾る凶悪盗賊!
ある意味で幻影旅団より始末が悪い、ともっぱらの噂の犯罪集団だ。
幻影旅団と違ってクート盗賊団はそれこそ節操がない。盗めるものは何でも盗む。
盗賊団がやって来たところは、目標物だけでなく周辺の町も荒地と化すという。
虐殺にも近い惨状は衝撃的で、ニュースでもよく取り上げられるのだ。

「つっても、こいつら下っ端だけどな。俺はその頭に用があんだよ」
「………何の用が?」
「俺のダチが半殺しの目に遭ってな。その礼をしてやらねーと気が治まらねえ」

なんかこのひと物騒ー!!?
だってあのクート盗賊団だよ!?
シャルですらデリカシーないよねこいつら、とか眉顰めてた集団なのに!(なんか意味違う)
かなり大規模な盗賊団だと聞いているのに単身乗り込もうというのだろうか。

無謀だ、無謀にも程がある。

後先考えないこういうタイプは、ただのおバカか破格の器かだ。
どちらにしろ俺はお近づきになりたくない。巻き込まれたら、死ぬ。
依頼も終わったし、さっさと立ち去ろう。それしかない。
じりっと後ろに下がって俺は逃げ出そうと試みた。瞬間。

サクッ

………………………………。
足元にナイフが刺さってるんですけどこれええぇぇぇぇぇ!!?
ちょ、いま足動かさなかったら刺さってたじゃねえかああぁぁぁぁ!!!
なんで、いったいどこから!?

「うーし、おいでなすったか」
「………おい」
「ピザ届けるだけじゃ退屈だろ?お前も一緒に暴れてけよ」

屈託のない笑顔で拳を鳴らすお兄さん。
ダメだ、このひとほんっとダメだ、俺が最も苦手とするタイプだ畜生!!
笑顔で周りを巻き込んで突っ走るタイプだろあんたー!!!
俺はピザ届けるだけで満足なんだよ帰らせてぇー!!

頭がぐらぐらしてきた。
心の中で泣いてる間に、お兄さんと俺を囲むようにぞろぞろ出てくる男たち。
ああ…物騒な武器がたくさん見える。殺傷能力高そうなのがいっぱい…。

「あ、そういや名前聞いてなかったな。ピザ屋の新しいバイトか?」
「…違う。だ」
な、覚えた」

襲い掛かってきた男を一瞬で殴り倒し、お兄さんは振り向き様に足を高く振り上げる。
別方向から飛び掛ってきた男を綺麗に蹴り飛ばすと、そのまま男たちの渦中へ。
しかし楽しげな笑みはそのままだ。この状況を、彼は楽しんでいる。
高々とジャンプしたお兄さんは、瞳を子供のように輝かせ名乗った。

「俺はジン!ジン=フリークスだ、よろしく頼むぜ!」




ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?






滅茶苦茶なひとと出会いました。

[2011年 6月 18日]