第81話―ゲンスルー視点

「ゲンスルー、新顔が来たぞ」

この時期に?妙だな、選考会はまだ先だったはずだが。
それともバッテラの契約者ではなく、個人でゲームを手に入れた者でも入ってきたか。
ニッケスの報告に、俺たちグループの幹部クラスが集まる。

どうやらプレイ初心者であるはずの男は、相当な手練れらしかった。
誰もが受ける洗礼。シソの木での他プレイヤーの襲撃。
それをあっさりと退け、しかもその中から呪文カード一枚を抜いて飛び去ったという。
戦闘力もかなりのものだったらしく、目で追うのも難しかったとか。
……まあ、ニッケスのレベルじゃそんなもんだろうな。
そう思ったことは口に出さず、俺はメガネを押し上げて片手を上げた。

「OK、そいつが向かった先は?」
「マサドラだ」
「…つまりは一度マサドラに行ったことがあるか、もしくはセーブデータを引き継いだかのどちらかだな。どちらにしろ、有能な人材であることは間違いなさそうだが」
「どうする?俺が声をかけてみるか」
「ニッケスはシソの木の監視があるだろう。俺が行く」
「いや、ジスパは新しいメンバーの訓練があるだろうから…俺が行こう」
「いいのか?ゲンスルー」
「あぁ。呪文カードの補充もそろそろする頃合いだろう」

そうだな、とこちらを信頼しきってる連中がおかしくて仕方ない。

ここグリードアイランドは、ハンター専用のゲームとして売り出された。
世界に百本しか存在しないゲームは、発売されて十年経とうというのにクリア者が出ない。
それほどに高難度のゲームであり、一人でクリアはほぼ不可能。
よって様々な派閥や勢力が生まれ、殺気立った状況になっている。
他プレイヤーを殺すことすら、躊躇わない者も出始めた。

最近有名になってきたのは爆弾魔・ボマーだろうか。
プレイヤーが爆死することが増え、その犯人をボマーと呼んでいる。
ここにいる者がいま一番警戒している存在だ。

それが俺であるとも知らずに。

「じゃあ、行ってくる」
「任せた」

いまはせいぜい、優秀な仲間面をしておくさ。
カードを集める手足が多いに越したことはないんだからな。






ニッケスから情報を聞いていた俺は、すぐにその新顔を発見した。
恐らく前情報がなかったとしてもわかっただろう。それほど、印象深い男だ。

黒い髪を無造作に揺らして、どこか気だるげに焦げ茶色の瞳を伏せる。
纏そのものがかなりの精度であり、相当な使い手だと察せられた。
マサドラ都市の入口で溜め息を吐く彼は、面倒臭そうにしている。

「………結局、自力でカードを手に入れないといけないわけだよな」

ゲームに入ってきたばかりなら、フリーポケットのカードはまっさらな状態のはずだ。
初参加ならカードなど所持していないだろうし、再度ゲームに入ったとしても。
一度現実世界に戻ってしまうと、フリーポケットのデートは消滅してしまうためである。

「何か欲しいカードでもあるのか?」

呪文カードは買うとなるとランダムであり、目的のものに辿り着くまでロスがある。
ならば呪文カードを餌に仲間に勧誘するのもありか、と声をかけた。
しかし男はこちらに目を向けることもない。
これほどの距離で、気づいていないはずがないのにだ。

そしてそのまま去っていこうとする背中に、もう一度声をかけた。
ったく、良い性格してやがる。

「いきなり無視とはひどいんじゃないか」
「………」

億劫そうに振り返った男は、表情は何も変わらない。
だがオーラだけが威嚇するかのようにぶわりと凄まじい膨らみを見せた。
これは……牽制だけでこのオーラ量か。なるほど、かなりの場数を踏んでるらしい。

「おっと、警戒しないでくれ。交渉したいと思っただけなんだ」
「……交渉?」
「俺たちはグループでこのゲームをプレイしている。おかげで重複してるカードもかなりの数があってね。もしよければ、そちらのカードと交換させてもらえないかと思っただけだ」

無害さを装うように両手を上げて交渉する。
さっきヤツが所有してるカードを確認したが、指定ポケットに何枚かカードがあった。
俺たちがまだ所有していないものもあり、それと交換できたら儲けもの。
と思ったのだが、男はあっさりと首を横に振った。

「悪いが、断る」
「…そうか、それは残念だ。俺はゲンスルー、何かあれば声をかけてくれ」

焦げ茶の瞳がひどく濁っていく。
下手に刺激すればヤバイと踏んで、俺はいまは引くことにした。
愛想よくしてみても、相変わらず男の返事は素っ気ない。

「………………その機会はないと思う」
「はは、そうか?ああそうそう、最近この世界も物騒だ。気をつけた方がいい」
「…?」
「噂に聞いてないか?ボマーという…」

とりあえず有力なプレイヤーには俺の念をかけておくか。
そうさり気なく伸ばした手に、男は先ほど以上のオーラと共に殺気を放った。

「俺に触るな」

強い口調ではない。
淡々と、抑揚のない声はそのままなのに、妙に大きくはっきりと聞こえた。

それ以上近づけば殺す、と鋭い視線と刺すようなオーラが語っている。
ただ触れることすらも拒むとは、かなり過剰だ。
それとも俺が何か仕掛けようとしていることを察知したのか。
ともかく、深入りすればより警戒させるだけだろうし、下手をすれば無傷で済まない。

いまはまだ、動くときではないな。
そう判断して、俺は去っていく男を追うことはしなかった。

「ゲンスルー、いいのか?」

俺の本来の仲間であるサブとバラが人ごみから現れる。
ふん、お前たちだって気づいてただろうに何言ってやがる。

「…あれは下手に関われば逆に噛みつかれる」
「まあ、ヤバそうなヤツではあったな」
「ああ、どっぷり裏の道に浸かってる感じだったぜ」
「あいつが持ってるカードは惜しいが、焦りは禁物だ。いまは見送ろう」

ここまで入念に準備してきた計画だ、ここで潰してはたまらない。
俺はいまするべきことのために、仮初の仲間たちのもとへと戻ることにした。







やっぱり爆弾付けようとしてたみたいです。

[2011年 11月 3日]