第82話―ツェズゲラ視点

グリードアイランド。
ハンター専用に生み出された特殊なゲーム。そこにいま俺はいる。

大富豪バッテラ氏に雇われ入ったゲームの世界。
とはいっても、恐らくこれは現実世界にあるどこかの島なのだろう。
よくもまあこんな大がかりなものを作り上げたものだ、と呆れ半分感心半分だ。
ここで指定ポケットのカード百種類を集めることが、クリアの条件。

俺たちが雇われプレイを始めたのは割と最近だ。
バッテラ氏直々に声がかかったときは、なぜこんなことに大金をかけるのかと驚いたものだが。
なるほど、かなり奥深いゲームだとプレイを始めて驚いた。

俺が入った時点ですでにゲームは膠着状態に入っており。
それほど経たずしてプレイヤー狩りが行われる緊張状態に陥った。
ランクの上のカードほど、限度枚数が少ない。
よってカードを持っているプレイヤーが増えれば、他のプレイヤーはカード化できなくなる。
クリアした人間がいないのだ、必然的にカード化できるアイテムは減ってしまう。
そのため、カードを所有している者を殺してでも限度枠を空けようとする者が出てきた。

「やれやれ、意外に手こずる」

俺と行動を共にしているケス―、ロドリオット、バギーが苦笑する。
まだ本格的な攻略に乗り込んでいるわけではないが、その前段階で手こずっている。
今回俺たちがバッテラ氏より受けた依頼は、ゲームクリアもあるのだが別にひとつ。
バッテラ氏との契約でゲームに入ったプレイヤーの中で、契約破棄すべき者がいないかどうか選別してほしいとのこと。
そしてさらに新たな契約者の選考会にも審査員として参加してほしいのだそうだ。

確かに、有能な者と契約を結んだ方がクリア達成の確率は上がるだろう。
俺としてはライバルを増やすことになるわけで、あまり面白くはないが。
こちらよりも実力のある者などそう簡単には出てこないだろう、という自負もある。

「…それにしても、アイザックはどうしたんだろうな」
「ああ、そろそろ来てもおかしくないだろうに」
「何かあったか」

ピンポーン

『他のプレイヤーがあなたに対し<交信>を使用しました』

噂すればなんとやら、か。
ケス―たちに片手を上げて合図してから、相手へと呼びかける。

「アイザックか?」

しかし予想に反して聞こえてきた声は違った。

『悪いが、代理の者だ』
「……どういうことだ」

若い男の声のようだが、妙に淡々としている。
それに代理とはどういうことだろうか。
こちらの疑問に答えるように、男は静かな声音で説明を続ける。

『現実世界に戻った彼は重傷で、いまは治療を受けている』
「何?」
『十日以内に戻れるとは思えないと判断された為、彼が持っていた指定カードを預けるため俺に依頼が来た。…自己紹介していなかったな、運び屋のだ』
「運び屋…なるほど」

そういえば新しいゲーム本体が運び込まれる、と聞いていた。
恐らくはそれを届けにやって来た運び屋なのだろう。腕はかなり信頼できると聞いた。

「いまどこにいる?」
『マサドラ。そこが集合地点だと聞いたが』
「ああ、ではそちらに向かおう。待っていてくれ」
『了解』

正確にはマサドラ近くの森の中だったのだが。
この集合地点はアイザックや俺たちでないとわからない場所にある。
こちらから行った方が早いだろう、と同行(アカンパニー)を取り出した。
<アイザック>のプレイヤー名のもとへ飛んでいくと。
着地点に黒髪の青年がいた。壁に寄りかかり、こちらを無表情に見上げている。

印象的なのはその焦げ茶の瞳だ。
冴え冴えと澄み渡っているように見えるが、底知れぬ澱みも感じさせる。
そしてまとうオーラが尋常ではない。静かに抑えられている纏が、不気味だ。

こちらを確認した青年は、すぐさま「ブック」と唱える。
そうして出現したバインダーをどうぞと差し出してきた。
この手際の良さ、もしやゲーム経験者なのだろうか。
バインダーの中身を確認し、きちんとカードが残っていることを確かめる。

「ああ、全てあるようだ。カードを抜かせてもらっても?」
「俺のカードじゃないし、あんたに届けろと依頼を受けたものだ。ご自由に」
「このゲームの経験は?」
「ない。今日来たばかりだ」
「今日!?」

バギーが驚きの声を上げるが当然だろう。
ゲームの経験もなく、たった一日でマサドラまで到達するとは相当の手練れだ。
普通は最初のシソの木周辺で手こずるだろうし、懸賞都市アントキバで情報収集も必要。
さらにはマサドラまでの岩石地帯には多くのモンスターが出るというのに。

呪文カードの攻撃を受けた様子もない。
これでゲーム未経験者とは信じられん。よくこんな人材と契約できたものだ。

「報酬はどうなっている?」
「これとは別件でバッテラ氏のもとに来たんだが、その依頼料はもらってる。今回の依頼料はツェズゲラとの交渉に任せると、バッテラ氏が」

なるほど、まだ正式な契約は結んでいないというわけか。

「…そうか。とりあえず、いま君が所有している指輪はそのまま預けよう」
「………何だって?」
「重傷ということはすぐにゲーム復帰は無理だろう。その間空きができるのは避けたい」

これほどの力を持つ者にならプレイする権利を譲渡しても問題はないだろう。
そう判断して説明すればという青年は怪訝な表情を浮かべた。

「………けど俺、プレイするための契約をバッテラ氏と交わしてない」
「運び屋としての契約があるんだろう?その延長と思ってくれ」

それでも納得いかない、という表情だ。
確かにゲームの権利を与えられたところで、もともとグリードアイランドに興味がない者であれば価値あるものとはいかない。だが、このゲームの利点や旨みを、この男ならすでに理解しているはずだ。

「あとは重複しているカードの中から、何枚か好きなものを持っていくといい」
「……随分と大盤振る舞いだな」
「それだけの価値が、君にあると思ったまでのこと」

そうしてバインダーからいま譲れるカードを取り出すと。
少し迷う素振りを見せてから、彼は意外なものを抜き取った。







と顔を合わせてからしばらくして、俺は一度現実世界に戻った。
契約破棄に該当しそうな者のリストをまとめ、それをバッテラ氏に確認してもらうためだ。
かなりの数がゲームプレイを断念することになるだろうが、また新たな挑戦者を探せばいい。
幻のゲームと呼ばれているグリードアイランド。それに魅入られる者は多いのだから。

そして先日ゲームに入った運び屋の青年についても指示を仰いだ。
完全に俺と同じ、管理する側での契約となりそうだ。まあ、あの男にはそれだけの実力がある。

再びゲームに入り、シソの木の傍で待っていたロドリオットと共に安全な場所へ飛ぶ。
バッテラ氏との打ち合わせ内容を説明し、これから俺たちがすべきことも確認。
それが終わってから、どこかで待機しているであろうに連絡をとった。
特に驚いた様子もなく、いつも通り淡々とした彼の声がバインダーから響いてくる。

「バッテラ氏と打ち合わせが済んだ。それで、お前に正式に仕事を依頼したい」
『……報酬は?』
「先日譲ったカード…といいたいところだが、別に出すそうだ。前払いで一千万ジェニー」

それなりの額ではあるが、は沈黙。
これは驚きからくるものではなく、恐らくは当然の報酬と思っているのだろう。
いやむしろ彼の実力から考えれば、少し少ないかもしれない。

「そのまま契約するに値すると判断された場合は、一回につきさらに一千万ジェニー」

そう、この上乗せがあるために前払いの額は抑え目になっているのだ。
考えるような間を置いて、は慎重に問いかけてくる。

『具体的な仕事内容を聞いていないが』
「それは直接説明しよう。磁力(マグネティックフォース)は持っていたな」
『…あぁ、俺がそちらに飛べばいいのか』
「よろしく頼む」
『………食事を済ませてからで構わないか』

急ぐ素振りもなく自分のペースを貫く。
それは相手に引き込まれず自分に有利に事を運ぶために必要な態度だ。
これほど有能な運び屋に出会えたのは久しぶり。
妙におかしくなって笑いながら、こちらも食事を済ませておくと応じた。

この男となら、良い仕事ができそうだ。






「それでは今回の依頼についてだが」

近いうちにプレイヤーの選考会が行われること。
その選考会とは別に、新たにできた穴を埋めるための選考会もやることを伝える。

「…新たにできた枠ってのは?」
「お前も知る通り、このゲームは簡単に死ぬ。そうなればメモリーカードに空きができるだろう」
「……あぁ、なるほど」
「その場合は別に問題はない。新しく人員を募ればいいだけのこと」
「?じゃあ…」
「今回は、プレイする意欲を失った者を探して契約を破棄するのが目的だ」
「契約を破棄…」

生半可な気持ちで臨んだ者は、そのままゲームから出ることすらできなくなる。
そして最終的にはグリードアイランドに定住してしまうプレイヤーも出ているほどだ。
つまりはゲームクリアを諦めているということ。

「バッテラ氏の契約は、グリードアイランドをクリアすることが大前提。すでにそれを諦めているものに渡すメモリーカードなどない」
「…確かに」
「いまプレイしている者たちのリストはここにある。現在プレイ中断を希望している者の目星もついているから、お前にはそいつらを回収して港まで誘導してほしい」
「ゲームの外に出してやるってことか」
「あぁ。いま所有しているカードを俺たちに譲るのが条件だがな」

納得したように頷いたに名簿を渡す。
じっとそれに視線を落とす青年の肩で、小さなドラゴンが鼻息を荒くさせた。

「クプ、クプー」
「…随分と懐いているな」
「賢いよ、こいつ」

よしよし、と人差し指で眉間のあたりを撫でてやるは手馴れた様子。
彼の肩にいるのは指定ポケットのカード、手乗りドラゴンだ。
カードを集めるでもなく使用してしまうところは、やはり大胆というか。
平然と飼いならしている姿に呆れるやら感心するやら、だ。

「…動物が好きなのか」
「人間といるよりは楽。緊張せずに済む」

確かに、動物には裏はないからな。
人間と過ごそうと思うと、どうしたって様々な思惑が絡んでくる。
この男が足を突っ込んでいる世界では特に。

「では、契約成立で構わないかな」
「…わかった。一回につき一千万って言ったな」
「あぁ」
「…つまり、定期的にこういうサルベージを行うってことか」
「察しがいいな」

様々な事柄の裏を読み取る力を持つからこそ。
この男は信頼に足る運び屋だ、と俺は笑った。




とっても有能に見えているらしいですが、勘違いです。

[2011年 11月 9日]