第83話

「ほ、本当だな…!カードを渡せば現実に帰らせてくれるんだな!」
「…そう言ってるだろう。バッテラ氏からの通達だ」

何度目かわからないこのやり取りに、俺はげんなりと溜め息を吐いた。
いやもーさー、解雇通達を受けるレベルの連中って本当にひどい有様で。
常にびくびくおどおどしてて、ゲームについて知らないで来たら俺もこうだったのかなぁ。
泣きながら喜んでる姿には同情するけど、ならそもそもゲームに参加するなって感じだ。

「いいから、カード寄越せ。そうしたら同行(アカンパニー)を渡す」
「え…」
「この中にツェズゲラの名前がリストにあるヤツはいるか」
「…ど、どうだ?」
「あ、俺はリストにある」
「ならお前がカードを使ってツェズゲラのところへ飛べ。港で通行証を渡してくれる」

今回の契約破棄メンバーが喜びの声を上げる。
いいからさっさと行け、と手をひらひら振れば頷いて飛び去る一行。

無事に帰れるといいなー。何年ここにいたのか知らんけど。

通行証はツェズゲラたちが人数分用意するって言ってたし。
離脱(リーブ)のカードでも現実世界には戻れるんだけど、あれは入手難度がB。
しかも呪文カードというのはランダムでしか手に入らないから、頻繁に使うのも惜しい。
というわけで、基本的に脱落者は通行証で帰ってもらうことになっている。

「クキュア…」
「あぁ、待たせたなチビ」

ずっと肩でおとなしくしていた手乗りドラゴンの頭をぽんと撫でてやる。
そろそろ昼飯の時間だもんなー、こいつの腹時計はなかなかに正確だ。
んー、こっからだと近いのは…恋愛都市アイアイ……はぜってー行かないからな俺。
あんな恋愛フラグまみれの町、悲しくて行けるもんか…!
リストに載ってる人間に接触するために、一度入っちゃったけど!
曲がり角で女の子とぶつかる、とかお約束すぎて泣きたくなった。ドキドキしちゃった俺に。

しかしあの町、いい歳したおっさんだらけで気色悪かったなー。
多分あれプレイヤーだったんだろうけど。ゲーム攻略そっちのけで何してたんだか。
アイアイがある方向を睨んでいた俺はげんなり溜め息を吐いた。
現実だろうとハンター世界だろうと、逃避のためにゲームをする輩はいるもんだ。

あ、いや、ゲーマーを否定する気は全然ないんだけどさ。
でもグリードアイランドにわざわざ来てまでやることじゃないと思う。
……ミルキなら喜んでやるかもしれないけど。

「…時間の無駄だし、行くか」
「クア!」

疑似恋愛の都市について考えたところで虚しくなるだけだ、俺が。
再来(リターン)でも使って隠れ家のある町に飛ぶかなー。
っていうか、回収した脱落者のカードがけっこうな枚数になってんですけど。
指定カードでもない限りは自由に消費して構わない、ってツェズゲラには言われてる。
ランクの高いカードは一応使わないようにしとくつもりだけど。
この防壁(ディフェンシブウォール)とか、入手難度Gだもんなぁ。しかも重複しすぎ。

試しに使ってみよう。えいっ。

「<防壁>使用(ディフェンシブウォールオン)!」

カードが光ったかと思うと、俺を包むように一瞬透明な壁が広がるのが見えた。

「何ぃ!?」

そんでもって変な声が聞こえた。
同時に光弾が俺を覆う壁にぶつかり、ガラスが割れるようにして防壁が砕け散る。
え、何いまの、え?

恐る恐る振り返れば、めちゃくちゃ怖い形相で俺を見てる男。
バインダーを開いてるところ見ると、どうやら呪文カードを使ったところらしい。
もしやあれか、俺に対して攻撃してきたのか。
たまたま俺が防御カード使ったからそれが無効になったのか、危ねえぇぇぇぇ!!

「…何のつもりだ」

うわ、動揺したら声かすれた…!これじゃ怯えてんの丸わかりじゃん!!
ほらー、むこうなんか顔歪んでるよ、絶対あれ俺を馬鹿にしてる顔だって…!
まだゲーム初心者の俺が勝てるわけな………あー…でも念使えばなんとかなるか?

「お前、なかなか良いカード持ってるみたいじゃねぇか。奪わせてもらうぜ」
「クププププー!!」
「チビ、いいからお前はここに入ってろ」

コートのポケットを叩くと、クプッ!と不機嫌そうに鼻息を荒くしてチビはもぞもぞ入っていく。
うん、賢い賢い。あとでおいしいもん食べさせてやるからなー。

「余裕でいられるのもいまのうちだぜ。こっちはお前が何のカードを持ってるか分かってんだ。<強奪>使用(ロブオン)アイザックを攻げ…」
「遅い」

グリードアイランドにずっといるプレイヤーなんだろう。
カードでの戦いに慣れすぎて、逆に念を使っての普通の戦闘を忘れてしまっている。
瞬きの間に俺は男の目の前に立ち、その口を塞いだ。あ、もちろん鼻は押さえてないぞ。
声が出せないなら詠唱もできない。これで呪文カードは使えない。

そういえば俺のプレイヤー名、アイザックさんのままなんだよな。
ツェズゲラは好きに変更していいって言ってたけど、なんか悪い気もして。
アイザックってひとが復帰してきたらそのまま使ってもらうのがいいだろうし。
というわけで、アイザックと呼ばれても一瞬気づかない。
今回は一騎打ちみたいな状態だったからわかったけど、危ない危ない。
こうやって攻撃受けることを考えたらって変更した方がいいかなーでもなー。

と考えこんでいると、口を塞いだままの男がこっちを凄まじい顔で睨んでいることに気づいた。
こわっ!!目が血走っててめっちゃこわ!!人殺せそうなんですけどちょっと!?
これは早々にさよならした方がよさそうだ。
怖くて震えそうになる手をぐっと堪える。これ以上馬鹿にされたくない。

「…俺がここを離れるまで動くな」

頼むから見逃して…!
目は口ほどにものを言う、というのを信じて視線で訴えてみる。
不承不承頷いてくれる男性にほっとして、俺は手を離してすぐさま再来(リターン)を使った。
ツェズゲラのいる港まで行こう、そうしよう。合流できたら安心だ。







港に到着すると、ちょうどツェズゲラが宿から出てきたところで。
俺を見つけると近づいてきてくれた。

「第二陣は無事に帰ったぞ」
「…そうか。これでリストの三分の一が埋まったかな」
「あぁ」
「回収したカードも渡したい」
「なら俺たちの部屋に上がるといい」

そう言ってツェズゲラは出てきた宿に入っていく。
あれ、用事か何かあって外に出たんじゃないんだろうか。いいのかな。
二階へと上がり部屋に入らせてもらうと、ケス―がいた。
手にしていたレーダーを消して、お疲れさんと笑ってくれる。
ツェズゲラ組の割と背の高い好青年だ。俺みたいなのにも気さくに接してくれる。

「クプー」
「…あぁ、ずっと中にいたままだったな。悪い」
「お、本当に飼ってるのか手乗りドラゴン」
「クププ」
「カードの説明にあった通り、賢いよ。あ、申し訳ないんだけど」

くるりと振り返ると、ツェズゲラが目を瞬いた。
確かこの宿、一階はレストランになってたよな?

「昼飯まだなんだ。こいつの分を用意したいんだが」
「なら部屋に運ばせよう。俺たちもまだだったからな」
「俺が頼んでくる。はまだ打ち合わせがあるんだろ?」

なんでもいいよな、と腰を上げるケス―に俺とツェズゲラが頷いた。
クプー!と食い意地の張ってるチビはポケットから飛び出す。
そのまま部屋を出ようとしているケス―の肩に飛びついた。
目を丸くしてるケス―に、自分でメニューを選びたいらしいと俺は申し訳なくなりながら説明。
それでも了解と笑ってくれる彼はなんていいひとなんだろうか。

ツェズゲラと二人きりになり、とりあえず回収したカードを渡す。
今回は指定カードも二枚ほど入手することができた。

「ほう、スケルトンメガネか。これを入手できたのなら他にもやりようはあっただろうに」
「本当に幸運で手に入れたものらしい。実力が伴わないものだから、有効活用できなかったと自分で言ってた」
「ふん」
「呪文カードもかなりの枚数あったんだが、あまりに重複してるのは換金したんだが」
「あぁ、構わない。高ランクの呪文カードはあったか?」
「擬態(トランスフォーム)ぐらいか。あとはせいぜいDランク辺りだ」
「ほう、Aランクのカードとは」
「もったいなくて使えなかったそうだ。…まあ、擬態(トランスフォーム)は使いどころが限られるカードでもあるから当然かもしれない」

擬態(トランスフォーム)ってのはカードを別のカードに変えられる効果がある。
これで離脱(リーブ)に変えてしまえば現実世界に帰れただろうに、なんでしなかったんだか。
ランクAのカードを使うのが惜しかったんだろうか。
確かに貴重なものって使うのが躊躇われるけど、帰れるなら帰った方がよかっただろうに。

「そういえば、何者かに攻撃をされなかったか」
「………ついさっき受けてきたばかりだが」

やはりそうか、と頷くツェズゲラ。
え、やはりって何?心当たりあんの?え、俺なんか理由あって襲われたの!?

「俺たちがカードを回収し、それと引き換えに現実にプレイヤーを帰還させていること。それを知る者がちらほらと出ているらしい」
「…そうか」
「回収したそのカードを奪おうと考える者も出てくるわけだ」

あ、なるほど。そうだよな、複数のプレイヤーのカードが俺に集まるわけだから。
ひとりひとりを相手にするより、カードを集めた俺を攻撃する方が…ってちょっと待って!!
それってつまり、俺が集中砲火を受けるってことじゃないのねえ!?

「これからより注意を払う必要があるな」
「………………そうだな」
「皆カレーにしたがよかったか?」

ケス―がトレイを手に戻ってきた。あ、良い香り。
ひとりだけ肉まんをもらってご満悦なチビは、ぱたぱたと小さな翼を広げて俺のもとへ。
両手で受け止めてやると、その状態であむあむと食べはじめる。
お、俺が食べられないじゃんかこれじゃ。ああああ、カレーの匂いが俺を誘惑する…!

「より危険が増すわけだが、特別手当でもほしいか?」

からかうように声をかけてくるツェズゲラ。
えー、ここで欲しいって言ってもどうせ上乗せなしだろー。
すでに契約は結んでるわけだし、なんだかんだ優遇されてる状況だし。

「…ケーキ三つで手を打とう」
「………甘党なのかお前」

甘党の何が悪い。





ケス―というのはドッブルです。どっちが本名か微妙なのですが、ケス―を本名に。
あ、海賊との対決でフリースローしてたひとです。けっこう好き。

[2011年 11月 12日]