第83話―プレイヤー視点

「ほ、本当だな…!カードを渡せば現実に帰らせてくれるんだな!」
「…そう言ってるだろう。バッテラ氏からの通達だ」

アイザックという男と、何人かのプレイヤーが話し込んでいる。
俺はそっとおいしげる葉に隠れながら、木の上でその様子を窺っていた。
誰もこちらには気づいていない。どうやらあの情報はガセではなかったようだ。

ツェズゲラ組が、バッテラと契約を結んだプレイヤーからカードを集めている。
交換条件は現実への帰還。

ゲームから出ることもできなくなった連中からすればそれは渡りに船。
喜んでカードを差し出すだろう。俺が狙っているのは、その回収されたカードだ。
プレイヤーに囲まれている男<アイザック>。あいつがカードの回収を担当している。
念視(サイトビジョン)でヤツのバインダーの中身を確認すれば、あるあるかなりの数だ。
これはかなりおいしい獲物じゃないか、と俺はほくそ笑む。

「いいから、カード寄越せ。そうしたら同行(アカンパニー)を渡す」

本当に現実に帰れるのかと詰め寄る連中に、アイザックは面倒臭そうだ。
こんな連中に付き合ってられるか、といった空気である。

「え…」
「この中にツェズゲラの名前がリストにあるヤツはいるか」
「…ど、どうだ?」
「あ、俺はリストにある」
「ならお前がカードを使ってツェズゲラのところへ飛べ。港で通行証を渡してくれる」

喜びの声を上げたプレイヤーたちは、指示通り同行(アカンパニー)を使って去る。
よし、いまここに残ってるのはアイザックだけ。
あとは隙をついてカードをもらっていくぜ。

「クキュア…」
「あぁ、待たせたなチビ」

肩に乗せた手乗りドラゴンを撫でるあいつに、俺は唇を噛む。
あれは指定ポケットのカード、それもSランクの「手乗りドラゴン」だ。
入手するのも困難な指定カードの中でもランクはS。
しかもそれを指定ポケットに入れるでもなくゲインしているとは、腹立たしい男だ。
つまりはこんなのいつでも入手できるぜ、ってヤツかくそっ。

なら俺がお前からカードを奪っても問題ないよなぁ?
バインダーから呪文カードを取り出そうと手を伸ばす。

そのとき、男の目がじっとこちらを捉えた。

そ、んなことはないだろう。こっちは絶をしてさらには木の上だ。
かなりおいしげっている葉に紛れて姿も見えないはず。
なのにアイザックという男の焦げ茶色の瞳は、俺を見据えているように思えた。
深く濃い色は澱んでいてその底を推し量ることができない。
俺はただ息を詰め、圧迫される感覚に必死に耐えた。鼓動が、呼吸が早まる。

そして睨み据えるように細められた瞳が、不意に逸らされる。
呆れた、といった風情で溜め息を吐いてヤツはこちらに背を向けたじゃないか。

「…時間の無駄だし、行くか」
「クア!」

…俺の気配に気づいてるんだろ?なのに無視しやがった。
気にするレベルでもねえってことか、はは、随分と余裕じゃねえの。
さっさとカードでどこかへ飛ぼうとしてるヤツに、俺はもう躊躇いはなくなった。
まずはこれ掏摸(ピックポケット)を使う。フリーポケットのカードをランダムに奪うものだ。
フリーポケットにもかなりの数あるからな、どれが当たっても儲けもの。

「<掏摸>使用(ピックポケットオン)アイザックを攻撃!」
「<防壁>使用(ディフェンシブウォールオン)!」

俺がカードを使ったと同時。本当に同じタイミングだった。
アイザックが防御呪文のカードを使用し、俺からの攻撃を無効化させる。

「何ぃ!?」

地上へと降りながら俺はただ驚く。
まるで俺からの攻撃が来ることを読んでいたかのようなカードの行使。
おかげで呪文カードを一枚無駄にしちまった。
この野郎、と睨みつければゆっくりと<アイザック>が振り返る。

「…何のつもりだ」

低い地を這うような声と共に、ぶわりと膨れ上がる男のオーラ。
何を映しているのかわからない双眸に、俺は心臓を鷲掴みにされた心地になる。
なんだ、こいつ、ヤバイ。だが一度攻撃をしかけたのに、引き返せるか!

「お前、なかなか良いカード持ってるみたいじゃねぇか。奪わせてもらうぜ」
「クププププー!!」
「チビ、いいからお前はここに入ってろ」

淡々と肩に乗るドラゴンに指示を出す様子は、やっぱり俺を歯牙にもかけていない。
くそ、くそお!!

「余裕でいられるのもいまのうちだぜ。こっちはお前が何のカードを持ってるか分かってんだ。<強奪>使用(ロブオン)アイザックを攻げ…」
「遅い」

そう声が聞こえたときには、男の片手が俺の口を塞いでいた。
………ど、ういうことだ。瞬きをしたわずかの間に、目の前にこの男が、いた。
圧倒的な力量の差。それを見せつけられ、俺は呼吸も忘れる。
いとも簡単に俺を殺せるであろう男は、沈黙したまま。
何かを考えるようにこちらを見つめる姿に、恐怖が背中を這い上がっていく。
どうなるんだ、俺はどんな仕打ちを受けるんだ。

恐怖に硬直していると、男はさらに口を塞ぐ手の力を強めた。
こ、殺される……!!

「…俺がここを離れるまで動くな」

耳に流れ込んだ言葉が、一瞬理解できなかった。
………ここを、離れる?こいつが?
つまりは俺を生かしてくれるということなのだろうか。
それを信じていいのかわからなかったが、俺に残された選択肢は頷くことだけ。
必死に首を動かして頷くと、アイザックの手が離れた。

ようやく呼吸がまともにできる気がして。
けれどまだ緊張は解かずにいると、ヤツはすぐさまバインダーからカードを取り出す。
そしてそのまま、俺には見向きもせずに飛び去っていった。

最初から最後まで、俺のことなんざ気にとめちゃいなかったんだろう。
どうでもいいと思っていたからこそ、俺が生きようが死のうが気にしなかったんだ。

つまりは逆らえばあっさりと殺されてもいたということ。
あんな手合いに関わったのが間違いだったんだ。
幸いカードを奪われもしなかったし、なんとかやり直せる。
あんなのがいるこのゲームからはさっさとおさらばするべきか、と俺は悩んだ。
しかし現実に帰るには通行証か離脱(リーブ)のカードが必要になる。

「…そういえば、協力者を集めてる連中がいたな」
「それは俺たちのことか?」
「!」

油断していたところに声をかけられ慌てて振り返ると、メガネをかけた男。
穏やかな笑みを浮かべた男には見覚えがあり、少し力を抜いた。

「確かあんた…ゲンスルーだったか」
「あぁ。ツェズゲラ組の動向を探りに来たんだが、手遅れだったらしい」
「…見たぜ。かなりヤバイのが絡んでる」
「ヤバイの?」
「黒髪の男だ。プレイヤー名はアイザック」
「アイザック……あぁ、俺も会ったことがある。以前勧誘したが断られた」
「あの手合いは誰かと協力なんてしないだろうよ。ツェズゲラとは取引でもしてんだろうぜ」
「…なるほど。それは厄介だな」
「なあ、俺もあんた達の仲間に加わりたいんだがいいか?」
「もちろんだ。仲間が増えるのは喜ばしい」

最近は妙な連中も多いからな、と肩をすくめるゲンスルーに頷く。
まったくだ、さっきの男といい、爆弾魔といい。どんどん物騒になってきやがるぜ。
ゲンスルー達のアジトまで案内してくれるらしく、俺はその場を後にした。
離脱(リーブ)が手に入ったら、さっさとゲームから出てやろう。
そんなことを考えながら。






別に誰と特定していません。プレイヤーAとかそんな感じのモブです(え)

[2011年 11月 12日]