第85話―キルア視点

「つーわけで、しばらく泊まってくから」
『母さんには連絡したの』
「兄貴から伝えといて。めんどーだから」
『帰ったとき大変だと思うけど。キル禁断症状で離してもらえなくなるよ』
「………。いいから、そっちにはまだ帰らないっつーの!」

思わず怒鳴って携帯を切る。
ったく、いちいちウルセーんだよ兄貴もおふくろも。
あー、マジで家帰りたくね。ホント最近窮屈で仕方ない。
仕事でもないと外出してもらえないしさー、仕事内容はいちいちダメ出しされるし。

手元の携帯にメール着信を報せる音が響いた。
メールを確認してみればからで。
このまま飛行船に乗るから現在地を教えてくれって内容だった。

「マジで来るつもりなんだ、あいつ…」

会いたいとは言ったけど。そんな急に来れるもん?
確かヨークシンの近くにいるって言ってたから、俺がいる場所とは大陸すら違う。
なのに俺の一言のために来てくれる。それがすごく嬉しくて。






が仕事を請け負ってから半年。全く連絡がつかなくなって。
最初は全然気にしてなかった。あいつ携帯をあんまり確認しないから。
でもさすがに何か月も連絡ないと心配になるだろ?んで兄貴に確認してみたんだ。
そうしたら、まだ仕事終了の連絡がないって言われて。
「死んだかもね」とか真顔で言われた。………イルミはいつも真顔だけどさ。

の仕事は運び屋。といっても、裏の世界に関連した運び屋だ。
一般で取扱いできないものを運んだり、危険な場所へと持っていくのが仕事。
だから決して安全な仕事ではなくて。兄貴の仕事に付き合うことも多いらしい。

いつ死んだっておかしくはないんだ。でも、あいつがそう簡単にやられるはずない。
そう思ってはいたけど、連絡がつかないっていうのはかなり不安だった。
死んではいなくても、もしかしたら大怪我でもしてるんじゃないかって。
前にもそんなことあったもんな。クート盗賊団だっけ?そこを潰したときとかさ。

「………明日、か」

飛行船にいるらしいからまたメール。明日には到着するらしい。
俺がいるホテルと部屋番号を教えて、目を閉じた。
電話で声も聴けた。こうしてメールもいまは繋がってる。だから、無事なんだ。

………つか、なんで子供の俺が心配させられてんだよ。
普通は大人の方が子供を心配するもんじゃね?まったく。
あいつといると、なんか振り回されてばっかりで色々と悩んでられなくなる。
こっちはけっこう真面目に悩んだりしてたのにさー。

に会えば、少しは気持ちが落ち着くだろうか。
あいつは昔から俺たちと付き合いがあって、ゾルディックのこともわかってる。
だからいまさら俺が暗殺業をしているところで嫌ったりはしないだろう。
むしろイルミの仕事手伝ってるぐらいだもんな、こっち側の人間だ。

じゃあもし、俺が暗殺業をやりたくないって言ったら?
あいつはどう思うだろう。むしろそれこそ、拒絶されたりしないだろうか。
違う世界の人間だと、切り捨てられてしまわないだろうか。

「………って、こんなこと考えてどうするよ」

家族皆、俺がゾルディックを継ぐべきだと思ってる。その才能があるって。
そりゃ暗殺業は嫌いじゃないよ、向いてるとも思う。でもさ。

決められたレールの上を走るだけってのは、人生無駄にしてる気がしない?






翌日、着いたら電話するってメールがあった。
ここから空港って意外とある。電車使ったとしても何時間かかるか。
そう思ってたんだけど、携帯が用に設定してるメロディを響かせて。
どうやったらそんな速く着けんだ、と恐る恐る扉を開けてみる。

「……?」

マジで、いた。
兄貴とはまた違う、もうちょっと癖というかふわりとしてる黒髪。
焦げ茶色の瞳。あまり変化することのない表情。
記憶の中と全く変わらないが、そこにはいて。

「………はぁー………」
「ちょ、おい!!?」

大きく息をつくと、そのまま俺に圧し掛かってきた。
慌てて受け止めながら大丈夫かよ?と声をかける。

あれ。なんか汗かいてる。息も少し乱れてるっぽい…って、ここまで走ってきたのか?
俺の、ために?こんなにぐったりするほど、急いで来てくれたのか?
な、なんか恥ずかしいけど…嬉しい。ぎゅ、っとの背中に腕を回してしまう。

「悪い…ちょっと疲れた」
「無理して来たんだろ。………ごめん」

こんなに必死に来てくれるなんて思わなかったんだ、ごめん。
素直に謝ると、気にするなって感じで頭を叩くの大きな手。
俺の肩に顎をのせて、耳元でが静かに囁いた。

「謝るな。いくらでも呼んでくれていい」
「けど」
「キルアが呼ぶなら、飛んで来るから。…電話、とれなくてごめん」
「仕事だったんだろ、仕方ねーじゃん」

だから、そんな気にするなよ。来てくれただけでいいんだよ。

部屋に入っていいか、って聞いてくるに頷いて中へ。
どかりとソファに腰を下ろしたあいつは本当にだるそうで。

?」
「……ごめん、キルア。ちょっと…寝かせてくれ」
「え」
「せっかく会えたのに、悪い」

一言断ると、そのまま本当に寝てしまった。

あんまりの寝顔って見たことない。
天空闘技場にいた頃は一緒によく寝てたんだけどさ、大抵はこいつの方が早起きで。
疲れてるからか、顔色はあんまりよくない。なんか掛けとくべき?
いやでも下手に近づいたら起こしそうだよな、気配とかで。

それにしても寝てるとちょっと無防備っていうか、幼くなる。
俺の前じゃ割と気を抜いてるとは思うけど、寝顔ってまた違うんだ。

そんなことを思いながら、が目覚めるまで、俺はずっとその寝顔を眺めていた。





ようやく起きたはとりあえずシャワーに。
その間に俺はルームサービスを頼んだ。
がバスルームから出てくる頃には品物が並んでて、いつでも食べられる状態。

「………けっこう頼んだな」
「えー、これでも足りなくね?つか早く服着ろよ!」
「んー…面倒臭い」
「はああ?」

濡れた髪をタオルでふくはズボンを穿いただけ。
空調しっかりしてるから寒くはないだろうけど、上半身さらして歩くのはやめてほしい。
なんていうかさ、こいつの身体ってどうにも目のやり場に困る。
筋肉はしっかりついてんだけど、兄貴や親父たちと違って妙にほっそりしてるんだ。
骨も細くて、下手に触ったら折れそう。………いや、強いんだけどさこいつ。

昔ひょろいよなーって言ったら、国民性の問題だって渋い顔してたっけ。
遺伝がどーたら、自分の国はこれぐらいが標準なんだとかどーたら。

「元気にしてたか?」
「それはの方だろ。兄貴が死んだかもとか言ってたんだからな」
「イルミ……。ちょっと急に長期の仕事が入って、携帯を使えなかったんだ」
「ふーん」
「怪我とかもしてないし、俺はむしろキルアのが心配」
「俺?」
「電話で声聞いたとき、いつもと違ったから」
「あー…それほど深刻じゃないんだけどさ」

ここまでして来てもらったのに、ちょっと言いづらい。

「進路について?なんか迷ってるっていうか」
「…進路?」
「このまんま家継ぐだけでいーのかなって」

はどう思う?って聞いてみたら、何が?って不思議そうな顔。
俺の将来、ってぽつりと呟けば、決めるのはキルアだって淡々と言われた。
そりゃそうなんだけど、ちょっとそれ冷たくね?
不満を顔に出すと、は少しだけ目を細めた。あ、笑ってる。

「キルアが決めたことなら、俺はなんでも応援するよ」
「………なんだよそれ」
「キルアはキルアだ。ゾルディックだろうとそうでなかろうと、大事な存在だよ」
「…っ…、は、ハズイこと言ってんじゃねーよ!」

俺に関心がないわけじゃなくて、俺がどうしようと受け入れてくれるって意味なんだ。
は俺が暗殺業をしていようと、そこから抜け出そうと否定しない。
そのことがわかって、少しだけ気持ちが軽くなる。

「………はさ」
「ん?」
「何でいまの仕事してんの」

こいつだって、裏社会を好きじゃないのはずっと一緒にいて知ってる。
いつもどこか悲しげな顔で、避けられるなら避けたいって顔をして。

「………生きるため、と……なりゆき?」

でも生きるためには、それしかなくて。
の焦げ茶色の瞳がかすかに揺れて濁っていく。
そんな顔をさせたかったわけじゃなくて、俺は思わず名前を呼んでいた。
けどそれに返事はしないまま、はかすれた声で呟いた。

「…ホント、なんでこの仕事してんだろうな俺」

深い溜め息と、濡れた髪に隠された横顔。
やべ、俺なんか地雷踏んだ?

慌てての隣に移動して声をかける。
なに暗くなってんだよ、といつも通りの調子で顔を覗き込む。
すると前髪の間から覗く焦げ茶の瞳が、じっと俺の方を見たのがわかった。
途端に俺は縛られたように動けなくなる。

「キルア」
「なに…って、おい!?ちょ!!」

の腕が伸びてきたかと思うと、そのまま抱き寄せられた。
耳の間近で声がする。

「しばらく抱き枕になっててくれ」
「はあああ!?おま、今日おかしいぞ!!」
「慰められたい気分なんだ」

淡々とした声のままだったけど、滲む暗い響き。
ばたりと仰向けに広いソファに倒れこむの上に俺はのっかる形だ。

だからおい、服着ろって。素肌の上に寝るのすげー落ち着かないんだけど。

けど、俺を抱きしめる腕の力は強くて。しばらく離してくれる様子もない。
これは諦めて、好きなようにさせておくしかないんだろうか。

………ホントこいつって、俺のこと振り回すの好きだよな。





進路相談どころではなくなりました。

[2011年 11月 19日]