第88話―フィンクス視点

団長からこのホテルに集まるようメールがあったとき、正直気は乗らなかった。
ホテルのバーってなると、それなりに堅苦しいだろ。
うまい酒が飲めるのはいいが、いちいち周りを気にすんのは面倒臭ぇ。
どうせなら年末にやった吐くまで飲んで、鬱憤晴らすために暴れてってのがいいよな。

「とか言いながら参加してんじゃねえか」
「うるせ。それはお前もだろノブナガ」
「ま、久々に団長の顔を見るのもいいかと思っただけだ」
「同じようなもんだ」

新しい一年を迎えたところで何があるわけでもないが。
そういえば久しくメンバーの顔を見ていなかった、と気づいたのだ。
ちょこちょこ個別に仕事が舞い込んだりはしていたが、全員揃っての旅団の活動はない。
気に食わない新入りも来たが、あいつは今日の招集に顔を出すんだろうか。
強制参加というわけじゃねえし、不参加かもな。
つーかあのピエロ野郎、一度も呼び出しに応じたことないんじゃないか?

軽く食事を済ませてスーツに着替え目的地に向かう。
ひと目見て高級とわかるそこにはすでに団長もいて、団員ではない男もいた。

「なんだ?珍しい顔がいるじゃねえか」
つったか…シャルも本当にそいつ気に入ってるな」

シャルのオトモダチだという運び屋の男。
こっちを独特な焦げ茶の瞳で射抜いたものの、そのまま視線を落としてグラスに口をつける。
相変わらず淡々とした野郎だ。こいつとシャルの接点がよくわからん。

団長やシャル、パクとも短くやり取りしてあとは各自ばらばらに過ごす。
まあ、酒は悪くないな。しっかしやっぱり堅苦しいぜ。
これは外で飲み直すか。もしくはどっかから盗ってアジトで飲むのもいいな。
ある程度飲んで満足した俺はバーを出るため踵を返した。
出入り口を抜けようとしたとき、やたら幅のある男と肩がぶつかる。ってぇな、よく見ろボケ。
俺の機嫌が悪かったらその腕もいでんぞ。

「おいてめえ、スーツが汚れたじゃねえかよ」
「あぁ?もともと大したもんじゃねえだろ、気にすんな」

俺を見下ろす男は命知らずにも声をかけてきた。
見逃してやるってのに馬鹿なヤツだな。そんなに死にたいのか。
汚れて困るもんなら外で着るんじゃねーよ、ずっとしまっとけ。

「なんだとぉ?おいおい、なめた口利いてくれるじゃねぇか」
「ちょっと、こんなとこでやめてよ」
「うっせえ、お前は黙ってろ!」
「きゃっ」

腕に覚えがあるのか知らねぇが、随分と息巻いてる。
自分が連れてた女を突き飛ばして、俺に手を伸ばしてきた。
ちらりと団長に目を向けると、興味がない様子で。シャルたちも酒を飲み続けてる。
止めねえってことは、暴れてもOKっつーことだよな。よっしゃ。

のろい男の腕をつかんでそのまま投げ飛ばす。
っと、やべ、カウンターの方にいっちまったか。酒がもったいねえな。
他の客や店員が悲鳴を上げて逃げてく。あー、うるせぇうるせぇ。

ネクタイを緩めて待ってると、男は性懲りもなく起き上がってきた。
よしよしそうこなくちゃ面白くねーよなぁ。
やっぱ祭りってのはこうでなくちゃ面白くねぇだろ。
やたらと鼻息荒く血走った眼で俺を睨んだ男は、雄叫びを上げて殴りかかってきた。
イノシシみたいに一直線だな、それじゃ隙だらけだっての。
一発で殴り殺してやってもいいが、もう少し遊んでやるのもいい。さて、どうしたもんか。

男が大きく振りかぶった拳をとりあえず受け止めようと構え、カウンター用に拳も握る。
拳が俺の顔面に迫るとほぼ同時に、俺も男の鼻っ柱向けて拳を唸らせた。
鼻の骨と歯を粉々にするぐらいの力をこめた拳は、しかし男には届かない。

「………おい、どういうつもりだテメェ」

そして男からの攻撃も、俺には届かなかった。
俺と男の間に一瞬のうちに割り込んだ黒い影。それは黒い髪だと気づいて顔を顰める。
無造作に俺と男両方の拳をつかんだのは、だ。
いくら俺がろくに拳に念をこめていなかったとはいえ、こうもあっさりと。

そういや、こいつの実力をまだはっきり見たことはなかったな。
相当なもんなんだろうとは思っていたが。

「…うるさい。暴れるなら俺の目の届かない場所でやれ」
「あぁ?仕掛けてきたのはあっちだろーが」
「油を注いだのはお前だ」
「おお、言ってくれるな」

ビキリ、と青筋が浮かぶ。
自分で言うのもなんだが俺は気が長い方じゃねぇ。
酒が入ってるせいもあって、いつも以上に抑制は利かないし利かせるつもりもない。
そっちが喧嘩売るってんなら買うぜ。
俺が殺気を膨らませても、の表情は変わらない。
むしろ俺から視線を外して、襲いかかろうとしていた男の方を見た。

「いい加減諦めろ、死にたいのか」
「なんだと!?俺がこんな青二才にやられるとでもいいたいのか!」
「事実だ。死にたくないなら消えろ、いますぐ」
「貴様…!!」
「………黙れ耳障りだ」

煩わしい、という表情でがつかんだままの男の拳をぐるりと回した。
それに振り回される形で男の巨体が地響きに近い音を立てて床に転がる。
一瞬で転がされた事実に男が目を白黒させているが、その腹の上にの足がのせられる。
見下ろす不思議な色合いの瞳は何を考えているのか読めず、男は顔を青ざめさせた。
いまになって怯えるってどんだけだよ、と俺はもう呆れる。

「これが最後だ。そこの女を連れてさっさと消えろ」
「…っ…わ、わかった…!!」

頷いたのを確認しては足を離すと、あとは興味を失ったらしい。
そのままバーを去って行こうと歩き出す。

「おい、待てよ」

呼びとめると、不機嫌続行中といった顔で振り返る

「俺が売られた喧嘩だぜ。割って入るのは無粋じゃねーのか」
「…この場所で暴れる方がマナー違反だろ」
「んなこたどうでもいい。俺は気が済んでねえんだ、責任とってくれよ」
「………………」

せっかく暴れられそうだったのによ、どうしてくれんだよ。
お前が相手してくれんだろ?と笑えば、じっと俺を見つめる焦げ茶の瞳。
今日はいつも以上に濁った色合いで、向かい合うオーラもざわつき揺らめいてやがる。
やる気、ってことだろ?お前も。

「広い場所がいいな、付き合え」
「………わかった」

淡々とした声は了承。俺は知らず笑う。
「ちょっとフィンクス!」とシャルの声がうるせーが気にすることはない。

ようやくこの男の本気が見られるかと思うと、血が騒いでしょうがなかった。




はい、そうです、大トラ化してます。

[2011年 11月 27日]