第89話

痛い。

頭、痛い。

なんかもう、ぼーっとする。

ごちゃごちゃ騒がれたような気もするけど、よく覚えてない。

身体が火照ってきたし、外の風を受けたくて。

足は正直にホテルの外に出て、近くの公園に向かっていた。
このホテルに来るまでに通った場所だ、とぼんやり思い出す。

「ここならよさそうだな」

この声、フィンクスだっけ?頭が、ぐらぐらして判断ができない。
やべ、痛い。吐きそうな気もして、ちょっと下を向く。

「行かせてもらうぜ!」

何かが一瞬で近づく気配と、耳元で唸る風。
ふらついてバランスを保てない俺の頬の横をそれは薙いだ。
……あ、ダメだもう吐く。何かつかまってないと立てない。

何かないかと手を伸ばして、すぐ傍にあった誰かの腕をつかむ。
逞しい腕だ。そう頭が感じるものの、足がもつれて俺の重心は後ろに傾いた。

「おおっと!」

俺が吐きそうなのを察知したのか、腕を振り払われてしまう。
あー気持ち悪い、頭痛い、熱い、だるい、眠い。
もうこのまま地べたでもいいから寝転がりたい。
ふらふら、と後退したら目の前の石畳が爆発したかのように飛び散った。
手足やら顔やらを破片がかすめる。けど、感覚がない。

……でも、ちょっとじんじんする?
頬をぬぐってみると、どろりと赤い血。う、また眩暈が。

「おらおらぁ!かかってこいって!!」
「………うるさい」

ほんと、うるさい。
もう寝たいんだよ、俺は。気持ち悪いし。
これ以上煩わせるのはやめてほしい。さっさと解放してくれ。
目の前の騒音を、どうにかして黙らせたくて。

この騒音、なんだっけ。なんかに似てる。
ずっと耳元でうるさく響いてるような………あーそうそう。うん。

目覚まし時計だ。

俺あんま寝起きよくないから、いつも目覚まし時計いくつもかけててさ。
時間ずらしてそれぞれかけてて、止めるのが学生時代の日常だった。
よし、止めよう。もう学校なんてないし、仕事も入ってないし。
目覚まし時計をかけておく必要なんてない。

「…そうそう、そうこなくっちゃな。本気でいくぜ」
「………」

なんか、やたらでかいけど。俺あんな目覚まし時計買ったっけ?
まあいいや。

一瞬で俺の前に迫ってくる時計。
あれー、最近の時計って動くのか?じーちゃんそんなの買ったんだっけ。
外国のお土産かなぁ。んー……どうでもいいや。

「黙れ」

スイッチどこかわかんないけど、とりあえず脳天めがけてチョップ。
あ、避けられた。ちょっとかすったのに惜しい。
…すごいな最近の時計って避けるのか。寝起き悪いひと多いんだなー。
けど俺は寝たいんだ、いますぐ。だから電池抜いてでも止めるぞ。

止まれ、うるさい、さっさと静かになれ。

俺がそう念じたと同時に、時計が動きを止めた。
よーし、チャンス!

「ぐおっ!!」

脳天はスイッチじゃないらしいから、とりあえず胴体をどついてみる。
時計が吹っ飛んでいき、木々が倒れた。あー、壊れたかなぁ。

「………ペッ。いまのは効いたぜ」

ん、起きてきた。随分頑丈だ。
さっきよりも強く叩かないと止まらないのか?仕方ない。

「ストップ、ストーップ!!二人ともいい加減にしろよ!!」
「うっせえ、邪魔すんなシャル」
「邪魔してんのはどっちだよ。せっかくバーで楽しんでたのに滅茶苦茶にしてさ」

ぎゃいぎゃいと騒音が増える。
でもまあ、俺に対して音がしてるわけじゃないみたいだ。
うー、もう立ってんの限界。座っていい?寝転がっていい?
つーかむしろ、吐いていい?

、大丈夫かい?」

割と近くで高い声が聞こえる。
淡々としてるけど労わるような気配のする声は心地よくて。
ゆっくりと顔を上げると、美少女。視界がぼんやりしてるけど、それはわかる。

「………マチ」
「こんなとこで何暴れてんのさ」
「……眠くて」
「は?」
「このまま、寝かせてくれ」
「ちょ、ちょっとあんた!」

立ってられなくて倒れそうな身体を受け止めてくれる温もり。
やばい、柔らかい、なんか安心する、もう寝たい。
なんか背中ばしばし叩かれてるけど、それも睡眠を誘うようにしか思えない。
布団を抱き寄せるように腕を回すと、なんかちょっと温もりが強張った。
うーん…?これじゃ寝心地よくないぞ。

「……力、抜いて」
「…っ…」
「ちょ、!?マチと何してんの!?」
「イチャついてんじゃねえよてめえら!!」

目覚ましがうるさいけど、聞こえない聞こえない。

「このまま…」
「あ、あんたとどうこうするつもりはないから…!」

あー……布団が逃げた。
せっかく眠れそうだったのに。残念。

「シャル」
「な、何」
「眠い」
「は、え」
「部屋、帰るぞ

熱さはちょっと落ち着いたから、もう寝よう。
布団もなしに外は寒いし、部屋に行こう部屋に。

帰って、寝る。

俺の思考にはもうそれしかなくて。
なんかごちゃごちゃ後ろから声が聞こえたような気もしたけど。
全部それはスルーすることにした。





酔っぱらってる上に寝ぼけてるんで、思考が滅茶苦茶なことに。

[2011年 11月 30日]