第90話―パクノダ視点

バーでの騒ぎは私もクロロも無関係という顔をして。
ある程度飲んで満足してから、部屋へとそれぞれ向かうことにした。
乱闘騒ぎのおかげで支払をせずにすんだのはラッキーだったわね。フィンクスに感謝かしら。
クロロは読みかけの本があるとかで部屋に戻っていく。
私はこれからどうしようかしら、とふかふかの絨毯の上を歩いていると。

「あぁ、よかった。ようやくまともなヤツと会えた」
「マチ。仕事、お疲れ様」

仕事が終わってから合流する予定だったマチがエレベーターから現れる。
心なしか疲れ切った顔をしていて、そんなに面倒な仕事だったのかしら?と不思議に思う。
とりあえず私の部屋へ案内することにして、そこでゆっくりしよう。

まず部屋に入ったマチはシャワー借りるよとバスルームへ。
その間に私はルームサービスで茶菓子を頼む。
マチが上がってくる頃にはそれらが机に品よく並べられている状態。
長椅子に腰を下ろし、濡れた髪をふきながらマチはいつも以上に仏頂面。
どちらかというと表情の変化が少ないのがマチだけど、今日はいつになく眉間の皺。

「マチ、何かあった?」
「………別に」
「そ?ならいいけど。ほら、疲れたときは甘いものがいいわ」
「…あぁ」
「マチはお団子とかの方がよかったかしら?に頼んで持ってきてもらう?」
「いい!あいつの名前はいま出さないで」

珍しく焦ったような声。
思わずじっとマチを見つめると、居心地が悪そうに彼女は視線を逸らした。

「………と、何かあった?」
「別に。性質の悪い悪戯だろ。ああいうところはヒソカと同レベルだね」
「ヒソカと同列にされるだなんて、よっぽどね」
「悪いけどいまはあいつらの話題出さないで。疲れた」
「ふふ、じゃあ女同士でお茶会でも楽しみましょうか」






ようやく落ち着いたらしいマチはひと眠りして、翌朝にはホテルを出てしまった。
団長には一応顔を出したらしいけれど、そんなにと顔を合わせづらかったのかしら。
朝食をとるためにレストランに向かうと、窓際の席で新聞を広げるクロロを見つけた。

「お邪魔していい?」
「パクか。おはよう」
「おはよう。モーニングコーヒー?」
「いや、今日はココアの気分だな」
「あら、そう」

しばらくするとシャルもやって来て、欠伸を噛み殺しながら席に着く。
随分と眠そうね?と声をかければ、あまり眠れなかったとぼんやりした声。

「フィンクスは割とすぐおとなしくなったんだけどさー」
「そういえばフィンクスは?」
「もうホテル出たぜ」
「あらノブナガ。おはよう」

いまホテルに残っている旅団メンバーが勢ぞろい。
バーにいたときとは違って今日は髪をきっちりと結い上げ、ノブナガは目覚めすっきりの様子。
和食が頼めるか確認して注文を終えた彼は、早速シャルに声をかけた。

「フィンクスをあそこまで疲れさせるたぁ、の本気ってのはヤバそうだな?」
「あれは戦って疲れたわけじゃないと思うよ…。俺もなんか妙に疲れた」
「何があったんだ?そういえばロビーで会ったときにフィンクスが妙なこと言ってたが」

新聞を閉じたクロロはようやく食事に手をつける。
皆が集まるのを待っていたのかもしれない。単独行動が好きな団長だが、寂しがりな面もある。
というより気まぐれなのかしら。ふらっとひとりで出かけて、でも皆のところにも顔を出して。
そう、黒猫みたいな感じよね。そう考えるとなんだか可愛いかもしれない。

も猫っぽいところがあるけど、あれは完全に野生の猫。
ひとに懐かないし近づいてこない。ひとからの食べ物は受け取らない。

「…シャルやマチも猫っぽいわよね」
「何の話?」

そういえばシズクが、クロロやシャルに猫耳つけてみたいって言ってたっけ。
今度皆で集まる機会があったら、そういうお遊びをしてみるのもいいかも。






シャルが一度部屋に戻ってを呼んでくる。
姿を見せた青年はいつも通り淡々とした表情で、昨日のバーの後始末について尋ねてきた。
最初に喧嘩をふっかけてきたのはあの厳つい男。
だからもろもろの弁償はその男に負担してもらうことになった。
まあ、シャルがそうさせたわけだけど。彼のアンテナで。

「…あれだけやられた上に金も巻き上げられたのか、不憫だな」
「いやお前が言うことじゃねぇだろ」

思い切りフィンクスと同じぐらい暴れていたに、ノブナガは少し呆れた顔。
けれどはそう言われる意味がわからない、といった表情で。
思わず私は笑みをこぼしてしまった。

「そうね、昨日のは随分と大胆でびっくりしたわ」
「そうだな、なかなか面白い見世物だった」
「クロロもパクも面白がるだけでさー、こっちの身にもなってくれよ」
「もっと面白いもんが見れたんだろ?あのフィンクスがげっそりして帰ってきたぜ」
「面白いっていうか…」
「せっかく来たのに、マチったら朝一で出ていっちゃったのよ。赤い顔して」
「ほう、あのマチが」
「……ま、あんなことがあったんじゃ無理ないと思うけど。マチも女だったんだな」
「シャル、それはマチに失礼じゃない?」
「ある意味で一番たくましいからついね」

自分に絡む話題を出されているのに、彼は淡々と運ばれてきた食事に手をつけている。
恐らくはマチはに何かしらのアプローチをされたんでしょう、あの反応からすると。
彼女のことだから思い切り断ったのだろうに、彼はそのことを全く気にしていないらしい。
本当にただの挨拶のようなものだったのか、別に振られても気にしていないのか。
どちらにしろ、女性に関して強い関心のあるタイプではないらしい。

「んで?お前はマチに何したんだ
「何というか…」
「あー、だめだめ。自分のやらかしたことに自覚がないらしいから」
「意外にも天然か。なるほど」

天然ではないけど、クロロも似たタイプよね。
気まぐれに興味の出たものに手を出して、飽きれば捨ててしまう。
クロロが唯一捨てないものは、蜘蛛という存在だけ。

「フィンクスがお前に伝言を託していったぞ」
「…?フィンクスももう出たのか」
「あぁ、鬱憤を晴らしてくると言ってたな」
「で?伝言って何。わざわざクロロに残すなんてさ」
「大したことじゃない。『爆発しろ』だと」

それをクロロに伝える様子を想像して、笑いをこらえるのにもう必死。
フィンクスはあれで繊細なところがあるから、昨日は色々とショックだったんでしょう。
いまになって、私もその場にいたかったなんて思う。
笑いごとじゃないんだけど…とシャルが溜め息を吐く。
彼にこんな顔をさせられるのもすごいこと。見ていて、楽しい。

「んで、だ。なぁさんよ」
「………何だ改まって」
「フィンクスが喧嘩売るぐらいだ、やれるんだろ?俺ともこれから」
「断る」

フィンクスほど表立ってはいないけれど、ノブナガも戦うことが好き。
だから話題を振るとの反応はそっけない。けれどクロロも関心を持っているらしい。

「そういえば、昨日は珍しく少し念を使ったらしいじゃないか。俺にも見せてくれ」
「あ、俺も見たい。昨日のあれ、どんな能力なわけ?」
「………見せろと言われても」
「ふふ、人気者は辛いわね」

が少し不満げな顔で私に視線を向けてくる。頑張ってちょうだい、としか言えない。
男連中は本当にこういうことが好きだから、自由にさせておくしかない。
マチがここにいたら、また始まった…と冷めたコメントをくれるに違いないほど。

「あれ?そういえば傷がすっかり消えてるけど」
「あぁ…あれぐらいなら、まあ」
「治り早くない?大した大きさの傷じゃないにしても」
「なんだ?じゃあお前も強化系か」
「性格的にはそんな感じはしないが…」

の念能力については謎のまま。
それは当然。他人に自分の能力を明かすことなんて普通はしない。
信頼できる仲間であるならともかく。自分の手の内を教えては命取りだ。

シャルですら知らないらしい、彼の念能力。
あんなに仲が良いのに、それでも秘密のままだなんて。

私たち以上に、の警戒心というのは強いのかもしれない。






ある意味警戒心の塊ですがそれはチキンだからという理由でしてですね。

[2011年 12月 5日]