すんなり会えてしまいました。
[2011年 12月 24日]
お金のないひとなど困っているひとたちを無償で診察する医者、シャンキー。
代わりにお金のある患者からは遠慮なく莫大な医療費をとるのだが、悪い人間ではない。
やる気があるんだかないんだかわからない姿と態度。
でもその腕はかなり良いことを俺は知ってる。何しろ、命の恩人だ。
ジンと初めて出会った事件。クート盗賊団のアジトへと飛び込んだあの日。
毒を受けて死にかけた俺を助けてくれたのは、そのシャンキーだった。
あの騒動のときに知り合ったのが、いま俺の隣を歩くアンという女のひとで。
盗賊団に捕まっていてひどい目に遭ったのに、いまはこの病院で元気に働いている。
前よりもさらに明るくなったみたいで、笑顔が眩しい。
「お久しぶりです、怪我はされてませんか?」
「平気。ちょっとシャンキーに用があって」
真っ先に怪我を心配される俺っていったい…。
あ、でも病院に来たんならどっか怪我したのかと思うかもしれないな。
病気はしないタイプと思われてんのかなー、実際そうなんだけどさ。
俺が元気だとわかるとほっとした顔で、中へどうぞと案内してくれる。
仕事の邪魔したかなと思ったけど、することがなくて掃除をしてたんだとか。
箒を片付けて、それから建物の中へ入る。うん、患者誰もいない。
病院が暇なのはある意味でいいことなんだけど、これで食っていけてるんだろうか。
…いや、まあ法外な値段とったりもしてるしな。むしろ稼いでるのかもしれん。
「先生、さんがいらっしゃいました」
「んー?おやおやぁ?色男じゃないの、ひっさしぶりー」
診察用の簡易ベッドに寝転がって、シャンキーが適当に手を振る。
……寝るなら自分の部屋にすればいいのに、なんでそんな硬そうなところで。
「どしたの、このイケメンに会いたくなって来ちゃった?」
「…そういうセリフは無精髭を剃ってからにしてくれ」
「うわー傷ついたー」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「俺に?なになに、アン嬢のスリーサイズならいくら聞かれてもシークレットよ」
「せ、先生!」
「………そういうことを他人に聞くわけないだろう」
俺どんだけスケベな印象なんだよ。っていうか聞かないよスリーサイズなんて!
アンの前で変なこと言わないでほしい、と眉間に皺を寄せてみる。
けどシャンキーはいつものへらへらとした顔のまま。
ずれかけていたビン底メガネを押し上げて、勢いをつけて身体を起こした。
「色男のご所望の情報は何かな?俺に答えられること?」
「…あまり期待はしてない。一応、確認だけ」
「がーん、期待されてないってショック…」
「ジンの居場所だ。いまどこにいるか、知ってたりしないか」
「ジン?」
シャンキーとジンは古くからの知り合いらしい。
何しろジンがクート盗賊団に殴り込みに行った理由が、シャンキーがやられたから。
そこまでするほど親しい相手なら、居場所を知ってたりしないかなーと。
……いやジンのことだからさ、どんなに親しい相手でも音信不通とかありえるんだが。
だからあんまり期待はしてなくて。
むしろアンとシャンキーに会いに来た、という気持ちの方が大きいかもしれない。
がりがりと赤い髪をかいたシャンキーは、なんだってまたと呟いた。
それからなんともいえない顔で眉を下げる。
「あんなのに関わろうと思うなんて、物好きだねぇ」
「………俺もできるなら関わりたくない」
「うんうん、それが普通だって」
「けど、仕事の関係で。ジンと話がしたいんだ」
「はーん?ってことだけど、どうするジン」
「俺と話って何だよ。どっか殴り込みか?」
!!???!!!?!?!!!!?!
「あ、てめジン。何俺の秘蔵の酒を」
「他にも山のようにあんだから一本ぐらいいいだろ」
「全部銘柄も年代も違うっつーの!返しなさい、むしろ金払え!」
「さっき診察代出してやっただろうが」
「それはそれ、これはこれ。俺の愛しのハニーたちを返せー!」
騒がしいシャンキーとジンを俺は言葉もなく見つめる。
………うん、ジンだよ。ジンがいるよここに。
ジ ン が い る 。
いやいや、ちょっと待って。ジンっていったら、なんというかレアキャラじゃん?
世界各地を回っててさ。親しい人間ですら消息を知らないっていう。
滅多に会うことなんてできない、そういうひとなんじゃなかったんですか…!?
「………ジン」
「お?あ、俺に用だったか。何だよ」
「………………グリードアイランド、知ってるよな」
「当たり前だろ」
「そこのゲームマスターたちから伝言がある」
「え、色男ってばあれプレイしてんの?うっわー、命知らずー」
「危険なものなんですか?」
あぁもう、アンが心配そうにしてるじゃんか!
危険なんてもんじゃないけど、それを言ったら怖がらせちゃいそうだ。
俺はどうしたもんかと焦りながら、とりあえずできるだけ優しい声でなだめる。
仕事で関わってるだけだから心配はいらないんだと。
危険なことがあればちゃんと逃げるから、大丈夫だって。
………それでも危険は危険なんだけど、わざわざ言う必要はないだろう。
「アン嬢、諦めなって。男ってのは危険に飛び込むのが好きな生き物だからさ」
「わくわくするもんが嫌いなヤツはいないだろ」
お前らと一緒にすんじゃねえよおおおぉぉぉぉ!!!
平穏!人間、平穏が一番だから!危険なんていらないから!
俺はのんびり本読んで、遺跡巡りして、甘いもの食べてられれば幸せなんだよっ。
元の世界に戻ってそんな生活を手に入れたいんだってば…!!
「で、ゲームマスターたちからの伝言だが」
「とりあえず言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」
どかり、とシャンキーの診療用の椅子に座り背もたれに身体を預ける。
くるくると椅子を回す姿は子供みたいで、本当にただ聞いているだけって感じだ。
まあ、まともな返答をゲームマスターたちが期待してるとは思えない。
だって俺なんかよりずっとジンと付き合いは長いはずだから、この男の性格もわかってるはず。
というわけで、俺は淡々と仕事をさせてもらうことにした。
グリードアイランドが緊張状態にあること。
プレイヤー狩りが横行し、ボマーという性質の悪い者まで出現していること。
大勢の人間を集めてカードを集めようとしている組織があること。
「これらを見過ごしていいのか、介入するべきなのか判断を仰ぎたいそうだ」
「どんな形でも攻略はありだ。それがゲームってもんだろ」
「ジンは裏ワザも好きだからねぇ。っていうか俺ルールすぎ」
「どんだけグループ作ろうが、そう簡単にはクリアできないだろうさ。ま、クリアしてくれても俺としては構わないんだがな」
「………じゃあそのまま静観してるように、ってことでいいのか」
「いちいち俺の意見聞く必要はないってこった。いまゲームを管理してんのはあいつらで、俺じゃない。あいつらの方がよっぽど現状に対してのまともな対処法を思いつくだろうし」
普段は猪突猛進というか、考えなしなイメージのあるジンだけど。
なんだかんだで頭は良い、と思う。
ゲームの世界に触れているのはいまはジンではなくて、ゲームマスターの面々。
だから彼らの判断で動いてくれて構わないのだと、そう言っているのだろう。
「ま、大人数でクリアしようとするなんて面白味のねー連中、とは思うけどな」
「ジンはあのゲームに相当こだわって作ってたからねぇ、鬱陶しかったのなんの」
「うっせー」
そのメガネ割るぞ、と唸るジンにシャンキーは口笛を吹いて誤魔化す。
……ホントこの二人、子供っぽいというかなんというか。
妙に達観した考え方するくせに、小学生の子供みたいなとこあるよなー。
またぎゃあぎゃあと騒ぎはじめた大人たちに溜め息を吐いて。
俺はアンにお茶をひとつ頼むのだった。
すんなり会えてしまいました。
[2011年 12月 24日]