第74話―シャルナーク視点

「シャル、しばらく留守にするから」

そう言われたのは、俺の住処のひとつに顔を出した日のことだった。
と同居することにしたマンションで食事にありついていたところに、急に言われて。
なんだせっかくクロロんとこに一緒に遊びに行こうかと思ってたのに。

仕事でも入ったのかと思ったら、どうやら違うらしくて。
遺跡巡りに行くんだと言われて首を傾げる。

は昔から呪いの石版について情報を集めていて、俺もそれに協力してる。
なんでも自分のルーツに関係することらしいんだけど。
でもわざわざ遺跡を巡るって。そういうの自体が好きなんだろうか。
そう尋ねてみれば、はあっさりと頷いた。

「もともと考古学は好きだ。大学に行こうとしてたし」

へえ、大学。
わざわざ金払って勉強しに行くなんて。あれ?でも。

「してた」
「そう、してた」
「過去形なんだ?」

初めて会ったときから大学に行ってる気配なんてなかったし。
いまは運び屋なんて仕事してるんだから、諦めたんだろうか。
俺の疑問を感じ取ったのか、はどこか遠くを見つめた。
もう戻らない過去に思いを馳せているように見えて、口を出せない。

「この世界に引きずり込まれて、その夢は断たれたわけだけど。別に独学でもいいかって」
「…ふーん」

そこまでして、やりたいことがあるってすごいや。
感心する俺には珍しく笑顔を見せた。

「いつも石版の情報ありがとう、シャル」
「俺は対して苦労してないよ。ね、が嫌じゃなかったらだけど」
「?」
「俺もついていっていい?」

目を瞬く彼はこれでも驚いてるんだと思う。
まあ、いきなりだったしねー。でも興味あるよ、がそこまで打ち込むものにさ。
それにちょうど暇なんだよね、俺。

「旅団の仕事もしばらくなさそうだしさー。これといって用事があるわけでもないし」
「…ただの遺跡巡りだぞ?シャルが楽しめるとは思えないけど」
「それを決めるのは俺」

というわけで、ついていかせてもらうからね。





それでに指示されて長袖を着て、いまは遺跡の中。
色々と確認作業をしながら進んでいく彼はなるほど手馴れているらしかった。
安全を確認しながら、気になる箇所を調べたり壁画を眺めたり。
隠し扉のスイッチとかもすぐ見つけちゃったしすごいよ。色んな遺跡を巡り歩いてるのかな。
なんか知らない名前出してたし。あっしりあ?とかなんとか。

隠し通路を進んでいくと途中に休憩室みたいなのがあって、さらにそこから奥へ。

「うわ、いきなり何これ」
「祭壇…か?」

開けた場所に出たかと思えば舞台の上、って感じ。
の言う通り、祭壇らしきものがあって長い長い階段が下に伸びてる。
お偉いさんはいきなりここに登場できるのかー。権力者って高いとこ好きだよね。

「………これは」
「どしたの」

が振り返ったところには壁一面訳のわからない模様が刻まれていた。
さっきまでの壁画はまだ物語性があったけど、こっちは意味がわからない。
なんだろこれ、鳥かな。これは…猫っぽい?

チンプンカンプンな俺とは違っては興味津々な様子。
じーっと眺めて、果ては座り込んじゃった。

「ねえ、これ何か意味あるの?」
「………多分、ここに暮らしてた民族の文字だろうな」
「文字?これが?」
「楔形というよりは象形文字に近い」
「俺には全然文字に見えないんだけど」
「絵文字と思えばなんとなくわかるだろ」

絵文字…ねえ。

「で?これ何が書いてあるの」
「そこまではさすがに…。けど配列からして、全部名前だと思う」
「名前?」
「歴代の王とか、神官とか、もしくは信仰されてた神の名前とか。そんなとこじゃないか」
「ふーん」

なんかメモ取り出した。写真も撮ってる。
俺にはわからない世界だなぁ、との作業を見守る。

無言の背中がなんだか楽しそうで。こんな彼の様子は初めてだと思う。

流星街にいたこともあって、裏稼業に携わっていて。
それでもこうやってやりたいことを捨てずにいる。
なんだか俺からすれば新鮮な姿で、飽きることもなく眺めてしまった。

俺も機械いじるの好きだし、夢中になることもあるけど。
なんでだか、眩しく感じたんだよね。

誰よりも暗い場所に染まっているように思えて、実はそうじゃない。
何かに抗うように、俺たちがいる世界とは違う場所を見つめている
あの不思議な色を宿す瞳の先には、何が見えているんだろう。

その疑問は、出会ったときからいままで。

ずっと続いている。





主人公、熱中しすぎ。

[2011年 9月 10日]