第76話

あの遺跡での出来事はなかったことにして(心の健康のために)
俺はシャルと共にホテルに戻った。
とりあえず撮影したものを現像して、書き留めていた資料と突き合わせる。
この地方の歴史についても調べられるといいんだけど。
ベッドの上に胡坐をかいてうんうん唸っていると、シャワーを浴びたシャルが出てきた。

わしわしと乱暴に濡れた金髪をふいて、上半身は裸のまま。
………こうやって生で見ると、ほんとすごい筋肉だよな。童顔とのギャップが。

「あ、それ昼撮ってたやつ?」
「あぁ」

冷蔵庫から牛乳を取り出し、そのままパックごと口をつける。
ぐびぐびと飲む姿は男らしい。
パックを手にしたまま近づいてきたシャルは、ぼふりと資料を挟んで俺の向かいに座った。

「へえ、綺麗に撮れてるね」
「さすがにこれだけで調べるのは無理だ。…歴史書とか借りられたらいいんだけど」
「確か近くにでっかい図書館なかった?盗ってくれば」
「公共のものを盗もうとするな。普通に借りればいいだろ」
「ほんとって妙なとこ真面目だよねー」

お前らが物騒すぎるんだよ!

「………あ、でも図書館って身分証明書いるよな」
「ああ、はないっけ?ハンター証でもとれば?なんでも使えるよ」
「……とれたらいいとは思うけど」

あんな生死をかけての試験を俺が生き残れるとは思えない。
いや、念を習得してるわけだし、いいとこまでいけるかもしれないけどさ。
でもあのサバイバルはなー…精神的にも追い詰められそうだもんよ。

「とりあえず、俺のハンター証で借りてくる?」
「いいのか?」
「高いよ」
「……ケーキ奢る」
「あ、じゃあ久しぶりにあの店行こうよ」
「いいな。資料をまとめたら行こう」
「決まり。何の本借りてくればいい?」
「そうだな…」

この地方で人間が暮らすようになってからの歴史。簡単な言語体系。
それだけでなく周囲の国や地方との関係性が分かるものと、交易の資料。
風土についても書かれているものも欲しい。
色々とメモるとけっこうな量になってしまった。
それに合いそうな本をまずシャルが携帯で検索してくれる。

あとは明日、図書館に足を運んでくればOKだ。
それまでに俺は遺跡の壁画や文字についてできる範囲で解析してみよう。
文字などは一定の法則があるから、それをまとめるとこまではこぎつけたい。

「楽しそうだねー」
「…こんな風に趣味に没頭するのは久しぶりかもしれない。シャル」
「ん?」
「付き合ってもらって悪い」
「俺は珍しいが見れるから、それなりに楽しいよ」

黙々と地道な作業してる人間を見ても面白くないだろうに。
笑顔でそう言ってくれるシャルは、ほんとに良いヤツだ。

物騒すぎるとこあるけど、でもやっぱり素敵な友達である。





それからシャルが借りてきてくれた資料を丹念に調べて。
もっと詳細を知りたい場合には直接図書館に足を運んだりもした。
コピー可な資料はありがたくファイルし、ようやくひと段落ついたのが一週間後。
まだほんの表面的なところしかわからないけど、あとは自分なりに調べていくしかない。

そんなわけで、俺はシャルにお礼をするべく天空闘技場のお膝元に来ていた。
馴染みのケーキ屋に顔を出すと、すぐに俺に気づいてくれたみたいで。
いらっしゃいませ、と笑顔で対応に出てくれた店員さんが定位置に案内してくれる。

俺の奢りだからか、シャルは遠慮なくたくさんのケーキを注文。
下手すると店のメニュー全部制覇する気じゃなかろうか、という勢いだ。
そんでもって俺はといえば、いつも通り店長のおすすめを尋ねる。
来るたびにおすすめのケーキと紅茶が違って、それも楽しみのひとつだ。
じゃあそれで、と注文すれば店員の女の子イリカ(名前を教えてもらった)が笑う。
この嬉しそうな笑顔も、俺の癒しのひとつだったりする。

「あ、ここで資料広げても平気?」
「はい、この時間帯はお客様も少ないですから」
「ありがとう」

とりあえずケーキ用のテーブルは確保して、隣のテーブルをくっつける。
俺はその上に資料を広げた。シャルには悪いけど、まとめ途中の資料あると気になって。
とことん納得するまで調べないと落ち着かないんだ。

わかってきたことは、あの遺跡はやっぱり神殿として使われていたっぽいということ。
壁画に描かれていたのは、当時の国で行われていた祭事。
…まあその、人狩りをするのが祭事ってのは怖いけど。生贄的な意味合いだったんだろう。
下手をすると奥にあった舞台の上で、実際に生贄を捧げていた可能性もある。
それを野蛮だと切って捨てることもできるけど、昔の人にとっては大事な儀式で。
生贄として選ばれた人間は栄誉だとされていたこともある。

ちなみに舞台の壁に彫られていた文字、あれはやはり人名だった。
まだ全部解読できたわけじゃないけど、歴史に登場する王の名前と似通ってる感じ。
資料として残っていない王たちの名前も、あそこには刻まれているようだった。

「で?呪いの石版に関わるようなものは見つかった?」
「…いや、今回は外れ」

いつの間にやら運ばれていたらしいケーキのうち一皿を手に、シャルが顔を寄せる。
フォークをくわえたまま資料を覗き込むシャルとおでこがぶつかりそうだ。
あ、金髪さらさら。ちょっと触れてるだけなのにくすぐったい。
少し弱めに頭突きをすると、にやりと笑ってシャルが浮かせていた腰を戻した。
なんかいま、仲良しな感じじゃなかったか?おお、俺こういうの初めて!

さん、お待たせしました。本日のおすすめです」
「あ、ありがとう。ごめん、そこ置いてくれるか」
「はい。すごい資料ですね」
「ちょっと遺跡探索してきた。あ、これ店長に土産」
「わ、ありがとうございます」
「遺跡の近くに生えてた花なんだけど。資料見たら、砂糖として使えるってあったから」
「そうなんですか?」
「うん。香り嗅いでみると甘い」
「………あ、本当」
「面白いなと思ったから摘んできただけなんだ。いらなかったらごめん」
「いえ、喜ぶと思います。渡してきますね」

よかった、嫌がられなくて。ほっと胸を撫で下ろす。
とりあえず資料から目を離して、運ばれてきたケーキを引き寄せる。
うーん、相変わらず芸術的な仕上がり。

フォークを入れるのがもったいない、と惜しんでいると。
じーっとこちらを見つめるシャルに気づいて顔を上げた。

「…どうした」
、ここの常連だっけ?」
「シャルも十分、常連に近いと思うけど」
「すごいよねー、そつがないというか」
「?」
「働いてる人間に贈り物を受け取らせ、なおかつ上司のご機嫌までとる。…うん、すごい」
「……何の話だ?」
、あの娘のこと狙ってるの?」
「は」

狙ってるって何をですか!?
興味津々、といった様子で頬杖をつくシャルはなんか子供みたいだ。
こここここれはもしやあれか、お前タイプどいつなんだよー誰好きなんだよーってやつか!
学生時代にも無縁だったものを、いま経験しろとおっしゃる!?ハードル高いよ!
っていうかあの娘って、イリカのことだよな?いや、いやいやいや。

「…俺にはもったいないだろ」
「へ?何それ」
「俺は、おいしいケーキと紅茶とあの笑顔だけで満足なんだ」

あんなに気立ての良い娘なんだから、絶対モテるだろー。
俺がどうこうなんて、失礼だよ彼女に。っていうか、彼氏とかいてもおかしくないよな?
俺みたいなのにも優しくしてくれるんだ、他の男がほっとくはずがない。

………つーか、シャルみたいな美青年と恋バナとかしたくない。

ああそうさ、これは立派なひがみだよひがみ!

むっつりと黙り込んでしまう俺に、シャルもそれ以上は聞いてこない。
くそう、可哀想な話題振っちゃったとか思われてんだろうな。この美形め!




日常っぽい風景。

[2011年 9月 19日]