第79話―マチ視点

旅団に新しいメンバーが加わった。
シズクはいいとしても、あの変態は仲間として認めたくはない。
ルールに従って仲間入りしたわけだから何も言えないけど…ホント、鬱陶しい。
いつもにやにや笑って、けど殺気に似たオーラを常に放ってるし。
適当にあしらってもひとりで悦に入ってるし、気色悪い。

今日も自ら好んで大怪我した変態の治療をしてきたところ。
どんなに高額を請求しようが払ってくるため、依頼を断れないのが厄介だ。
引き留めようとするヒソカを無視して、ようやくホームに辿り着いた。

ああほんっと疲れた。

「逃げようとすればサド気質を発揮して楽しそうに追ってくる。逆に本気で相手して撃退しようとしても、マゾ気質でそれすらも喜ぶ。………最悪じゃないか」
「あー、そりゃマチもあんだけ嫌うわけだ」

どうやら他の連中もいるらしく、話し声が聞こえてくる。
………というか、いますぐにも忘れたいヤツについて話してるらしい。

「…ちょっと、私のいないところで噂話かい?」
「あぁ、マチ」
「噂すればなんとやら、だな」

ヒソカ絡みの話にこっちを出さないでほしい。
苛々がまたよみがえってくるのを押さえ、乱暴に椅子に腰かけて荷物を投げ出す。
パクはいつも通り落ち着いた声で何か飲む?と声をかけてきた。
こっちに気を遣ってくれてるんだろうね、悪い。けどいまは甘えさせてもらおうか。

お茶、と返して頬杖をつく。パクは頷いてすぐに用意を始めてくれた。
ようやくほっとしていると、聞きなれない声が私の名前を呼ぶ。

「マチ」
「?……なんだ、あんた来てたの」

シャルやクロロと当たり前のように座ってたのは。シャルの友達。
旅団にスカウトもされてたけど、結局は入団しなかった。
団員でもないのに何度もここを出入りしてる、不思議な男。
今日もいつものようにシャルに連れて来られたかクロロに呼ばれたんだろうけど。
なんで私に声をかけるのかと怪訝に思ってたら。が淡々と続けた。

「今度、甘味処に一緒に行かないか」
「………………は?」
「お茶とよく合う店があるんだ。マチはケーキよりそっちの方が好きそうだと思って」

………………ちょっと待って。どういうことさ。
会話の流れでそんな話題に至るような部分があっただろうか。
クロロやシャルまでも目を丸くしてる。その間抜けな顔、他の連中に見せてやりたいわ。
けど、いまは私も相当に笑える顔をしてると思う。それぐらい、唐突だった。

「……マチ?」
「いや、なんで私なのよ。いきなりすぎて驚いた」
「疲れてるみたいだから。俺もそうだし、息抜きに行かないかって。それだけ」

どこか労わるような色がの焦げ茶色の瞳に浮かぶ。
そりゃ疲れてるけど、あんたに誘われるほど疲労してるつもりもなかったんだけど。

「いいわね。お土産期待してるわ、マチ」
「ちょっとパク」
「私も、楽しみにしてます」
「シズクまで…あんたらね」

面白がる二人にげっそりと溜め息を吐くと、クロロが割って入った。

「出かけるのは構わんが、その前に俺の用事を先に済まさせてもらうぞ」
「あら、団長が呼び出したの?」
の面白い写真を入手してな」

にやり、と笑って一枚の写真を取り出すクロロ。それにが眉を寄せた。
何の写真かと皆が覗き込み、私も一応見せてもらう。
そこに映し出されたのは黒髪の美女。だけど、骨格が逞しい。
うまく服装や化粧で誤魔化されているけど、これは恐らく女装だろう。
そして女装をさせられている男性が誰か、すぐにわかった。何これ、似合いすぎ。

「へー、違和感ぜんぜんないじゃん。女に見えるよ
「………シャル、嬉しくない」
「美人ね。他の服も着せてみたくなるわ」
「和装も似合うんじゃない?」
「また違った感じのメイクもしてみて欲しいかも」

そうね、これはいじりがいあるわ。
がたん、と音がして顔を上げれば、興味のなさそうな顔でが席を立ったところで。

「マチ。行くぞ」

まだ行くと返事はしてないってのに。
すでに行くことが決まっているかのような平然とした顔で歩き出す。
どうしたものかと一瞬迷ったけど、他の連中が後ろでにやにやと笑う気配がわかったから。

結局は振り返らないまま、私もここを出ることにした。





さっさと行くかと思ったら、は外で私が出てくるのを待ってた。
あまりに突然でどうしていいかわからず、どこに行けばいいんだよと尋ねるのが限界。
それほど遠くないよ、と言って歩き出す速さはゆっくり。
私ら旅団にはありえない、本当に普通にただ歩くだけのスピードだ。

「………あんたさ、よくわからないヤツだね」
「え?」
「私を誘うところがまず意味不明」
「あぁ、急に誘ってごめん。けどマチとは食べ物に関しての好みが同じだと思って」
「好み?」
「ジャポン系の味。俺の故郷も、ああいう料理が多くて」

こいつから故郷の話を聞くのは初めて。
そもそも、彼とろくに会話をした記憶がない。いつも誰かしらに絡まれてるし。
シャルから聞いた話だと、運び屋をしてて各地を巡り、流星街の出身でもあるらしい。
故郷を失って流れ着いたんだろう、って言ってたけど。
そんなの珍しいことでもなんでもないから、は気にしてる様子もない。

ただ、静かにその味を楽しみたいときもあるんだろう。
他の連中だとそれもできないだろうから私が選ばれたのかもしれない。
ああいう系統の店は、のんびり楽しむのが一番。ああ、だから歩いて向かってるのか。

「それに、ヒソカには俺も迷惑させられてるんだ」
「………………あぁ、あんたも好かれそうだね」
「………………勘弁してほしい」
「……同感」

二人でそうやって愚痴とか適当な雑談とかして歩く。
これが意外にも会話が途切れることはなくて。のんびりしたテンポがむしろ楽。
そうこうしてると、店に着いたらしくてが中へと入っていった。
内装は落ち着いたもので、木造。ふわりと香る木の匂いが良い感じ。

「何か食べたいものは?」
「あんたに任せる」

わかった、と頷いてが注文。
席に着いて品物が届くのを待つ間、お茶が提供された。
これがまた、おいしい。

「……悪くないね」
「だろ」
「この店、シャルも知ってるのかい」
「いや。土産に持って帰ったことはあるけど、店に連れて来たことはない」
「ふーん。仲良いのに意外だね」
「…そうか?シャルはどっちかっていうとケーキだろ。餡子の甘さはそんなに好きじゃないらしい」
「そりゃもったいない」

お待たせいたしましたー、と運ばれてきたのは水饅頭。
川を流れる紅葉をイメージした一品らしく、食べ物とは思えないほど綺麗だ。
そしてもう一品は普通にお団子。
水饅頭はあまりに綺麗で感動したからマチにも見てほしかったんだ、とのこと。
………そういうこと言われると、どう返していいかわからなくなるからやめてほしいんだけど。

「ん、甘さがちょうどいい」
「ちょっと値段は張るけど、一品でも十分満足できるから俺はいいと思う」
「金払うとこが律儀だよね、あんた」
「払うに値するものには払うよ。当然」

ほんと、旅団にはいないタイプだ。
それが新鮮で、妙に居心地が良い。変な、男。

いつの間にか、疲れも苛々も吹き飛んでいて。
ただこうして過ごしているだけで気持ちが落ち着いてくる。


「?」
「この店、気に入ったから誰にも教えないで」
「え」
「隠れ家的な感じがいい。他の連中にも知られると面倒だろ」
「…あぁ…。わかった」

それは、二人だけの秘密。




デートですか、デートですよね!?

[2011年 10月 22日]