ただ爆睡してただけですし、ただ自分の中で色々葛藤してただけです。
[2011年 12月 25日]
今年もまた、ハンター試験の期日が迫ってきた。
受験者が利用する汽車のひとつに乗り込みながら、今年は目ぼしいのがいるかしらと見回す。
試験会場へと向かうこの汽車を見つけることそのものが予備試験のひとつでもある。
行先はいつも通りの駅名で、けれど運行表には載せられていない列車。
この列車が向かう最終駅が、試験会場へと続く駅。
とはいっても、この汽車に乗れたからといって自動的に会場まで行けるわけではない。
受験者はあまりにも膨大な数にのぼるから、ここでも予備試験は行われる。
あ、ほら。一番奥の車両から悲鳴が聞こえてきた。
いまはまだ夕食の時間。
明日の朝にはきっと、受験するにふさわしい人間だけが残ってるはず。
寝て待っててもよかったんだけど、ちょっと様子でも見てこようかしら。
そう気まぐれに思って、私はのんびりと歩き出す。
…あら、この車両はもうほとんど人が残ってないのね。つまらない。
寝台車になっている車両を移動していくと、ひとつだけ人の気配。
そっと中を確認してみると、楽な姿勢で眠っている青年が。
眠っていても彼の気配は完全に緊張を解いているわけではないようで。
私があと一歩踏み込んだら目を覚ましてしまうだろう、野生の眠り。
(あら、掘り出し物がいるじゃない)
そっと扉を閉めて、また散策を続ける。
とりあえずこの列車の便で、最低ひとりはナビゲートすることになりそうだと。
鼻歌まじりで。
翌日、青年は朝食を食べにふらりとレストランにやって来た。
一般客を除いて、受験希望者の大半はこの列車から降りてしまっている。
昨夜はあんな騒ぎがあったというのに、彼は全く姿を見せなかった。
かなりの太い神経してるわよね。ちょっとお話させてもらおうかしら。
グラスを手に彼の隣に腰を下ろすと、焦げ茶色の瞳が細められる。
受験者よね?と声をかければ、おざなりに頷きがひとつ。
「お兄さんみたいなひとがハンターにねぇ。志望理由はなぁに?」
「………………」
いきなり声をかけた私に警戒してか、言葉を発しない。
こういうことを簡単にひとに打ち明ける人間はそうはいないわよね。
後ろ暗い仕事をしてるひとなら特に。
「言いづらいこと?それともはっきりした理由なんてないのかしら」
「………」
それでもまだ沈黙を貫く彼に、名前を教えてと続ける。
するとようやくぽつりと言葉を落としてくれた。
だと名乗った彼に、もう一度志望理由を尋ねてみる。
また黙ったまま答えてくれないかと思ったけど、予想に反して彼は口を開いた。
何度も聞かれるのは面倒だと思ったのかもしれない。
「仕事で必要だから」
ただそれだけを答えて、食事に戻ってしまう。
ハンター試験といえば難関なんてものじゃなくて。
普通であれば試験会場に辿り着くことすら困難なもの。
それでも夢を諦めきれない者たちが毎年毎年集まる。それがハンター試験。
なのに彼は特別な執着もなく、ただ仕事のために試験を受けるのだという。
なるほど、もうこれは一般人のレベルをはるかに超えているのだろう。
しばらくは私も黙ってドリンクを飲み続ける。
景色はだんだんと最終駅へ近づいていることを教えていて。
隣で食事を続けていたが少しだけ疲れた様子で肩を落とした。
あら、私がいるとお邪魔ってことかしら。冷たいわね、もう。
「残ったのは、お兄さんだけね」
いなくなってほしいんだろうけど、逆に私は話しかける。
ちょっとだけ不機嫌そうに顔を顰めた彼は、それでも何も言わない。
どうやら言葉や拳を荒げるようなひとではないらしい。
「仕事ってだけで試験を受けるなんて、よっぽどね」
「……そんなことはない」
「理由はそれだけ?あなたならそんな依頼、断りそうだけど」
ハンターの資格を求める雇用者は多い。
けど彼ほどの実力があるなら、そんな依頼は蹴っても問題なさそうなのに。
「……合格すれば、まともな仕事もできるだろうし。堂々と歩けるかも…とは考えた」
「ふふ、そうね。公共施設はほとんど無料で使用できるし」
「交通費用もかからない、各地への立ち入りも許可される。…まあ、おいしいとは思う」
たまたま受ける機会が巡ってきたから、ついでに取得しておくか。
そんなノリみたい。あらあら、他の受験者が聞いたら怒りそうな理由ね。
別に取らなくてもいいんだけど、あればあれで便利。
「これだけテンションの低い受験者は初めてよ」
多くの受験者が血眼になって試験を受けるっていうのに。
なんだかおかしくなって笑みがこぼれてしまう。
もしかしたら今年は面白い受験になるのかもしれないわね。
本試験を見守れないのが残念。すごく楽しそうなのに。
「お兄さんなら、きっと合格できるわ」
「………それはどうも」
淡々とした返事にも慣れてきちゃった。
あと十分くらいで着くわよ、と呟くとようやく彼の視線がまともに私を見つめる。
眠っていた彼からは見ることのできなかった、不思議な色の瞳。
焦げ茶色の目っていうのは珍しくないけど、その色合いがとても不思議。
深くて、澄んでいるようで、でもどこか濁りがある。
全部を見透かしているようなその眼差しに、私はもうひとつ笑む。
きっと気づいてるのよね。そうでなくちゃ面白くない。
「お兄さんの考えてる通りよ」
ぱちりと、彼が瞬きひとつ。
「私は、試験会場へのナビゲーター」
「………………」
相変わらずの無口な彼に、よろしくねと手を差し出すと。
躊躇うような間を置いて。
彼の手が重ねられた。
ただ爆睡してただけですし、ただ自分の中で色々葛藤してただけです。
[2011年 12月 25日]