遅い、気づくの遅すぎる。
[2011年 12月 29日]
美人なお姉さんとちょっとした小旅行。
なんかもうさ、緊張しっぱなしでろくに会話できなかったよ俺!
ぶっきら棒になる俺にも、お姉さんは笑ってくれてたけどっ。
「ここまで楽しかったわ、お兄さん」
「………着いたのか」
「えぇ。その個室に入ればあとは試験会場まで行くから」
良い匂いのする定食屋に入り、店主と何やら気さくに話していたお姉さんが一室を指さす。
俺は素直にそこへの扉に手をかけて中に入ると、とんとんと肩を叩かれた。
何だろうかと振り返れば、頬に感じる柔らかい感触。
………………………え?
「ここまで楽しかったわ。もし次があったら、また私に案内させてちょうだいね」
ふふ、と悪戯っぽく笑ってひらひら手を振り去っていくお姉さん。
………………え?いまのほっぺの感触って?あれ?
お、俺いま頬にキスされなかった…!?いまの気のせい…!!?
どうなんですかお姉さあああああんん!!!
と俺が心の中で叫ぶのも構わず、無情にも扉は閉まり。
そしてガコン、と足元が沈んだ。お、おお?部屋ごとエレベーターになってるんだ。
そういえばゴンたちが試験受けたときも、試験会場にはこういう感じで行ってたよなー。
今回はどのあたりの試験なんだろ。…ヒソカがいるときとかだったらやだな。
確かヒソカが最初に受けた試験は、あいつ試験官を殺しかけたんだっけ?
そんなの巻き込まれたくない。あーあ、どうせ来るならシャルと一緒のときに受ければよかった。
ハンター試験受けるんだってシャルに連絡しとこうかな。
空き時間とかあったら電話してみよう、うん。
とりあえず目立たないように、気配を消しておいてっと。
ガコン、ともう一度振動があって目の前の扉が開く。
お、おお、到着したらしい。うわあ、すっげー緊張するうぅぅ。
どうか無事に生きて帰れますように!ハンターになれなくてもいいから!
星になったとーちゃん、かーちゃん、俺を見守っててくれ!
「こちらが受験者番号となります。どうぞ」
「…ありがとう」
人間なのかよくわからないスーツ姿のぷにぷにしてそうなひとが番号札を渡してくる。
俺の番号は350。すでにこの会場にはそれだけの受験者がいるってこと。
いったいこれであと何人残るんだか…怖いー怖いよー。
あと番号札配ってるひと名前なんだっけー、会長秘書だったよな。マーメン?あれ、違う?
アニメだとマーメンって呼ばれてたけど…漫画で名前って出てたっけ。
俺は蟻編の途中までしか読んでないからなー、後でちゃんと名前聞いておこ。
他の受験者たちから目をつけられないよう、そそくさと隅っこに移動。
これだけ地下だと携帯も圏外だろうし、試験開始までどうするか。
「よう、見ない顔だね」
「……?」
目立たないようにしてる俺にかけられた、明るめの声。
気さくな調子に顔を上げると、そこにはなんとまあ見たことのある顔が。
大きな鼻、低い身長、ずんぐりとした身体。
見るからに人の良さそうな雰囲気の、16番の番号札をつけた男。
「俺はトンパ。君はルーキーかい?」
………おおおお、トンパだ。マジで毎年試験受けてるのか!
旅団とかゾルディックとかハンターキャラに会ってはいるんだけどさ。
ハンター試験で登場するキャラクターに会えると嬉しいな。
まじまじ見てたせいで、トンパが困ったように笑った。
あ、ごめんごめん。えっと自己紹介しないとだよな。
新人つぶしのトンパ、って言われてるぐらいだから警戒はしておかないと。
俺あっという間につぶされそうだし。
「……だ」
「よ、よろしく。お近づきのしるしに、ジュースでもどうたい?」
「いらない」
下剤入りのジュースなんて誰がもらうか!
でも本当にこういうことしてるんだなー、これだけ気さくだと騙されるひともいるだろうな。
俺以外にもルーキーっているのかな、とぐるりと辺りを見回していたら。
………ものすごく痛々しい外見の方と目が合いました。
顔に無数の針が刺さり、明らかに悪い顔色。
なんというか独特なデザインの服装をした男が、じっとこちらを見ている。
え、あれって、ええ?なんで…あれ、でもそうだよな?
なんでお前がここにいるんだイルミ!
俺が硬直してる間に、カタカタと音を鳴らしながらイルミが近づいてくる。
イルミというか、顔に針を刺して作り変えた仮の姿、ギタラクルだ。
俺の目の前まで来たギタラクルは、カタカタという音の間に小さな声を紛れ込ませる。
「……なんでここにいるの」
「俺の台詞だ。仕事の流れで資格を取ることになっただけ」
「俺も、仕事で必要になってね。キルとは連絡とってる?」
「いや、電話しても繋がらないしメールしたっきり」
そういや、グリードアイランド関連でずっと行ったり来たりしてたからまた連絡してない。
イルミがわざわざ尋ねてくるってことは、もしやキルア拗ねてたりするんだろうか。
それは、ヤバイ。どうにか機嫌直してもらわないとな。
俺と同じようにイルミがハンター試験を受けることになるとは思わなかったけど。
………………………。
………………イルミがハンター試験………?
あれ、イルミってハンター試験は一発合格だったような?
二度目で合格したのってヒソカだけで、イルミの期は他はみんなルーキーで合格…。
……………あれ、すごく嫌なことに気づいた。
もしかしてこれ、原作と同じハンター試験なのか?
慌てて他の受験者も確認すると。いる、知ってるのいっぱいいる。
ハンゾーとかポックルはもちろん、キルアもいる。キルアもいる!(二回目)
おま、ちょ、えええええええ、マジでえええええ!!?
「俺が受けてること、言わないで」
それだけ呟くと、ギタラクルはそのまま離れていった。
……そういえばキルアって、ギタラクルになったイルミのこと知らないのか。
えーと漫画の通りならキルアは家出中ってことになるよな。ミルキとキキョウさん刺して。
………俺の知らないうちにとんだ修羅場がゾルディック家では繰り広げられていたわけだ。
家出してるから、キルアは携帯を持ってないのかもしれない。
これって声かけるべき?いやでもなぁ。
キルア大好きなイルミが声かけられない状況なのに、俺が声かけんのも…。
なんか嫉妬めらめらの呪いとか受けそうで怖い。
とりあえずいまは保留にして、俺がこれからどうすべきか考えよう。
漫画読んだのなんて何年も前だから自信ないけど、試験内容はだいたい覚えてる。
だからクリアしていくことは可能かもしれないが……トリックタワーとか怖いよな。
あとプレートの奪い合いとか、俺確実に生き残れない気がする。
どこでリタイアするか、見極めながら試験に参加していくしかない、うん。
俺が決意を固めたところで、凄まじい絶叫が響き渡った。
なんだなんだ?と顔を上げて、見なきゃよかったと俺は後悔。
「気をつけようね。ぶつかったら謝らなくちゃ」
トランプを手に笑う奇術師。血しぶきと悲鳴を上げる受験者。
………お察しの通り、ヒソカだ。だよな、お前いるよな、当たり前だよな。
もうリタイアしたくなってきた俺はどうすれば。
遅い、気づくの遅すぎる。
[2011年 12月 29日]