第96話―トンパ視点

第287期ハンター試験。
35度目になる今回の試験は、どんなルーキーがやって来るだろうか。
希望に溢れる受験者たちが絶望していくさまを見るのは他では得られない快感だ。
今年もスリルと背中合わせの娯楽を楽しませてもらうことにしよう。

そう思ってたんだが、今回は新人という新人が曲者揃い。
ガキかと思えば下剤入りのジュースを何本飲んでも平気なヤツもいたし。
扱いやすそうな忍者と名乗る男は、急に凄まじい殺気を見せた。
俺が新人つぶしを娯楽にしてることを知ってるヤツもいたし、針を顔に刺してる不気味な男も。
こりゃどうなってんだ、と思っているとエレベーターが止まる音。お、次の獲物か?

扉が開くと現れたのはひとり。
黒髪の男で、なんとも存在感が薄い。

「こちらが受験者番号となります。どうぞ」
「…ありがとう」

そのまま目立たないようにか隅に移動していく。
おとなしそうなヤツだな、こいつもルーキーだ。とりあえず挨拶しておくか。

「よう、見ない顔だね」
「……?」

ゆっくりと顔を上げた男の目に、一瞬ひるむ。
なんだこの目。何を考えてるのかわからない、吸い込まれそうな深さだ。
曲がりなりにも試験会場にこいつは辿り着いてる。なら、それなりの人間ではあるわけだ。
とりあえず最初は友好を深めさせてもらおうじゃないか。

「俺はトンパ。君はルーキーかい?」

警戒されない態度をとるのは得意だ。
しかし男はすぐには反応せず、値踏みするように俺のことをじっと見てきた。
おとなしい印象を受けたのに、前に立ってみるとそんなことはない。
むしろ恐ろしいほどの存在感だ、と冷や汗が出てくる。
これは、もしやヤバイタイプの人間じゃないか?

「……だ」

たっぷりと間を置いて名乗る。俺のことは歯牙にかける必要はない、と判断か?
まあいい、どんな人間なのかはこれからの試験で見極めさせてもらうさ。

「よ、よろしく。お近づきのしるしに、ジュースでもどうたい?」
「いらない」

そっけなく答えて、と名乗った男は俺から視線を外した。
どこか遠くで止められた視線に何かと思ったら………げっ。
顔に針をいくつも刺した男、ギタラクルだったか、そいつのことを見てやがる。

当然のように近づいてくる針人間を、は待ってる。
あからさまにヤバイあの男と知り合いなのかこいつ!

そろそろと俺は距離をとって退避。
どうやら二人は会話しているようだったが、声が小さくて聞こえてこない。
………あれは関わってはいけない世界の人間だ。ヤバすぎる。
ぱっと見た感じじゃ危ない臭いはしなかったんだが。
まあ、他にもターゲットはいるわけだし。そっちを狙うか。

あんな不気味な男と普通に話せるなんて、おかしいに決まってる。

次々に受験者が到着する。その中でも今年初参加の人間を探して。
お、三人組のご到着だな。随分と呑気なツラしてるぜ。

今度はあいつらに声をかけてみるか。





存在感が薄いと感じたのは、絶に近い状態だったためです。

[2011年 12月 29日]