第105話

お腹も膨れた俺が次に目指した先はシャワールーム。
………なんだかんだ思ったより楽に一次試験をクリアした俺だけど。
でもやっぱり汗はかいてるし、一日の終わりはシャワーですっきりしたい。
ベストはお風呂だけど、そこまで贅沢は言えないよなぁ。

自由に利用することができるシャワールーム。
中に入ってみるとずらーっとシャワーが並んでる。簡単な仕切りはあるけど。
うーん、奥の方でいいか。うお、水とお湯の調節が難しいぞこれ!
四苦八苦してなんとか丁度いい温度にして、まず髪を洗う。
シャンプーとかも用意されてるけど、いいや水洗いで。あ、ドライヤーってあんのかな。
自然乾燥でも平気だろうけど、寝癖がつくと困る。

「………メンチにでも借りるかな」

女性だし、だいぶ独特な髪形をしているから髪にこだわりがあるんだろう。
ならドライヤーとか持参してそうだよな。

「何が欲しいんだい?」
「ドライヤー」
「あぁ、それならボクのを貸してあげようか」
「それはありがたい…」

…………ん?
俺いま誰かと会話してなかったか?あれ、シャワールームに誰か入ってきたっけ。
恐る恐る視線を移動させてみると。
仕切り板の上に腕をのせて、こっちに笑顔を向ける青年が。
………イケメンと言ってもいいのかもしれないけど、笑顔が超薄気味悪い。

「………どちら様で」
「ひどいなぁ、ボクのこと忘れちゃったのかい?」
「………………」
「まさか君も試験を受けてるとは思わなかったよ。ククク、今回は本当に当たりだ」

ねっとりと絡みつくような視線に鳥肌が立つ。
何このひと、めちゃくちゃ気持ち悪い。存在そのものが怖い。
高い変態っぽいこの声が不気味…………変態?

「………………ヒソカ」
「なんだ、ちゃんと覚えてくれてたんじゃないか。また会えて嬉しいよ

………………………。
しまったあああああぁぁぁぁぁ、ヒソカに気づかれたああああぁぁぁぁぁ!!!
キルアとかクラピカと再会したり、原作の流れを目の前で見られたりで。
ヒソカに見つからないようにする、っていうのを忘れてたよ俺!!

つかヒソカって、本当にメイクしてないと美形だよな。
じろじろ眺めてしまうが、ヒソカは怒るでもなくにっこりと笑った。こわ!

「夜は長い。再会の一杯はどうだい?」
「俺は酒は飲まない」
「へえ、それは意外だ。誓約でも立ててるとか?」
「そんなんじゃない。それに飲めたとしても、お前と飲む気はない」
「うーん、そのそっけなさが良いんだよねぇ」

………恍惚とした顔をしないでくれ、マジで。
なんで俺こんなのに目つけられちゃったんだよー!!
っていうか全裸という無防備すぎる状態でこの変態と会いたくなんてなかった!!
お湯を止めて俺はさっさとここを立ち去ることにする。
驚いたことに、ヒソカは俺を追ってはこなかった。

うおおおお、こええええ、急いで服着て俺は廊下に飛び出す。
こんなに急いで着替えたのなんて学生の頃以来だよ!
学生の着替え技術ってすごいよな。休憩時間が短すぎるんだよ。

濡れた髪のまま、俺は船内をぶらぶら。
あの変態に遭遇した後じゃ眠る気にはなれなかった。
ダメだろ、絶対に夢にピエロが出てくる。うん、間違いない。
奇声上げて飛び起きる羽目になりそうだから、まずは気持ちを落ち着けよう。
そう思って歩いていると、廊下を曲がってキルアが姿を見せた。って、おい。

「………キルア」
「あ、の髪濡れてる。もしかしてここシャワーとか浴びれんの?」
「…あっちにシャワールームがある」
「俺も行ってくっかなー。すげー汗かいた」
「………………キルア」

確かにキルアはすごい汗かいてる。多分、ネテロ会長とゲームをやったんだ。
汗で濡れてしまったのか暑いのか上半身は裸で。
………おいおい小学生が持つにはだいぶたくましい肉体だな。
あれ?けど筋肉つけすぎると背が伸びにくいって聞いたような…あれって迷信?

「やっぱ、わかる?」

にやりと笑うその顔は、獲物を前にした猫みたいだ。
………この顔はイルミとよく似ている。ゾルディック特有の表情。
そしてかすかに漂う、血の臭い。

「仕事以外の殺しは、やめておけ」
「けどさ、俺に喧嘩売ってきたんだぜ」

そんな理由でひとを殺すなよ頼むから。
………わかってるんだ、キルアにとってはそれは大きなことではないって。
ひとを殺す術だけを教え叩き込まれてきた。それがゾルディックの人間。
彼らが信じるのは身内だけ。それ以外に関心を払うことは稀だ。
そういう世界もあることを、知ったけど。

できることなら俺は、キルアに人殺しをしてほしくはない。
けどこれは俺の勝手な言い分だ。だからそれを呑みこんで、キルアの頭を撫でる。
なんだよ?と不思議そうな顔が俺を見上げてくる。

「少しは落ち着いたか」
「………ちぇ、バレてんの。さっきまでゴンとじいさんからボールをとるゲームしてて」
「……ネテロ会長か?」
「そ。あのジジイ、とんだ食わせもんだぜ」
「ハンターたちをまとめる存在だ。そりゃ実力は桁違いだろ」
「けど悔しいじゃん。んでちょっと俺もヤバくなってきてさ、そこにあいつらが難癖つけてくるからもうどうでもいいやと思って」
「………そうか」

悲しいことだと、気づけないキルア。
けれどそんなキルアを変えてくれるのが、ゴンだ。
もう彼らは出会った。だからこれからどんどん変わっていくんだろう。
キルアだけじゃない、クラピカもレオリオも。もしかしたら俺だって。

「んで?シャワーあんのどっち」
「あっちだ。………さっきまでヒソカがいたが」
「え、ヒソカと一緒になったのかよ」
「すぐ出たけどな。キルアも気をつけろ」
「わかってるって、あいつが危険なのは」

本当にわかってんのかなぁ。
ヒソカのヤツは筋金入りの変態だ。サドでもマゾでもあると俺は思っている。
その上に守備範囲がえらく広い。男でも女でもいけると見た。
しかもゴンやキルアに興奮を覚えてるという危険な人間なわけで。
………くそー、あのピエロは滅するべきだよな。誰かやってくれないか。

キルアをひとりで行かせるのは不安で、結局俺もついていく。
もうヒソカはシャワールームにいないみたいで、ほっとした。
すぐ出るから、っていうキルアに頷いて俺は廊下で待つことに。

結局は景色を眺めながらキルアと備え付けの椅子に座って。
うとうとするキルアに肩を貸してやりながら、俺は流れる雲海を見つめていた。
………飛行船でこの高度ってすごくね?
そんなことに感心しながら、とりあえず目だけ閉じる。熟睡は、できそうにない。
もともと徹夜とかすること多いからいいんだけどさー。
あ、でもキルアの体温はやっぱりあったかくていいな。癒される。

次の試験も、頑張れるかもしれない。
………かも、だけど。




まさかの全裸で遭遇。

[2012年 1月 27日]