第107話―イモリ視点

何度目かわからないハンター試験。
今年こそは、って毎回意気込んでるんだけど、なんでか合格できない。
兄ちゃんたちと俺と三人でいればできないことなんてないはずなのに。なんでだろ。

今回の試験は三次試験まで辿り着いた。
よし、この調子でいってやるぜ!と意気込んだんだけど。

「ルールは簡単。生きて下まで降りること!制限時間は72時間。それではスタート!」

俺たちはトリックタワーとかいう高い塔の上に放置された。
ぱっと見た感じは下に降りれそうなものは何もなくて。
側面をつたっていこうにも、この高さはまず無理。それに化け物みたいな鳥もいる。
壁を降りてた受験生が食われたのを見たし、ありゃ無理だ。

どうやって下に行くか探してると、兄ちゃんたちが俺を呼んだ。
声を上げるなよ、と注意されて頷く。けど、なんだろいったい。

「ここにどうやら扉があるらしい」
「え!」
「声を上げるなって言ってんだろ馬鹿」
「ご、ごめん」

アモリ兄ちゃんが足をちょっと動かすと、床が沈んで回転扉みたいなのがあるのがわかった。
近くに他にふたつあるらしくて、ちょうど三人分。

「とりあえず行ってみっか」
「だな」
「これ同じ扉には入れないのか?」
「ダメだな。ひとり通したら閉じるようになってる」
「そうか。よし、イモリ行け」
「ええ!?」

兄ちゃんたちはいつも俺を先に行かせようとする。
俺で試して危険かそうじゃないか確認してるんだ、まったく嫌んなる。
無理やり扉に押し込まれ、俺は態勢を整えることもできないまま下に落ちた。

「うわあ!!」

うぎゃあ、思い切り腰打った!痛い痛い!!

「いてて……ひでぇよアモリ兄ちゃん!」
「お前がいつまでも扉に入ろうとしないからだろ」
「さてと、さっさと降りて………」

俺の後から降りてきた兄ちゃんたちが不意に口を閉じた。
どうしたのかと思って視線を移動させると、部屋には先客がいたらしい。
異質な空気をもった男が、何の表情も浮かべないままこっちを見てる。
………こいつ、知ってる。ルーキーのひとりで、あの針人間と話してたヤツだ。
一次試験は余裕で合格してたし、トンパがあいつはヤバイってぼやいてた。

確かにあの説明できない色合いの目は、普通じゃない。
ただ見られてるだけなのに、ぞくりと悪寒のようなものを感じる。

350番のプレートをつけた男は、俺たちを見て溜め息を吐いた。
この部屋にいるってことは、あいつも同じルートを進むことになるんだろう。
…俺たちと一緒なのが億劫って感じだ。
くそ、ルーキーがでかい態度じゃねえか。そう思うのに、冷や汗が出てくる。

「お、前も同じルートか?」
「………そう。そこにある時計を嵌めればスタート」

兄ちゃんの声もかすれてて、警戒してるのがわかった。
350番が指さした台には人数分の時計があって、四人で進むよう指示が書かれてる。
な、なんだ、全員で進むことになるのか。ならあいつに殺される危険もないわけだ。
兄ちゃんたちも同じことを考えたのか、ようやく肩の力を抜く。

全員が時計を嵌めたと同時に、目の前の扉が開いた。
その先の部屋には、壁にまるで埋まっているかのような巨木があって。
げ、俺たちが進みたい扉が木で塞がれてる。

「このままじゃ進めないじゃねえか」
「どうする?ウモリ」
「燃やす…にしても、こんだけ根が広がってちゃ俺たちも危ない」
「けどあの木、太いから道具でもないと切るのは無理だよ兄ちゃん」
「ナイフでも切るのは厳しいだろうな」

兄ちゃんたちと色んな方法を出しあってみるけど、どれも微妙。
俺たちのことなんて全く眼中にないらしい男が、木の幹に触れてるのが見えた。
何か考える素振りを見せたかと思うと、両手で触れる。
…何してんだ?と思った俺は、目の前で起こる現象に息を呑んだ。う、そだろ。

「に、兄ちゃんあれ」
「………な」

木の幹が、ぼろぼろになってく。そのまま、最後には風化して。
ちょうどドアの大きさの部分だけ、幹が塵みたいになって何もなくなる。
これで通れる、とばかりに男は満足げに頷いてるけど。

「お、おい、今のは」
「…先に進むぞ」

抑揚のない声でそう言って、あいつは答える気はないという態度。
さっさと次の部屋に進んでいった。………何者なんだ。

本当に、人間か?







その後もいろんな障害物があった。
俺たちがなんとか乗り越えていく横で、350番は淡々と問題をクリアしていく。
涼しい顔で歩きやがって、畜生。

「って、なんだこりゃおい!」
「行き止まりかよ!?」
「いや、けどここまで一本道だったはずだぜ」

次に辿り着いたのは床のない広い部屋。そ、底が見えない。
むこうには扉が見えるのに、そこに行くための橋すらない。
こ、こんなの無理だよ!穴から強い風が吹き上げてきて、めっちゃくちゃ怖い!
引き返すか?と兄ちゃんたちが相談する。
でも、さっきも兄ちゃんが言ったようにここまでは一本道。他に脇道なんてなかった。
隠し通路でもあるんだろうか、と話し合ってたら。隣の影がふらりと動いた。

「お、おい!お前何を…!!」
「やめっ…!!」

あいつが床のない部屋に一歩を踏み込んだんだ。
落ちる!!と俺たちは焦ったんだけど。

「………って、ああ?」
「な、なんであんた宙に浮いて…」

なんでだか男は何もないはずの空中に浮いてる。
真っ逆さまに落ちるはずなのに、その場にちゃんと立ってた。

どういうことだ?と混乱する俺たちに男は懐から何かを取り出す。
………って、お菓子じゃねえか。そんなもんどうするんだ。
訳がわからず見守ると、男は袋を開けて菓子をその手で握りつぶす。
粉状になった菓子がぱらぱらと落ちて底なしの穴に………………落ちない。

あれ、何もない場所に粉が落ちて橋っぽい形が見えるぞ。

「あ、え!?なんだこりゃ」
「見えないが…橋、があるのか?」
「よく気づいたな、あんた」

橋があるらしい、ってわかってから凝視してもやっぱり肉眼じゃ橋は見えない。
なのになんでこの男はわかったんだ。

「おら、さっさと進めイモリ!」
「わわ!押すなよ兄ちゃん!」
「足震えてんじゃねえか、しっかりしろよまったく」

橋があるってわかって進む俺たちだけど、結局何もないように見えるまま。
底が見えなくて、しかも強い風が吹き上げてくるところを歩くのは怖くて。
震える足をなんとか動かし、前をすたすた歩いていく黒髪を追いかける。
なんでこんな場所を平然と歩いていけるんだよ、あいつ頭おかしいんじゃないのか?

ようやく次の部屋に入ると、部屋というより通路が広がってた。
緊張から解放された俺はもうその場にへたり込んで兄ちゃんたちに呆れられる。
時間を無駄にするな、と兄ちゃんが言うその次に淡々とした声が続いた。

「………別に休んでても構わないぞ」

俺たちを数に数えてはいない、と言わんばかりの単調な言葉。
ちらりとこっちを見ただけで、壁に寄りかかりながら通路の先へ顔を向ける男。
余裕綽々の様子が気に食わなかったんだろう、兄ちゃんたちが眉を寄せた。
けどあいつに反抗する勇気はないみたいで、俺を殴る。いてえよ兄ちゃん!

「待たせたな」
「…もういいのか?」
「十分だ」

無理やり立たされた俺を確認して、男は壁から背中を離す。
そのまま通路を進んでいくのかと思ったら、なぜか足元の小石を蹴った。
進行方向にスーっと滑っていく石。それを俺たちも無言でつい眺める。

ボンッ ボボンッ チュドーン!!

………………。
…………………………………え?

いま石が通ったところ全部爆発したように見えた…。
なんで床が爆発するんだよ!?と俺たちは声も出ない。
けど男は動揺する素振りもなく、今度は石を拾って投げた。

なのに今回は床は何の反応もない。

「お、おい、この床はどうなってるんだ」
「…よくは分からないが、地雷みたいなものなんだと思う」
「地雷!?」
「けど、一度発動した地雷はそれで終わりらしい」
「あ、じゃあ石を全部に投げていけば」

俺がそう提案したら、いちいちそんなことしてられないと兄ちゃんに反対された。

「じゃどうするんだよ兄ちゃん!」
「イモリ行け」
「ええ!?」
「見たところ、それほど威力のあるもんじゃねえしな。死にはしないだろ」
「い、嫌だって!」

だからどうしてそう俺ばっかり!!
いくら威力が高くないからって、痛いもんは痛い。
それにこの通路にどれだけの地雷が仕掛けられてんのかもわからない。
威力は低くても、いくつも直撃したら危ないだろ!?

俺が兄ちゃんたちに抗議してると、また男が動いた。
このルートに入ってからと同じ、微塵も表情を動かすことなく。平然と。

「おま…!!」

兄ちゃんたちが思わず声を上げるけど、なんでかあいつが踏んでも地雷は発動しない。
そのまま走り抜けようとした男は、ふと俺たちを振り返った。
呆然と見守ってる俺たちに痺れを切らしたのか、また戻ってくる。
そんで全員手を繋げ、とか言ってきた。は?なんでそんな。
混乱したまま。でもこの焦げ茶の瞳に逆らうことはできず、俺たちは手を繋ぐ。すると。

「ちょ、はなっ…!!」
「ひぃぃ!!」
「じ、地雷が…!!」

男に引っ張られる形で、俺たちは地雷原を走らされる羽目になった。
信じられないようなスピードと強い力で引かれ、俺たちが通り過ぎた後で地雷が発動する。
飛ぶように過ぎていく景色が信じられず、俺の前を走る揺れる黒髪を見る。

………本当に、こいつ、なんなんだいったい。
マジでルーキーなのかよ!?




人外に見えてるらしい。

[2012年 2月 3日]