第112話―キルア視点

ってホント、なんであんな女をよく引っかけてくんだか。
恋人を作る気はない、とか言ってんのにいっつも女といるんだよな。
しかも毎度毎度相手が変わるから、なんつーか…子供の前で遠慮しろよ、って思うこともある。

ハンター試験っていう場でもあいつの女癖の悪さは変わらないらしく。
受験生のひとりを抱きかかえて部屋に向かってったときは焦った。
おいおい、いくらホテルで休養をとるよう言われたからって自由すぎるだろ。
せっかく再会できて一緒に行動できんのに俺を放っておくなよな、と面白くない。
を追いかけるとクラピカも一緒についてきた。多分、考えてることは同じ。

そうして進んでいくと、ひとりでこっちに向かって歩いてくる目標を発見。

「「!!」」
「………?」

俺たちに気づいてが足を止める。
よし、近くにもあの女はいないっぽい。けどまだ油断できない。

、あの女は!?」
「…?いまは部屋にいる」
「それでお前はこれからどこに行くつもりなんだ」
「海に。俺の部屋の分、宝見つけてこないと」
「じゃああの女と一緒に泊まるわけじゃないんだな!?」

逃がさないように腕をつかんで問い詰めると、焦げ茶の瞳が不思議そうに瞬く。

「男の俺が、あの子と同室になったらマズイだろ」
「…そうだな、マズイと私も思う」
「俺も」

仮にも試験中に男女のごにょごにょはマズイだろ、うん。
からすれば日常の一部なのかもしんないけど。相手は受験生。競うライバルだ。
………ま、こいつの実力なら誰が相手でも敵にはなんないんだろうけどさ。

とりあえずが女とどうこうする気はない、ってわかって俺もクラピカも安心する。
じゃあさっきの部屋はあの女に渡してきたってことだよな。

「なーなー、だったら俺たちの部屋に来れば?」
「…キルアの?」
「そ。ゴンと一緒」
「……そうだな、その方が私も安心だ」

よし、クラピカもこう言ってることだし連行。
放っとくとまた別の女引っかけてくるかもしれないから、ここは譲れない。
俺が腕を引くと、困ったような気配はあるけど振り払わない
こいつは本当に俺に甘い。多分、クラピカにも甘い。

そして俺たちは、それに甘えてる。








!ゴンが釣りやらせてくれるってさ、一緒にやろうぜ!」
「釣りか…」

せっかく海もあるからと、釣竿を使わせてくれたゴン。
すっげーよな、本当にあんなので魚を釣れちゃうんだぜ!ひょいっと!
俺も大物釣ってやるぜ、と意気込んでるとが宿代を払い終えて歩いてきた。
だから一緒にやらないかって誘ったんだけど。

「後でそっちに合流するよ」
「なんだよ、どっか行くのか?」
「もう少し財宝調べてくる。俺の探してるものの手がかりもあるかもしれない」
「探してるもの…?」
「呪いの石版」
「は、何のためにそんなもん」

そんなオカルト趣味あったっけ?と不思議に思う。
俺が首を傾げると、はなんともいえない表情で瞳だけをわずかに揺らした。

「俺の故郷の手がかりかもしれないんだ」

そう言われて、一瞬言葉が出てこなかった。

の故郷。詳しく聞いたことはないけど、もうそれは存在しないらしい。
家族も友達もいなくて、それで裏社会に入ることになった……んだった気がする。
どんな形で故郷をなくしたのかは知らない。がそれをどう感じているのかも。

気まずい沈黙が流れそうになるけど、はいつも通りの淡々とした顔で。
荷物見ておいてくれ、とだけ言い残して難破船の方へ行ってしまった。

「キルア、は?」
「…なんか財宝まだ調べるって」
「そうなんだ。はい、キルアの番だよ」
「おう。………ゴン」
「んー?」
「餌、つけてくれ」
「ただの虫じゃない」
「気色悪いんだって!なんでこんなもん触れんだよお前!」
「えー…心臓わしづかむキルアの方がすごいのに」

のことは気になるけど、後で来るって言ってたし。
荷物も任されたから、俺はここであいつの帰りを待ってよう。

大物釣って、驚かせてやるぜ!







けど結局、夕方になってもあいつは来なくて。
釣りどころか探検まで終えた俺たちはすることがなくなった。
まったく何してんだよ、あいつ。釣った魚、取っておいてあんのにさー。

「やっぱ俺、呼びに行ってくる」
「うん。じゃあ俺はの分の魚、焼いちゃうね」
「おう」

本とか読むと熱中して夜中まで、とか昔あったもんな。
今回もそれと同じで宝探しに没頭して時間を忘れてるのかもしれない。
そう思って難破船がごろごろしてる海辺をひょいひょいと歩いていく。
海に夕日が反射して、まるで海そのものが燃えてるみたいな色。
血のようで、でもそれよりもあったかい不思議な色。

そういや海なんてもんをじっくり見るの、久々かも。
子供の頃は(いまも子供とか言ったら殺す)家から出るのは仕事関係だけで。
自由に外で過ごせたのは天空闘技場でと過ごしたあの二年。

世界にはあんなに色んな色があるんだ、ってことを教えてくれた。
俺よりも強いヤツはごろごろいて、悔しさとかもどかしさを感じたときでもある。
家族以外に甘えられる相手ができて、暗殺者以外の道に気づかせてくれた。
は俺と会って、何か変わったりしたんだろうか。
こっちにこれだけ影響与えといて、あいつは何も変わってないとかだと腹立つ。

船の残骸を越えていくと、ようやくを発見した。
もう夜になろうとしてる水平線をじっと眺めてる横顔は、少し哀しげで。

多分、他のヤツが見たらいつも通りの淡々とした顔に見えるだろうけど。
長く一緒にいた俺には、あいつの表情の変化は少しだけわかりやすい。
あの目は、何かを思い出してたり痛みを堪えてるときの顔だ。
ああいう顔をがしていると、俺はどうしたらいいのかわからなくなる。
思わず足を止めた俺の耳に、あいつの静かな声が潮風にのって流れてきた。

「………故郷か。懐かしいかどうかも、もうわからないな」

故郷の手がかりは、見つかったんだろうか。
何も手にしてないってことは、見つからなかったのかもしれない。
やっぱり、故郷を失ったことはあいつに何かしらの傷を残してるんだろうか。
いまにも消えてしまいそうな横顔を見てられなくて。
俺はわざと音を立てて一歩を踏み出した。

!」
「…キルア?」
「おっせーよ!もう釣り終わった」
「……あぁ……ごめん」

いま思い出した、といわんばかりの顔で。
まだぼんやりしてるらしいの横まで移動して、軽くタックル。
怒るでもなく、むしろ当然というようには俺のことを受け止めた。
ったく、子供を心配させるなよな大人のくせに。

「何してたんだよ?探し物見つかったのか」
「…いや、なかった。…あまりに数多いから全部は確認してないけど」
「ふーん」
「あまり期待はしてなかったし。そろそろ戻る」

ぽんぽん、と俺の頭を撫でて腰を上げたはすっかりいつもの顔。
不意にどこか遠くに行ってしまいそうになるこいつの腕を、俺はいつも引っ張る。

「ゴンがいま魚焼いてる。丸焼きは気色悪いと思ったけど、うまくてびっくりした」
「釣ったばかりなら新鮮だろうから。キルアが釣ったのか?」
「そ。大物だからたらふく食えよ」
「楽しみだ」

そう笑う焦げ茶の瞳は、いまは俺をちゃんと見てる。
ほっと安心して、ゴンが待つ場所へ俺はの手を引いたまま駆け出した。
急に走るな、と追いかけてくる声がくすぐったくて。
同時に、安心もした。






キルアはどうしても彼をシリアス設定にしたいらしい。

[2012年 3月 31日]