第115話

目が覚めたら、もうすっかり日が昇ってて。
ゴンもキルアも部屋にはいなくて、というか周辺にひとの気配が全くない。
ぼんやりしながら身体を起こして適当に着替えを済ませる。
それから部屋を出るけど、やっぱり周囲は閑散としていて。
他の受験生も近くにはいないらしかった。

………まあ、そうだよな。飛行船がいなくなって昨夜は大騒ぎだったんだろうし。
取り残された受験生たちはそれぞれ行動してるんだろう。
そんな中で寝てるって何してんだろうな俺!でも眠かったんだよ!

ハンター試験が始まってから、やっぱり落ち着いて眠るってことはできなくて。
ヒソカとかイルミが同じ場所にいるし、他の受験生たちだって怖い。
キルアやゴンたちといると別の意味で疲れたりもするし(子供の体力は無尽蔵だ)
だからようやく熟睡できた俺はだいぶ頭がすっきりしていた。
んー、外の風を受けたいな。甲板に出てみるか。

通路を抜けて外に出ると、俺の頬を撫でる潮風。おー、良い天気だ。
空も海も青くて、海面が光を反射してきらきらと輝いてる。行楽日和だよなぁ。
難破船の探索でもまたしてみるかな。明るい時間の方が見落としがないだろうし。
あー、でもこのまま海眺めてんのも気持ち良いかも。ラジオ体操とかしたい感じだ。

……つーか呑気に過ごしすぎじゃね?俺。
えーと記憶が曖昧だけど、確か軍艦島って最終的に大嵐の中脱出するんだったよな。
受験生たちがそれぞれ協力して頑張る、って話だった気がするけど。
クラピカたちと合流するべきだよなぁ…でもいまさら顔出すのも後ろ暗いというか。
こんな時間まで寝こけてた、とか恥ずかしすぎないか、俺。
何か土産でも持参するか。あ、そうだ。皆作業に集中してるだろうから、魚でも獲るか。
食事の準備をする人間いなさそうだもんな、よしそれがいい。

というわけで難破船たちが眠る海の方へひょいひょいと移動していく。
浅瀬に見えてそう浅くもない場所であるため、けっこう普通に魚がいるんだなーこの辺り。
じーちゃんに叩き込まれたサバイバル能力のおかげで、釣りはそれなりにできる。
ま、ゴンのレベルには及ばないけどな。

「………っと、こんな感じでしばらく時間を置くか」

一匹一匹釣ってたらいつまでも終わらないから、数か所に罠を仕掛けておく。
難破船がそれぞれいい感じに転がっててくれるから、仕掛けをつけやすい。
その仕掛け自体も、難破船の中にあったものや部品を再利用。
さーて、じゃあ罠に獲物がかかるのを待つ間どうすっかな。また探索でもするか?
船の残骸から残骸へ飛び移っていくと、俺の進行方向に人影が。

………ヒソカじゃねえか。
難破船のひとつに座り込んで何してんだ?

あ、トランプタワー作ってる。ホント好きだな。
昨日は自室でやってたけど今度は野外で。風が吹くし、タワー完成させるのムズイんじゃ。
………あーあ、やっぱりタワー崩れた。トランプの扱いは難しいもんな。
ん?なんか肩さすってる。そういえばトリックタワーで怪我したんだっけ?
うー、さすがに全部の流れを覚えてるわけじゃないからなぁ。

「そんなところに立ってないで、こっちに来たらどうだい?
「………」

かなーり距離あけてたはずなのに気ヅカレタ。
くそう、本当に気配に敏感だよな。なんだその気持ち悪い精密なセンサー。
ここで逃げても背中から襲われそうだから、俺は渋々ヒソカのいる船に飛び移った。
トランプタワーを作ってるヒソカって基本静かで、戦闘モードに入ることは少ない。
それに肩の調子がおかしいせいか、いまはオーラを抑えてる気がする。
「絶」を使うと、体内にオーラが留まって回復が早まるんだってさ。

「君にはやっぱりバレちゃうね」
「……三次試験か」
「ウン。面白い得物を使うのがいたんだけど、それだけだったヨ」
「お前に一太刀浴びせられるだけでも十分だろ」
「クックック、君にそう言ってもらえるのは嬉しいねぇ。君からの攻撃なら、いくらでも受け止めてみたいところだ」
「………………俺の方が遠慮させてもらう」
「残念」

語尾にハートマークつけるような言い方はヤメロ!!
ああもう、本当にただ会話してるだけでも鳥肌立ってくるよなこいつ。
ハンターの漫画にはなくてはならない存在だけど、リアルで対面はしたくないヤツだ。
キャラクターとしては俺だって好きだったけどさ。それは二次元という違う世界の中だったから。

……そういえばこの場合って、俺が二次元に来たってことになるんだろうか(今更)

「ここで何してんの」

横から淡々とした声。
振り返ると海面から顔を出したイルミの姿が。………あっれ!イルミだ!!
ギタラクルじゃない。針つけてんの疲れるとは言ってたから、いまは外してるんだろうか。
針つけないで変形もできるらしいけど。そっちはさらに疲れるとかなんとか。
試験中はずっとギタラクルの顔で通すのかと思ってたから意外だ。まあ、キルアいないしな。

「…お前こそ何してるんだイルミ」
「食糧確保。ヒソカ、あげる」
「アリガト。二人は知り合いかい?」
「俺の仕事仲間。それなりに重宝してるから、に何かしたら殺すよヒソカ」
「嫌だなぁ、そんな勿体ないことするわけないじゃないか」
「仕事に支障が出るのは困るんだよね」

俺のことじゃなくて仕事の心配かイルミ。この薄情もの!いや、知ってたけど!
っていうか、俺のことを純粋に守ろうとしてくれた場合、そっちのが怖い。裏がありそうで。
どういう理由であれヒソカへのストッパーになってくれるのはありがたい、うむ。

イルミはどうやら貝をゲットしてきたらしく。海面から綺麗に飛び上がり船に着地。
そして大量の貝がごろごろと広げられた。うわ、めちゃくちゃ美味そう。

「………醤油が欲しいところだな、あとバター」
「これどうやって食べるんだい?燃やす?」
「こじ開けてそのまま食べればいいんじゃない?」

ああもう勿体ないことすんなよな!!
そりゃ刺身で食べるのも美味いけど!処理もあるし、他の食べ方だって美味いんだぞ!!
生活力ゼロの二人から貝を奪い取って、俺がやるとつい口を出してしまった。
そのときのヒソカとイルミの顔といったら。
きょとん、という表情を浮かべてて。でかいだけの子供、みたいな顔だった。

「そういえばって料理にうるさいよね」
「へえ?」
「お前たちが適当すぎるんだろ。こんなに良い食材前にしてなんでそう」
「「食べられれば同じじゃないか」」
「………いいから黙って待ってろダメンズ」

じーちゃんを思い出させるようなこと言うなよ!!ああもう!!
確かに人間栄養さえとれれば生きていけるよ。それにしたってさ、したって…!
ちょっとした工夫とか味付けや加工の違いでものすっごく美味しく楽しめるのにいぃぃぃ!!

魚を本当に焼いただけで食わせてきたじーちゃんを俺は忘れない。
処理しようぜ、色々と。苦かったよ、マジで。味もそうだけど気持ちも苦かった…。
貝だって砂出しも塩抜きもしないで出されたことあったしさー。
あのじゃりって感じ、食事どころじゃない。そして…めちゃくちゃしょっぱい。
塩抜きをちゃんとしたって残るんだからそこサボるなよ!と思った小学生の俺。
……一般の男より料理にうるさい自覚はあるけど、それはじーちゃんが原因だよな。
あとはちびっ子キルアと過ごした天空闘技場の期間でも鍛えられたか。喜んでほしくて。

新鮮だから味付けは特にしなくてもいいかなー。
あ、でも一応調理場は覗いてくるか。クラピカたちの食事も作るんだし。
水の貯えが少なくなってるはずだから、そこら辺も無駄使いしないようにしないと。

呑気にスピードを始めてるイルミとヒソカを放置して(手が速すぎて見えない)
俺はホテルの方へと足を向けた。






クラピカたちを手伝う気はあんまりないらしい。

[2012年 4月 30日]