第116話

駄目な大人二人に食事をさせてから、俺はホテルの厨房で料理。
罠にびっくりするぐらい魚がかかってさー。異常気象のせいだと思うんだけど。
下ごしらえは終わったから、あとは焼くだけ。味付けは塩でいいよな、新鮮だし。

「………っと?」

がたがた、と船全体が揺れた。
地震のようなそれは、強い何かが軍艦に叩きつけられているかのようで。
いよいよきたか、と廊下に出て外を確認する。

昼間はあんなに晴れてたのに、日も落ちたいま、空は黒雲に覆われてる。
海面から巨大な竜巻が空へと昇っているのが見えた。難破船が強風で揺れている。
窓を叩く風は強く、下手をするとガラスが割られてしまいそうなほど。
台風とかそういうレベルじゃない。海面も驚くほど上昇してて、ホテルまで到達しそうだ。
でもこれはまだほんの序の口。えーと確かもっとヤバイのがもう一回くるんだよな?
その前にこの軍艦を使って海へ脱出しないといけないんだったはず。

よーし、ちょうどいい感じに焼けてる。
厨房に戻った俺は焼けた魚を大きな皿にのせてブリッジに向かう。多分皆そこにいる。
かなり無造作に積み上げちゃったけど、まあ勘弁してもらおう。

まだ嵐は続いてる。がたがたと揺れる船内を歩くのはちょっとしたホラーだ。
こんな中ヒソカがぬぼーっと出てきたら、俺悲鳴上げる自信がある。
ま、ヒソカはイルミと外で眺めてるとか言ってたから心配ないだろうけど。
この嵐の中、外にいようとするなんてホント危険なヤツらだよな。
ようやくブリッジに続く扉の前まで到着すると、中からがちゃと開いた。

「あ、だ!」
「お前いままで何してたんだよ!」

ゴンとキルアがひょっこりと顔を出す。…なんかゴン、髪に塩ついてっけど。
タオル首に下げてるってことは…あ、誰か助けようとして海に飛び込んだんだっけ?
両手それぞれに大皿を持った俺は二人に道を開けてもらって中へ。
目を丸くしてるクラピカに差し入れだと焼き魚を提供。

「この量を…お前がひとりで?」
「罠を使えば大して労力もいらない。いまのうちに栄養補給しておけ」
「ありがてぇ!しかもかなりうまそうじゃねぇか」

レオリオがきらきらと顔を輝かせて一番に飛びついた。
その次にゴンとキルア。そして緊張感がないな、と苦笑しながらクラピカも。
ハンゾーはひとが出した料理を食べないから、壁に寄りかかって待機。
でも他のメンバーは皆それぞれ手にとってくれた。…ていうかお腹空いてたんだろうな。
飛行船が飛び立って一日、ほとんどろくに食べてなかったんだろうし。

俺は調理中に味見したし、ヒソカたちとも食べたからお腹は減ってない。
あっという間に消費されていく魚の山を感心しながら眺めるだけだ。

「あんたがこういうことに協力するとは思わなかったぜ」

ぼーっとしてたらいつの間にか隣にハゲ…じゃない、ハンゾー。
お、俺だって出来ることは頑張るよ!別にサボってたわけじゃないよ!
……いや、寝こけてたから十分サボってたことになるんだろうけど。

「…俺なりのやり方で、手伝おうと思っただけだ」
「ま、ありがたい。おかげで連中の戦意も戻ってきたみたいだしな」
「この後はどう動くか決まってるのか」
「ゼビル島へ向けて動く。ここから一日もかからないらしい」
「…そうか」
「しかし、この荒れ具合じゃそう簡単に…」
「風は止んだな」
「ん?あ、そういや静かになったな」

さっきまでがたがたとうるさかった窓が、いまは静かになってる。
他の受験生たちも気づいたのか外へと顔を出した。
あんなに厚い雲に覆われていたはずの空は、星が瞬いている。
海面も穏やかなものになっていて、先ほどまでの光景は幻であったかのようだ。
だけど、随分と上昇した水位があれは夢でもなんでもないと教えている。

皆がそれぞれ外を確認してる間に、俺は片づけ。
…すげー、あんなにあったのに短時間で全部なくなってるよ。

「見ろ!潮が引き始めたぞ」
「ふー…やれやれ」

どうやら一難は去ったらしい。
ちょっとだけ安心した様子のレオリオとトンパの声が聞こえてきた。
だけど緊張を帯びたクラピカの声が二人の油断を止める。

「落ち着いている場合ではない。二十四時間後、第二波がくる。しかも今度は」

もっと被害は大きくなる。
恐らく、この海域から軍艦島そのものが消えてしまうほどのもの。
第二波がくるまでに脱出できなければ、皆そろって海の藻屑になるわけだ。
レオリオとトンパが青褪める。あの二人は表情の変化が忙しいよなぁ。

「クラピカ」
「…?」

ぽん、とクラピカの細い肩に手を置く。
振り返ったその目は少し充血してて、疲労がよくわかる。
両手で強く握ってるのはここに残されてた航海日誌だろう。何度も読みこんでいるに違いない。
その集中力はすごいと思うんだけどさ、没頭しすぎるのはクラピカの悪い癖だよな。
…いや、俺も没頭すると周りが見えなくなるからひとのこと言えないんだけど。

「とりあえず少し寝ろ」
「しかし」
「潮が引くまでは動けない。ならその間は休め。疲れてると判断力が鈍る」

頑張ってテスト勉強したのに、睡眠不足で当日まともに頭が動かなかった。
…なーんてこともあるんだから。今回はそんなスケールの話でもないけどさ!
でも睡眠は大事だ。睡眠不足だと頭回らない上に気持ちも不安定になったりする。
だからじーちゃんは遺跡発掘の前は何があろうと九時には就寝してた。

そういえば大学受験のとき。
いつまで起きてる気じゃバカモン!と強制的に眠らされたっけな……拳で。
あれは気絶させられた、ともいう。しかもまだ八時だったよじーちゃん…。
おかげで受験も無事に合格したけども。気が付けば翌日の朝だった俺の動揺をわかってほしい。
でも寝ようとしない相手の場合は有効なのかもなー。というわけで。

「…眠れないなら、無理やりにでも俺が寝かせるぞ」
「な」
「寝とけ、寝とけ」
「レオリオ」
の言う通り、睡眠不足は頭が回らなくなる。お前は考えるのが仕事なんだから、ちゃんといまは休ませておけ。医者の卵からの意見だ」

ちょっとだけ真面目な声音で言うレオリオはかっこいい。
それでいよいよ観念したのか、クラピカは肩の力を抜いた。

「…そうだな、すまない。潮が引いたら教えてくれ」
「りょーかい」
「クラピカ」
?」
「その日誌、貸せ」

下手に持ってると寝ながら読みそうだもんな。
俺が手を出すと、少し躊躇った後でクラピカは日誌を渡してくれた。
でもあんま遠くにこれ持ってくと落ち着かないだろうから、クラピカの傍で読ませてもらう。
腰を下ろしたクラピカの横にとりあえず日誌を置いて、ひとまず皿を片付けに。
あ、厨房も水浸しだったらどうしよう。やっぱ後でいいか、とりあえずブリッジの外に皿置いて。
……なんか出前とった後の玄関みたいになってるけどいいや。

クラピカの隣に戻って腰を下ろす。俺も日誌を見てみようと開いた。
……古いし豪快な文字のおかげで読みにくい。ハンター文字に慣れてきたとはいえ。
これ書いたの男だよな、きっと。あーもう手書きって個性的で難しい。

とん、と肩に振動を感じたと思ったらクラピカの金髪が視界に入った。
どうやら俺の肩に寄りかかってしまったらしい。寝ると体勢真っ直ぐに保つの難しいもんな。
今日一日、頭フル回転で頑張ったんだろうし、いまはゆっくり休めよー。
髪を撫でてみるとさらっさらの髪。く、くそう、美人な上にこの髪質はどうしたことだ。
そうしてると、今度は膝にごろりと何かが乗ってくる。え、と視線を落とせば。

「…キルア?」
「床じゃかてーんだもん。枕代わり」
「お前な…」

野宿とか全然平気だろうが!この甘えん坊のお坊ちゃまめ。
…まあいい、可愛いから許してやろう。ゴンは笑いながらキルアの隣で体育座り。
あー主人公組に囲まれてると緊張するけど安心もする。ヒソカとイルミに囲まれなくて済むし!

ぱらぱらと日誌をめくりながら、肩と膝には温もり。
ちょっと重いんだけど、眠気を誘う温もりでもあって。
いや、でも俺は今日遠慮なく爆睡してたからな、大人として起きてるべきだろう。
何か重要な情報でもつかんでおかないと、と日誌を読み進めていく。
レオリオは外でポックルたちと水位の変化を見守ってるみたいだった。

そうしてようやく潮が引いたのは、四時間後のこと。

第二波襲来まで、残り二十時間を切っていた。





ようやくクラピカたちと合流です。

[2012年 5月 2日]