第117話

迎えた夜明け。潮はすっかり引いて、俺たちは甲板に出た。
波は静かで、水平線の向こうは朝の光をすでに滲ませていて、綺麗な光景。
なんだけど。

「第二波まで、あと二十時間もねぇ」
「つまりそれが我々に残された時間というわけか」
「それ以上ここにとどまれば、死あるのみ」
「それまでになんとか、自力でゼビル島まで行くしかない」

それができなければ、軍艦島と一緒に俺たちは海に沈むことになる。
とはいえ、どうやってゼビル島まで行けばいいのか。
空からも、海からも脱出は不可能。いまは静かに見えるけど、異常気象は続いてるんだ。
気球を使って脱出しようとしたアモリ三兄弟は失敗しているし、船で出た受験生たちも渦潮に呑まれたのをクラピカたちは見たという。
あの潮を乗り切れる船があるのかどうか、と悩むクラピカたちに明るい声が響いた。

「船ならあるよ!」
「…ゴン?」

顔を上げると、ホテル軍艦島の物見から笑顔で手を振るゴンの姿。

「この船があるじゃない!」

そう、いま俺たちが立っているこのホテル。
軍艦として過去使用されていた船は、確かに強い推進力と強度を持っているのかもしれない。

とはいっても船はかなり古い。
軍艦の艦首部は島に突き刺さり固定されているような状態だ。
しかも船としては何年、何十年と使用されていない。
エンジンは一応生きてるらしいから、動力はなんとかなるんだろうけど。

「発想の転換ってヤツだな」

艦橋に移動したハンゾーは、にやりと楽しげに笑った。

「城から逃げるんじゃなくて、城ごと移動する。…間違いない、これがこの試験の答えって気がするぜ。なあ?
「……他に方法があるとは思えないな」

っていうか、なんで俺に振るんだハンゾー。ここはクラピカに聞くところだろ。
俺はアニメを見てたから、この軍艦を動かすことになるのは知ってる。
……むしろその方法しか知らないわけで。

動かせるかどうか、まずこの船の状態を確認しようと。
受験生たちがそれぞれに動き出した。

俺はどうするかなーと歩き出す。ゴンとキルアは探検とばかりに駆け出していた。
ちびっ子たちはどんなときでも元気だよなー。生死かかってるってのに。
えーと、効率としては他の奴等が見てないところを確認に行った方がいいよな。
気配を探りながら、あんまり人の気配のしない区画に移動してみる。

…って、ホテルの宿泊スペースに来ちゃったよ。
俺たちが寝泊りしてた場所。そうだよな、この辺りは皆見向きもしないよな。

支配人の夫婦が使ってた部屋に顔を出してみると、俺たちが提出した宝が積まれてる。
あ、そうだ。提出したイヤリング持ってこうかな。このままだと水没しちゃうんだし。
クロロが興味持ってたから、土産に持ってこう。
直接触らないように気をつけて、ポケットにしまう。よし、これでOK。

「………何か関係のありそうな資料」

支配人なんだから、軍艦に関しての資料とかあってもおかしくないよな。
船の動力をどんな風にしてホテルの電力として使ってたのかとか。
多分、マニュアルみたいなものがあると思うんだけど。
発掘作業なら任せろ、ってわけじゃないけど…まあ資料探しは得意だ。
考古学を学ぼうとしてたって理由もあるが、大半はじーちゃんが資料の山をすぐつくるせい。
………こうして考えると、俺の現在の素行って基本じーちゃんによって形成されてるよな。

お、なんか大事そうにファイルに入った資料発見。
軍艦の見取り図だ。これはけっこう役に立つんじゃないか、と引出しの奥を漁る。
うーん?なんか分厚そうな本がある。…と、俺はファイルを肩にとんと置きながら屈む。
すると、肩に置いたファイルが後ろからひょいと引き抜かれた。

だ、誰かいらっしゃるん?気配全然なかったんですけど!
引出しの奥にあった本を引っ張り出して後ろを振り返ると、光り輝く頭…失礼。
今回のリーダーであるハンゾーがそこには立っていた。

「なかなかの掘り出し物だな。そっちの本は?随分と古そうだが」
「…………操縦のマニュアルだな」
「でかした!」

ぱらぱらと中を確認してみると、色んな図解と共に細かい操縦方法が。
動力系統の説明もあるし、砲撃方法や単純に舵の取り方とかまで書いてある。
こんだけ大きい船を動かすんだから、かなり大変なんだろうなぁ。
操縦席さっき見たけど、俺にはさっぱりだったよ。車とは訳が違う。

「そういえば、あんた昨日は何してたんだ?44番に針男と一緒にいただろ」
「………食事してただけだ」
「あいつらと知り合いか?」
「顔を知ってる、って程度で別に親しいわけじゃない」

貝パーティを見られてたのか、サボってる現場を発見されたみたいで気まずいぞ俺。
ヒソカは知り合いという括りには入れたくない、絶対。
イルミ…いまはギタラクルか。あいつは親しいなんて言ったら殺されそうだ。
そういえばあの二人はいまだにサボってんのか。まあ、協力するとか言ったら驚くけど。
っていうか他の受験生が怯えるから、ぜひとも大人しくしていてほしいところだ。

「あんたも不思議なヤツだよな。人懐っこいのかそうでないのかわからん」
「……ひとは嫌いじゃない。怖いと思うときはあるけど」

基本人見知りなんだよ、でも良いひとがたくさんいるのは知ってるよ!
だけど俺が小心者だから、自分から声かけられないんだけなんだよ悪かったな!
ハンゾーは逆にすごい気さくだよなー。受験中でピリピリしてる他のメンバーとは違う。
やっぱあれか、忍者としての訓練を受けてるから余裕なのか。…ふっ、俺も欲しいぜ余裕。

「怖い、ね。そう言いながら嫌いにならないんだ、良いヤツだなあんた」
「………だ」
「俺はハンゾー。あんたとは仲良くやれそうだ。よろしく頼むぜ、

そう笑って手を差し出してくれるハンゾー。…ヤバイ、良いひとだ。
人見知りの俺に気遣ってくれるなんて、裏稼業の人間なのに優しすぎる。
こうして会話してて緊張せずに済む、貴重な人材だ。

握手をかわした俺たちは、その後も一緒に探索。
集合時間になるまで、他に情報はないかとうろうろすることに。

「お!ジャポンの料理好きなのか!わかってるな」
「せっかくだから、メンチの作った寿司を食べてみたかった」
「いくら美食ハンターとはいえ、そう簡単に作れるもんでもねえだろ」
「………二次試験でハンゾーが似たようなこと言われてたような」
「そうだったか?覚えてないな」

そんな、料理談義で盛り上がりつつ。






お、意外にハンゾーのターンでした。

[2012年 5月 27日]