第117話―ハンゾー視点

三次試験をクリアして、海の広がるホテルで休息。
かと思いきや、俺たち受験生を置いて飛び立った飛行船にやってくれるぜと溜め息。
ま、ハンター試験で休めることがあるとは思ってなかったが。
こっちの予想してないことをするのが好きだよな、ハンター協会のヤツら。

次の試験会場はゼビル島。そこまで自力で辿り着け、ってことなんだろう。
船ならごろごろしてるから楽かと思いきや、海では異常気象が起こってやがる。
受験生がバラバラに行動しても切り抜けることは難しそうだ。

ハンター試験合格を目指すライバル。
そんな連中が集まって力を貸す、ってのはけっこう厳しいところがある。
俺は抵抗がないが、それぞれ実力者で下手に借りを作ることを好まない連中ばかりだ。
クラピカのように話の分かるヤツばかりじゃない。
勝手に動き出して自滅してる受験生もかなりの数いた。
あとは、どこにいるんだかわからない受験生もいる。44番や、顔面針だらけのヤツはともかく。

「おいクラピカ。350番はどんな男なんだ?」
「…なぜ私に聞く」
「さっき、外で44番たちと一緒にいるのを見た」
「44番…ヒソカか」

そう、俺たちが脱出のために情報を集めばたばたしてるとき。
海で男三人が集まってるのを俺は見つけていた。
かなりヤバイ殺気をいつもまとってる44番。あからさまに怪しい針男。

そして俺が測りかねているのが、350番の男だ。

44番と近い空気、つまりは完全に闇の世界に生きる者の目をしてる。
だっていうのに、クラピカたちとよく一緒に行動しているのを見かけた。
まあ、キルアは裏の世界の住人の匂いがするからわからないでもないが。

がどんな背景を持っているか、私も詳しくは知らない。それは些細なことだ」
「ほう?」
「私にとっては、彼がしてくれたことにこそ意味がある」

そう言うとクラピカは航海日誌を熟読することに意識を戻した。
けっこう正邪に厳しい印象のあるクラピカが、ここまで言うってのは相当だろう。
それほどのことを、あの男はクラピカにしたってことか。
他人に興味がなさそうでそうでもない、不思議なヤツらしい。

その後も、大量の焼き魚を手に現れたり。
クラピカに肩を、キルアに膝を貸してたり。……本当に印象と違うヤツだと思う。
空気はすごく柔らかくなってたから、あいつらには気を許してるってことなのかもしれない。






このまま軍艦島にいれば、いずれ海の藻屑になる。
それが発覚した俺たちは、この島を脱出するための方法を求めて再び情報収集。
凄まじい嵐と海面の上昇。再びそれがやってくるまで、あと二十時間を切ってる。
これはちょっと真剣にやらないとヤバイな。

海域を抜ける方法は恐らくひとつだけ。この軍艦を動かすしかない。
実際に動かせるかどうかの確認と、動かすための問題点を洗い出す作業に入る。
本当に動かせるのか不安がってるヤツも多くいたが、他に方法はない。
クラピカはさっさと作業に入ったし、ゴンやキルアも楽しげに動き出す。
そうなると疑い半分のレオリオやトンパも動くしかないようだった。
に意見を確認してみると、ヤツもこれしか方法はないだろうと俺たちと同じ考え。

そう言いながらも、焦った様子がない。
俺たちとは別の次元から状況を見ているような視線に、空恐ろしさを感じる。
緊急事態になっても姿を現さない44番たちと共通する部分だ。

とりあえず、船を動かすための情報を集める作業を開始。
これだけ大きな船だ、普通の船を操縦するのとは訳が違う。
そもそもエンジンが生きているとして、動力として働くのかは別問題だ。
軍艦の船首は岸壁に突っ込んでるから、それを抜く作業もしないとならない。
ホテルとして改造されてる船の内部がどういう構成になってるのか、確認できるものが欲しい。

そうして俺がうろうろしていると、のんびり歩くを見つけた。
向かう先はホテルになってる宿泊スペース。
ヤツは散歩でもしてるような気楽さで、そのまま支配人たちが使ってた部屋に入った。
俺も一度は入ったが、もう一度確認しようかと思ってた場所だ。

続いて俺も入ると、こっちに気づいてるだろうに振り返りもせず資料を漁ってる
足音や物音を立てずに動くのは忍びとして訓練されて身に着いたもの。
気配を断って近づくことを、裏の住人は嫌がる者も多いが。こいつは気にしないらしい。
背後に立った俺に、見つけたファイルを肩越しに差し出してきた。
受け取って中を確認してみると、まさに船の見取り図がその中にはあった。

「なかなかの掘り出し物だな。そっちの本は?随分と古そうだが」
「…………操縦のマニュアルだな」
「でかした!」

俺が欲しかったものを見つけちまうなんて、さすがだぜ。
意外に協力的なんだよな、この男。昨日は単独行動が好きなのかと思ってたが。

「そういえば、あんた昨日は何してたんだ?44番に針男と一緒にいただろ」
「………食事してただけだ」

あの状況で食事。

「あいつらと知り合いか?」
「顔を知ってる、って程度で別に親しいわけじゃない」

そうは言うが、44番たちが当たり前のように傍にいたのは普通の状態じゃない。
あいつらは特殊だ。絶対に近づいてはいけないタイプの人間。
圧倒的な力と、常人とは違う感覚を有していて、危険そのもの。俺の勘がそう告げてる。
………なのにこの男に関しては、勘がいまいち働かない。

危険な匂いがするかと思いきや、それほど警戒する必要もないような。
信頼してもいいんじゃないか、と感じさせる何かがある。

「あんたも不思議なヤツだよな。人懐っこいのかそうでないのかわからん」
「……ひとは嫌いじゃない。怖いと思うときはあるけど」

そう言って焦げ茶の瞳が逸らされた。
確かに、俺も人間ってのは嫌いじゃない。だが人間の暗部に触れることの多い仕事だ。
ここまで人間ってやつは残酷や非道になれるのか、って現場を見ることはしょっちゅう。
沢山の醜い部分をこいつも見てきたんだろう。それでも。

「怖い、ね。そう言いながら嫌いにならないんだ、良いヤツだなあんた」
「………だ」

お、名乗った。少しは俺のことも信用してくれてんのか。

「俺はハンゾー。あんたとは仲良くやれそうだ。よろしく頼むぜ、

手を差し出してみると、少し間を置いて握り返してきた。
因果な世界にいる俺たちだが、だからこそ理解できる部分もある。
頼れるヤツが増えるのは喜ばしいことだ、と探索作業を再開。
せっかく当人がいるんだ、疑問に思ったことを色々と確認していくうちに。

別の共通点が発見された。

「お!ジャポンの料理好きなのか!わかってるな」
「せっかくだから、メンチの作った寿司を食べてみたかった」
「いくら美食ハンターとはいえ、そう簡単に作れるもんでもねえだろ」
「………二次試験でハンゾーが似たようなこと言われてたような」
「そうだったか?覚えてないな」

俺の故郷の料理を気に入ってるらしいと。
ジャポン料理について語り合うことになった。





どうやらハンゾーの勘は主人公が実はヘタレであることを感じ取っているらしい。

[2012年 5月 28日]