第121話

ゼビル島に入って、数日。
俺は今日も「絶」で気配を殺して身を潜めております。

他の受験生とすれ違うこともなく。そもそも姿も見かけない。
このままだとプレートをゲットできず不合格になるわけだが、それはそれでいいかなーと。
最終試験を見るのも辛いし…いやでもここまで来たら、合格したい気も。
そんな葛藤を繰り広げていたわけだけど。

持参した干し芋を噛みつつ、水場へと移動。
ここの水、綺麗で美味しいんだよな、びっくりした。
下手をすると腹を壊す場合もあるんだけど、ゼビル島は自然環境がだいぶ良い。
受験生がここで一週間を過ごすわけだから、ちゃんと考えて場所を決定してるんだろう。
…ま、多少の水なら俺のお腹は平気だけど。
じーちゃんに鍛えられたし、ゴミ山での経験も役に立ってくれてる。

こうやって動くのは夜だけ。普通なら夜は危険、って印象があるけど。
逆に昼間の方が、日の光があるから俺が動くと目立つ。夜は闇に紛れられる。
…まあ、ヒソカとか旅団レベルになっちゃうと暗かろうと関係ないんだろうけどさ。
俺も日の光が差さないゴミ山生活のおかげで、暗い場所での活動は問題ない。

「………鳥が」

夜なのに、鳥たちが不意に寝床から羽ばたいていったぞ。
あれ、鳥って基本的には夜は飛べないんじゃなかったっけ?目が見えなくて。
しかも逃げるように飛んで……………。

「…………っ…」

ぶわっと、すごい勢いで鳥肌が全身を覆う。
気持ち悪い、悪寒がする、背筋がぞわぞわとして、後ろから迫る何かを感じた。

ヤバイ、振り返っちゃいけない、これは本当にマズイ気がする。

振り返るなと頭では思うのに、身体は勝手にくるりと反転してて。
緊張で揺れる視界にとらえたのは、小柄な男。恐らく、受験生のひとり。
高い位置で髪をひとつに結んだ、マントっぽいものを着た………いや、こいつじゃない。
弱くはなさそうだけど、こんな異様な気配を持ってるようには見えない。
だってこのヤバさは…!!

闇が、動いたかと思った。
俺たちを包んでいた暗闇がひとつの影になって、そして最初に見えたのは三日月。
それが笑った口なんだと認識する頃には、小柄な男も後方を振り返った。
ヒソカ、と男が呼んだ気がする。そして得物である刀を構え、影に立ち向かおうとした。

それら全部を、俺は動くこともできず見ているだけ。
凄まじい殺気と狂喜とオーラが、俺の足を縫いとめてたんだ。

狂ったように笑う化け物が、目の前の男を一瞬で屠る。
闇夜の中で、黒く見える血飛沫が上がった。
と同時に、白く細い光が走ったように見えて、俺は我に返る。
光が差した方向へ目を向けると、必死の形相をしたゴンがいて。
手にしていた竿を持ち上げ、回収した釣り糸の先にはナンバープレートが。

ヒソカもそれに気づいたんだろう、ゴンの方をぼんやりと見て。
それから、笑った。

「…!!」

一歩を踏み出したヒソカに、ゴンはすぐさま森の中へ逃げ込む。
でももうヒソカから殺気は消えていて、むしろどこかすっきりしてる様子だ。
清々しい顔で森に入っていこうとするヒソカに、俺は思わず口を開く。

「ヒソカ」
「…ん?あぁ、もいたのかい」

って気づかれてなかったー!!?つか眼中になかった感じですか…!!
恐らくさっきまでのヒソカは殺人衝動にかられてたんだろう。
だから目に入った対象をただ殺した。それ以外は目に入ってなかったということか。
…よかった、真っ先に俺が目に入ったわけじゃなくてよかった…!

「今回の試験は豊作だねぇ、誰も彼もがどんどん成長していくよ」

あ、でも笑顔は相変わらず不気味でキモチワルイ。
思わず顔を逸らすと、ヒソカは肩をすくめて森の中に入っていく。

………ヒソカさん、この男からプレート取らなくていいんすか。
いらないなら俺がもらっちゃうぞ、亡くなったひとから奪うのすごく気が引けるけど。
とりあえずプレートを探してみるけど、281番か。俺のターゲットとは違うな。
これはヒソカに渡すべきだろうか。…っていうかゴンこれから大変じゃなかったけ?
あれ、毒矢とか受けるんだっけ、しまった忘れてた!追いかけないと!

慌てて立ち上がってゴンとヒソカが消えた方向を睨む。
うおー、どうしよう、できるならヒソカには近づきたくないんだけどプレートが!
ここで渡さなくたってヒソカはまた別の受験生からプレートを奪うだろう。
でもそうすると被害者がさらに増えるという結果に……。ゴンだって心配だ、うん。

嫌だけど、怖いけど、追いかけるしかない。
そう決めて一歩を踏み出した俺の前に、突然また影が現れた。
え!?とびっくりして瞬きを止めた俺が見たのは、迫る鈍器。

うおおおおお、あぶねー!!
仰け反って回避した俺は、そのままバク転…しようとしたんだけど。
ガスッ、と足で何かを蹴った音が…って引っ掛かってこれじゃ転ぶわ!!
なんとか勢いつけて身体を回転させようとすると、足に引っ掛かったものも巻き込んで。
無事に着地できたと思ったら、同時に足の下にどしんと倒れる何か。
って、いやああああああ、人じゃないかあああああ!!

………落ち着け、俺。多分こいつ、俺を襲ってきた受験生だ。
まさかのバク転に巻き込まれて地面に頭を打ち付ける、というだいぶドジな…。
脳震盪を起こしてるのか、白眼をむいてる。おお、これはチャンスだ。
息を止めて足元の受験生の時間を止める。その間にプレートをいただき!

…結局、俺の標的とは違ってハズレだったんだけど。

息を吸い込んで呼吸を再開するけど、受験生が動く気配はない。うん、気絶してんな。
よし、いまのうちに逃げよう。瞬きをできるだけ止めて、加速!

ヒソカが向かった方に駆けていくと、倒れたゴンとゴンに背中を向けた奇術師を発見。
……あ、もうゴン殴られた後じゃん。ヒソカもけっこう遠慮なく殴るよな、腫れるぞあれ。
俺の気配に気づいたらしく、ヒソカがくるりと振り返って目を細めた。
た、多分笑ってると思うんだけど…うう怖いよう。
できるだけ近づきたくなくて、俺はヒソカから距離を保ったまま。

「………プレート、忘れてる」

とりあえずヒソカが殺したひとのプレートを投げてみる。
それを難なくキャッチして、ヒソカはかわいこぶって首を傾げた。

「わざわざ持ってきてくれたのかい?アリガト」

………うん、どうやらヒソカの衝動はすっかり落ち着いたらしい。
これなら大丈夫そうだ。ゴンが心配だから様子見たいんだけど。
……あ、一応ダメ元で聞いてみようかな。

「ヒソカ」
「ん?」
「80番のプレートだが」
「…あぁ、なんだこれが欲しいの?」

ってヒソカさんが持ってらっしゃるううううぅぅぅぅぅ!!?
あっさりと取り出された80番のプレートに俺は目ん玉飛び出るかと思った。
ぎゃー!!あれ手に入れれば点数分溜まるけど、ヒソカくれるかな…!!
あ、そうだ都合よく俺もうひとつプレート持ってるんだよ。これと交換してもらおう。
ヒソカにとって80番のプレートは標的じゃないから1点。こっちのプレートと同じはず。

「これと交換で」
「どっちにしろ6点になるからボクは構わないよ。いまは気分もいいしね」
「……ゴンのおかげか」
「ウン。良いね、感動しちゃったよ」
「遠慮なく殴って言うことでもないだろう」
「聞き分けがないから、つい。はい、80番のプレート」

びっくりするぐらい躊躇いなくプレートを投げてよこすヒソカ。
俺も持っていたプレートを投げて渡す。よし、これで俺も6点集まった。
…まさかの四次試験合格だ。もちろん、一週間の期限までこれを守らないとだけど。

「じゃね」

本当に機嫌よく笑顔で手を上げて去っていくヒソカ。
気配が完全に遠ざかったのを確認してから、俺はもう安堵の溜め息だ。

さて。
ごめんよゴン、ずっと放置してて。
いま手当するから…!!






主人公を狙っていた名もなき受験生さん、ご愁傷様です(ちーん)

[2012年 6月 11日]