第122話―ゴン視点

ヒソカの殺気はすごくて、すぐにも逃げ出したかった。
恐くて、もうここにもいたくなくて、汗がぶわっと噴き出してしたたる。
でも、駄目だ、と釣竿をぎゅっと握りしめる。

俺のターゲットはヒソカ。
ヒソカからプレートを奪うために、ずっと特訓してきた。
ハンターになるために、この試験は絶対に通過しなきゃいけない。
それに、心の底から怖いと思うのに、どこかで興奮してる自分がいるんだ。
なんだろう、この身体がざわめく感じ。心臓がどくどくと音を立ててる。

怖いのは本当。
でも、このスリルを楽しんでる自分もいるのかもしれない。

ヒソカが標的を見つけたのか、すごい勢いで走り出した。
プレートを奪うには、ヒソカが標的を襲撃するときに俺が動けないと意味がない。
先回りしておかないと何もできないままチャンスを逃すことになる。
慌てて周囲を確認して、見つけた!あのひとだ!
ヒソカと標的がぶつかるであろう場所に先回りする。

男のひともヒソカの接近に気づいたらしく、振り返った。
よし、ここからなら狙える。
俺はただヒソカのプレートにだけ意識を集中させ、釣竿を握り直した。
標的を狙ってヒソカの殺気が膨れ上がった瞬間、釣竿を振る!!

そうして、俺の手の中には。
何度も何度も脳裏の中で描いていた、44番のプレートが収まった。






ヒソカからプレートを奪えた俺だったけど、逆に今度は別の受験生にプレートを奪われた。
そうだ、狩る者であると同時に狩られる者にもなるのがこの試験だったのに。
ヒソカのプレートを奪うことだけしか考えていなかったから、油断してた。
毒矢を受けて痺れる身体を動かそうとしても、全然思うように動いてくれない。
このまま不合格になるなんて、嫌だ。でも。

歯を食いしばる俺の目の前にやって来たのは、ヒソカ。
俺が奪われたプレートと、一度は俺が奪ったヒソカのプレートの二つが目の前に落とされる。
貸しだ、と渡されたプレート。俺の実力でもないのに恵まれるなんて、悔しくて。
いらないと突っぱねようとしたけど、一発殴られておしまい。

…いまの俺じゃ、ヒソカには何もできない。それを思い知らされて。

悔しさとか、情けなさとかごちゃ混ぜで。
口の中に広がる血の味と、倒れた衝撃で入ってきた土の味。
体中が痛いのか、そうでないのかもわからなくなってきた俺の耳に。
静かな声が流れ込んできた。

「………プレート、忘れてる」

ぼんやりとおぼろげな視界の中、誰かの足が見える。
なんとか顔を上げると、黒い髪が夜の闇から浮かび上がってきた。
だ、と俺がようやくわかると同時に白い何かが放られる。
それをキャッチしたヒソカが笑って首を傾げた。

「わざわざ持ってきてくれたのかい?アリガト」

…ひょっとして、さっきヒソカが殺したひとのプレートかな。
ということはさっきもあそこにいたってこと?全然、気づかなかった。

倒れてる俺をちらりと確認した気配を感じたけど、それだけで。
は俺のことを構うこともなく、ここへ来た目的を果たすために口を開いた。
あのヒソカを相手に、いつもと変わらない淡々とした様子で。

「ヒソカ」
「ん?」
「80番のプレートだが」
「…あぁ、なんだこれが欲しいの?」

標的のプレートをヒソカが持っていることを、なぜかは知ってたみたいだ。
80番っていうと…ギタラクルがヒソカに渡したプレート。

「これと交換で」
「どっちにしろ6点になるからボクは構わないよ。いまは気分もいいしね」
「……ゴンのおかげか」
「ウン。良いね、感動しちゃったよ」
「遠慮なく殴って言うことでもないだろう」
「聞き分けがないから、つい。はい、80番のプレート」

にプレートを渡すと、ヒソカは去っていった。
静かな取引が終わって、この場に残ったのは俺とだけ。

それまで何も俺に意識を向けてなかったが、すぐ傍に膝をついた。
首をそっと撫でられる。さっき毒矢を受けた部分だ。
その手が優しかったから、俺は身体の緊張を解く。多分、心配してくれてるんだ。
しばらく傷口の確認をしていたは手を離して、小さく溜め息。

「………もう全身に回ってて手遅れだな」
「………」
「悪い、ゴン。解毒はちょっと間に合わない。自力で回復してもらうしかない」
「だ、いじょ…うぶ……お、れの…ことは…ほうって、おい、て」
「こんな場所じゃ狙われるだろ」

淡々と言ったかと思うと、俺の身体をの腕が抱き上げた。
ゆらゆらと揺れる感覚にどこかに運ばれてるんだとわかる。
身体はどんどん重くなって、指を動かすこともできない。意識も、薄れてきた。

俺、まだまだだ。
弱くて、未熟で、何もできない無力な子供。

こうやってヒソカに見逃されて、に助けられて。
それでハンターになろうだって?こんなんじゃ、全然ダメだ。
悔しい、自分に腹が立つ、すごくすごく恥ずかしい。
もっと、もっと強くなりたい。

「……ゴン、お前は強くなれるよ」

俺が何を考えてるかわかってるみたいな、の声。
いつも通り静かな声だったけど、優しい感じがして。
頭を撫でてくれる手に、ミトさんを思い出す。

なんだか恋しくなってきたけど。
ちゃんとハンターになって、胸を張れる俺になれてから、帰りたい。





ゴン初めての挫折。
ゴンもヒソカも主人公に気づかなかったのは「絶」をしていたためと思われ。

[2012年 6月 12日]