第124話―キルア視点

「そういえば」

夜になって、が用意してくれた食糧にありついていたら。
いつもの調子で淡々とが口を開いた。
目の前には近くで獲ってきたらしい木の実もある。サバイバル能力高いよな、こいつ。
しかもこうやって食糧を準備してたあたり、なんつーか。抜け目ない。

「どうしてハンター試験を受けようなんて思ったんだ?」

いまさら聞くか?って内容に俺は溜め息を吐きそうになった。
それは普通、顔を合わせたときに聞くべきもんじゃないのかよ。

「別に。難関だって聞いたから気が向いただけ。拍子抜けだったけど」

試験内容のゆるいこと。ゴンとがいなかったら、早々にやめてるぜ。
トリックタワーはちょっとは楽しめたけど、今回のプレートの取り合いもな。
もうちょっと骨のある標的が相手だったら楽しめたんだろうけど。

「あと、ハンターになって、親父たちを捕まえるとか?」
「……無理だろ」
「あー!なんだよそれ、いきなり否定することないだろ!」
「ゾルディック家はそろって賞金首だが、その前に執事たちがそんなことさせないだろ」
「まあそれは、なぁ」

俺ん家にいる使用人はゴトー達だけじゃない。
それこそ本当に沢山いる上につえーから、俺だって簡単に勝てるわけじゃない。
親父たちを捕まえるのは冗談にしても、超えたいとは思ってる。
ゾルディックを出たいと思うなら、絶対に親父には勝てないとダメだ。
ゴンの父親を話すときの姿を見て、純粋にそう思った。親父に、いつか勝ちたいって。

でもそのためには。親父よりも前に、大きくて高い壁がある。

「…
「ん」
「……兄貴から、俺のこと聞いてる?」
「キルアのこと?」

俺を見る焦げ茶の瞳は、相変わらず何を考えてるのか読み取らせない。
それがもどかしくて眉を寄せて、どう続けたものかと迷った。

悔しいけどとイルミは繋がりが強い。
仕事上でのパートナーだって、当人たちは断言してるけど。
どう見たって仲良いし、兄貴が信頼してるのがわかる。
そんでもって、俺ん家の事情もはよく知ってるし、イルミの奴もよく話すらしい。
だから知ってるんじゃないかと思ったんだ。俺がハンター試験に来た、その理由を。

「………俺、家出したんだけど」
「………」

は、俺は俺だって言ってくれた。
けどこんな風に勝手に飛び出した俺に、どう思ってるんだろう。
親を説得したわけじゃない。勝手に切れて飛び出しただけだ。
ほんと、ガキみたいな衝動的な行動。

「何か、やりたいことでも見つかったのか?」

なのにの声は優しくて、俺の頭の上にはぽんと大きな手が置かれるから。
その優しさに、俺はいつも驚くんだ。

「……ただ、単に、家のレールに乗るのが嫌だっただけ…だけど」
「あるある。それが大人への第一歩だ」
「…そんだけ?」
「何が?」
「だって、その」

俺がやらかしたことって、けっこう大変だと思うんだけど。
ゾルディック家を飛び出すとき、おふくろとミルキを刺したし。
に相談もせずに、家出やらかしたし。
叱られるぐらいはあるかと思ったのに、はいつも通りで。
俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「わ!?」
「前に言っただろ。キルアの人生だ、キルアが決めればいい」
「……うん」
「ゾルディックにいようと、そこから出ようと。キルアはキルアだ」

淡々として聞こえる声は、今日はあったかく聞こえる。
どんな俺でも受け入れてくれる場所がある。それはすごく特別なことで。
こみ上げてきたものを押さえながら、俺は尋ねた。

は、さ」
「?」
「いまの仕事、やめたいと思ったことある?」
「…どちらかというと現在進行形でそう思ってる」
「え」
「可能なら、普通の仕事がしたい。それが無理でも、もう少し危険のない荷物を運びたいかな」

俺たちの側にいることが自然って空気なのに。
そんなでも、やっぱり抜け出したいとか思ったりするもんなんだ。
確かに殺しはやってないみたいだし、ケーキ食ってるときとかの方が楽しそうだけど。
呼吸するように当たり前にこっち側にいるから、兄貴みたいな考えかと思ってた。
俺たちがこういう世界で、こういうことをして生きるのは当然、みたいな。

でも、そんな風に思うんだな」
「大人だからって、割り切れてる人間は少ないと思うぞ」

俺の頭を撫でてた手が移動して、肩を引き寄せる。
そのまま俺の頭の上にが顔を預けたのが重みでわかった。
はっきり口には出さないけど、俺に甘えてくれるこの瞬間が好きだ。

「…悩んでも仕方ない、寝るぞ」
「って、このまま?」
「あぁ。…って、寝にくいか?」
「いや俺は別にいいけど、は」
「このままがいい。キルアは抱き心地良いし、安心するから」
「………そういうこと他の奴にも言ってんじゃないだろうな?」

こいつ、恥ずかしいことでもさらっと言ったりするからな。
女にもそういうこと言ってんじゃないだろうな?と聞き返すと、ちょっと自信なさげな声。

「……言ってない、と思う」
「曖昧」
「キルアだから、こういうことできるし言えるんだ」
「〜〜〜〜〜〜!!」

だからそういうこと真顔で言うなよ!!

けど、いつも通りのにほっとして。
家を飛び出してきたかすかな罪悪感も、消えていくような気がした。





お互いに甘えん坊。

[2012年 7月 14日]