第124話

「そういえば」

星が夜空の主役になる頃、携帯していた食糧をキルアと食べつつ俺は口を開く。
手近にあった木の実とかも収穫してきたから、そっちも手にとった。
野生の食べ物だからちょっと酸味がきつかったり渋かったりするけど、十分美味しい。

「どうしてハンター試験を受けようなんて思ったんだ?」
「別に。難関だって聞いたから気が向いただけ。拍子抜けだったけど」

あと、と木の実を頬張ったキルアが続けた。

「ハンターになって、親父たちを捕まえるとか?」
「……無理だろ」
「あー!なんだよそれ、いきなり否定することないだろ!」
「ゾルディック家はそろって賞金首だが、その前に執事たちがそんなことさせないだろ」
「まあそれは、なぁ」

眉間に皺を寄せて口を尖らせるキルアは、無謀なことを言っている自覚はあるんだろう。
本気で家族を捕まえる気なんてないに違いない。それが理由じゃないはずだ。
キルアの言う通り、本当に気が向いただけなんだと思う、きっかけは。
でもゴンと会って、その姿を見て感じるものはあったんじゃないかな。そうだといいな。

「…
「ん」
「……兄貴から、俺のこと聞いてる?」
「キルアのこと?」

はて、何をだろう。
ぱちくりと目を瞬くと、キルアは少し迷うような素振りを見せた。なんだ?

「………俺、家出したんだけど」
「………」

…………おお!!そうだったね、うん、もうそれ前提だから疑問も持たなかったよ!!
ひとりでハンター試験なんて受けてるキルアに、俺が疑問をもたないのが不思議だったとか?
イルミから事前に聞いてたなら、動揺しないのも納得ってことかもしれない。
いやいやいや、確かにイルミの妙な電話は受けたりしたけど、はっきり家出とは。
うん、言われてないよな。

ちょっとだけ不安そうに見上げてくるキルアは、出会った頃の幼さを思い出す。
俺に怒られると思ってるのかな?そんな心配しなくても。

あの家なら、普通は家出したくなっても当然だと思うぞ。

「何か、やりたいことでも見つかったのか?」

ぽん、とキルアの頭を撫でながら聞いてみる。
予想してなかった答えだったのか、猫目が見開かれた。

「……ただ、単に、家のレールに乗るのが嫌だっただけ…だけど」
「あるある。それが大人への第一歩だ」
「…そんだけ?」
「何が?」
「だって、その」

普段は生意気なぐらい強気というか自信満々なのに。
こういうときはすごく頼りなさそうにするんだよな、キルアって。
そんなところも可愛いと思うわけだけど。
もごもごと口ごもるキルアの銀髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。

「わ!?」
「前に言っただろ。キルアの人生だ、キルアが決めればいい」
「……うん」
「ゾルディックにいようと、そこから出ようと。キルアはキルアだ」

暗殺業なんてやめてくれた方がいいけどな!!

でもあれだよな、子供の頃って将来の選択は人生を決める重大なもので。
自分が決めたことひとつで、全部ががらりと変わって感じるから不安も大きい。
だんだんと、将来なんて変えようと思えばいつでも変えられるって気づくけど。
………そんなレベルの話でもないけどな、キルアの場合。

けどキルアがある意味で狭い世界で生きていたことは事実だ。
ゾルディック家、というものはキルアを構成する大部分で。
それを捨てることなんて一大決心。

…正直に言えば、家を飛び出して暗殺業をやめたとしても。
キルアが完全にゾルディック家から切り離されるわけじゃないと思う。
だってあそこはキルアの家だ。家族がいて、帰りを待っている人達がいる。
それはそれで大切な場所。もう帰らないと決める必要はない。

は、さ」
「?」
「いまの仕事、やめたいと思ったことある?」
「…どちらかというと現在進行形でそう思ってる」
「え」
「可能なら、普通の仕事がしたい。それが無理でも、もう少し危険のない荷物を運びたいかな」

そもそも運び屋の仕事をもってきたのはイルミだ。
だから危険が孕む仕事ばかりになるのは当然っちゃ当然なんだけど。
俺としては安定した、平和な仕事に関わりたい。
……本当の夢は考古学者なんだけどさ。

でも、そんな風に思うんだな」
「大人だからって、割り切れてる人間は少ないと思うぞ」

いや、ゾルディックの人達とか旅団とか、ああいう人種は迷いなんてないだろうけど。
だけど一般の人達だって、自分の現状に疑問を感じることはあると思うんだよな。
このままでいいんだろうか、とか。仕事変えた方がいいのかな、とか。
将来は見えないから不安だし、これっていう正解もないから迷う。

………ま、俺なんて大人って言うにはまだまだ未熟なんだけどさー。
ついつい溜め息がこぼれて、キルアの頭から肩へ手を移動させて引き寄せる。
そのままキルアに寄りかかって目を閉じた。うー、ヤバイ不安なのは俺もだ。

元の世界に帰れる日は来るんだろうか。
そもそも俺は帰りたいと思ってるのか?いや、思ってはいる。
でも、この世界に愛着を感じている俺がいるのも事実。
いつもこの問答の繰り返しだ。あーもう、俺ってホント同じことで悩むよな。

「…悩んでも仕方ない、寝るぞ」
「って、このまま?」
「あぁ。…って、寝にくいか?」
「いや俺は別にいいけど、は」
「このままがいい。キルアは抱き心地良いし、安心するから」
「………そういうこと他の奴にも言ってんじゃないだろうな?」

なんでか不機嫌な声で唸られてしまいました。
う、キルアって俺に対して保護者みたいなこと言うよな。他人に迷惑かけるな!みたいな。

「……言ってない、と思う」
「曖昧」
「キルアだから、こういうことできるし言えるんだ」
「〜〜〜〜〜〜!!」

もういい!と怒鳴って、キルアは俺の胸に頭をぐりぐり押し付けてきた。
俺の我儘を聞いてくれるらしい、と分かって白銀の髪を撫でる。
ホント、俺の方ばっかり甘えてるよなー。ごめんよ、情けない大人で。





期限まで、けっこう平和に過ぎた。
最後の方では川でキルアと水遊びをする余裕すらあったほどだ。

「あーあ、結局だらだらして終わっちまったな」
「怪我もなくてよかったじゃないか」
「けど張り合いねーよ」

『ただいまをもちまして、第四次試験は終了となります』

空から響く声。くー!無事に四次試験もクリアできたぞ、よかったよかった。
スタート地点に戻るように指示がされて、俺はキルアと一緒に森林を進む。
ゼビル島に降り立った場所に辿り着くと、飛行船が停まっていた。
ナンバープレートを確認してもらって、そのまま船に乗り込む。

ゴンが合格したか気にしていたキルアは、姿を見つけると駆け出していった。
ちらりとゴンがこちらを見たけど、俺は気にしなくていいと手を振る。
少しだけ泣きそうな顔で笑って、ゴンはキルアと歩き出していく。

「…やはり受かっていたか」
「お疲れ、クラピカ。…ひどい顔してるなレオリオ」
「うるせー」

なんか顔腫れあがってるけど。…あ、蛇に噛まれまくったせいだっけ?
同じように噛まれたゴンはぴんぴんしてるのに、えらい違いだ。
ゴンと比べちゃいけないか、と苦笑しながら俺はレオリオの額に手をあてる。

「お、おい?」
「ちょっとじっとしてろ」

≪刻まれた時間(タイムレコード)≫を使ってレオリオの時間を早送り。
俺の腕輪の石が青から透明に戻ったあたりで止める。うん、腫れは引いたかな。

「…なんだこれ、どういう手品だ」
「レオリオの怪我が回復している…。、いまのは」
「企業秘密」

レオリオとクラピカに教えるのはまだ早いし、俺が教えるべきじゃない。
だから笑って誤魔化して、そのまま受験生の待機部屋へ逃げることにした。
まるでそれを見計らっていたかのように、受験生の招集がかけられる。

いよいよ、最終試験も間近。





あっという間に四次試験終了。

[2012年 7月 14日]