第125話
畳の香り。壁に掛けられた「心」の文字。
和室そのものに招き入れられて、俺はもう懐かしさにじーんとしてしまう。
ああ、やっぱり日本人なんだなぁ。こういうのって背筋伸びるけどほっともするよ。
「まあ、座りなされ」
待っていたのはハンター協会の会長、ネテロ。
最終試験に向けて、参考のために受験生ひとりひとりと面接をしているところだ。
何を聞かれるのかはだいたいわかってるけど。
靴を脱いで畳に上がって、そのまま正座する。あー、落ち着く。
「まず、なぜハンターになりたいと思ったのかな」
「…仕事で必要になったから。あと、身分証明書が欲しかったから丁度いいと思って」
「ほう。つまりお前さんは身分証明ができんということか」
「まあ」
だ、だからって受験資格ないとかってないよね?シャルだって合格してんだし。
「この中で一番注目しているのは?」
「……注目。99番と405番、かな」
やっぱりキルアのことは気になるし、ゴンは主人公だし。
あ、いやクラピカとレオリオが気にならないわけじゃないんだけどね?
一番目がいくのはやっぱりちびっ子組かなー。
「では一番戦いたくない相手は?」
「…誰とも」
「ふむ、その理由は?」
「自分の身を守る以外での戦いは嫌いです。そもそも、勝負にならない」
「どうしても戦わねばならん場合、それでも避けたいのは?」
「…44番と301番。性質が悪い」
ヒソカとイルミはな、本当なら戦いどころか同じ場にいるのも怖い。
思い返すだけで悪寒がして、もういいですかと俺はネテロ会長に確認をとった。
充分じゃ、と頷いてくれる会長にほっと息を吐いて腰を上げる。
部屋を出てあとはふらふら。
最終試験の会場に着くまでは自由時間だ。どうしたもんかな。
腹ごしらえでもするかな、とラウンジに移動して食事を頼む。
行儀が悪いけど携帯を開いてメールのチェック。あ、シャルからきてる。
石版の情報だ。うーん…今回はどれも違うっぽいなぁ。
情報集めを頼んでからもう何年経つんだっけ。それでもまだ、見つからない。
はーあ、いつになったら手がかりが見つかるんだよもう。
「仕事の依頼か?」
向かいの椅子を引いて腰を下ろしながら問いかけてきたのはクラピカ。
俺が携帯を開いてたせいだろう。行儀が悪い、とか叱られなくてよかった。
「いや、個人的に集めてる情報が寄せられたから」
「…情報?」
「俺の故郷の手がかり。遺跡を回ってるのは、それが理由のひとつだったりする」
「………も故郷には戻れないのだったな」
「まあな。クラピカと事情はだいぶ違うけど」
別に故郷を滅ぼされたとか、家族を殺されたとかいうわけじゃない。
ただ単純に、手の届かない場所へと突然連れてこられてしまっただけで。
まさか世界を越えるどころか、三次元から二次元という次元を移動することになろうとは。
神隠し的なものなんかなぁ。そういやあっちの世界で俺の扱いってどうなってんだ。
「…辛くなったりはしないのか?」
「それはむしろお前だろ。俺は親の顔もまともに覚えてないから、そういうことはあんまり」
物心つく前に両親はいなくなったから、親が恋しいってことはない。
俺にとって母親みたいな存在はばーちゃんだったけど、子供の頃にやっぱり死別して。
あとはじーちゃんとの破天荒な生活で、寂しいとか悲しいとか思ってる暇はあんまりなかった。
ホント、振り回されてばっかりの毎日だったよなー。
けど、嫌いじゃなくて。
そうやって年甲斐もなく元気なじーちゃんを見るのが好きで。
「…日常って、毎日続くもんだと勝手に思い込んでるものなんだよな」
「………そうだな。それが突然崩れることがあるとは、そのときになってみなければ気づかない」
「心配してくれてありがとう、クラピカ。俺は大丈夫だよ」
「…別にそういうわけでは」
「俺も諦めたわけじゃないんだ」
「え?」
「クラピカがハンターを目指してるように、俺も手がかりを探し続けてる。多分、これからもずっと」
諦めるのは、この世界に生きることを決めたときなんだろうと思う。
そんな日が来るかはわからない。愛着を感じている自覚はあるから、意外とすぐかも。
でもまだ、諦める気にはなれない。帰りたいという気持ちも確かにあるから。
「ハンターになれば、立ち入れる場所が増えるしな」
「確かにそうだな」
「まずは、試験に合格すること優先だけど」
「呑気に携帯をいじっておきながら何を言う」
あ、やっぱり叱られた。
「そういえばクラピカ」
「?」
「戦いたくない相手、誰にした?」
「…理由がないのなら、誰とも戦いたくはない」
おお、俺と同じような答えじゃん。
そうだよな、やっぱり不必要に戦うなんてことはしたくないよな。っていうか平和がいい!
俺だけ臆病者みたいな答えになっちゃったかと思ったけど、仲間がいてくれた。
そのことに安心して、ほっと笑う。
「は」
「……ん?」
「何と、答えたんだ?」
「クラピカと同じだよ」
そう答えると、ちょっとだけ驚いたような顔をされた。
え、意外かな。あ、もしかして真っ先にヒソカを挙げると思われたのかな。
確かに怖いけどさ、俺はそもそも戦闘自体が苦手なんだって!怖いじゃんか!
目を瞬いたクラピカは、綺麗な笑顔を見せて、そうかと頷いてくれる。
な、なんだかこう…生温い感じがするぞ。俺の被害妄想か!?
「安心した」
「?何が」
「出来ることなら、には誰とも戦ってほしくない。そう思う」
「クラピカ…」
やっぱり俺が弱っちいから心配ってことだよね!?危なっかしいってことだよね!?
くそう、その通りなんだけど男心としては複雑っ。
だってやっぱ、強く頼れる男になりてーじゃん!!