第126話
最終試験の会場はハンター審査委員会が経営するホテル。
広いフロアに通されて、俺たちの前にホワイトボードがやってきた。
「最終試験は一対一のトーナメント形式で行う」
ネテロが楽しげにそう告げ、ボードを覆っていた布を外した。
そして現れたトーナメント表にはそれぞれの受験番号が書かれていて。
頂点はひとつしかない。
「これは……」
「つまり…」
「今年の合格者は」
「ひとり、ってこと…?」
普通はトーナメントに勝ち上がった者が合格する、と思うよなー。
けど違うことを知ってる俺は、さて誰とぶつかることになるやらと自分の番号を探す。
その横でレオリオが「お前はなからヒソカと当たんのかよ!?」と叫んだ。
うん、クラピカの初戦はヒソカ。絶対に勝てと必死のレオリオにクラピカは頷く。
勝たなければ目標には近づけない。そう考えるクラピカの眼差しは強い。
まあ、あっちは心配してないんだけど……。
俺の番号はあそこ。えーと最初にぶつかるのは………ぶつかる、のは?
「ほっほっほっほっほ、勘違いしないように。最終試験のクリア条件は、たった一勝で合格である」
悪戯が成功した子供のように笑ったネテロが人差し指を立てた。
つまりは勝った者は次々と抜けていって、負けた者がトーナメントを進んでいくってこと。
あの頂点にまで残ってしまったものひとりが、不合格になるってことだ。
それぞれに二回戦う機会は与えられる。
与えられるんだけど…………ちょ、ちょっと待て。
俺の初戦、301番になってるんだけど。
301番ってあれだよな、ギタラクルだよな。………イルミってこと、だよな?
…………………。
いや、いやいやいやいや、無理、無理だろ無理無理!!
イルミと戦うとか普通に無理だし!!!
…いや待て。
もしここで俺がイルミに負けておけば…?イルミは勝ってトーナメントから抜ける。
そうなればキルアとイルミが戦うことはなくなるかもしれない。
原作ではありえなかった話に進む、ということも可能なのではないだろうか。
まあ、そうなったらそうなったで別の手段でゾルディック家に帰らせそうだけど。
どちらにしろ、イルミとまともに戦えるわけもないから。
試合が始まった瞬間、俺は「まいった」と負けようと思う。
今回の試合では武器の使用は可。
ただし、相手を殺してはいけない。負けを認めさせればそれで勝ちだ。
もし受験生を殺してしまうようなことがあれば、その時点で殺した者は失格。他全員が合格になる。
殺してはいけない、というのは安心できるルールのようでそうではない。
気絶させてもそれは相手の負けにはならない。
負けを認めさせないといけないのだ。……ホント、えげつない合格基準だよな。
ここまで残ってきた連中が、簡単に「まいった」なんて言うわけない。
クラピカなんて死にかけても言わないだろうし。言うのは…レオリオとかぐらいじゃね?
つまりは、いかに相手に敗北という感情を叩き込むか。
………まあ、こういうことになるよなと俺は長く続く試合から目を離すため瞼を伏せる。
いまはゴンとハンゾーの試合だ。
身体能力で圧倒的に上のハンゾーは、ゴンを簡単に床に這いつくばらせた。
でもゴンが負けを認めることはない。だから、意識を奪わない程度に痛みを与えることになる。
いわゆる拷問だ。ゴンの呻き声や転がる音が聞こえてくる。
そうして、それが何時間にも及ぶことになった。
目を閉じて現実から逃げてる俺は、ざわめく皆のオーラだけは感じてる。
クラピカも、レオリオも、すごく怒ってる。
キルアも怒ってるかもしれないけど、それよりももどかしさを感じてるみたいだ。
ずっと続く拷問を見せられて、ボドロやポックルのオーラも不安定になってる。
相変わらず綺麗に洗練されたオーラを纏っているのは、ヒソカとイルミぐらいだ。
…もちろん、受験生の中だけの話だけど。
「さあ、これで左腕は使い物にならねえ」
ゴンの左腕が折られた。鈍い音と、耳に刺さる痛みの声。
レオリオとクラピカの殺気が強くなったのがわかって、さすがに俺は目を開けた。
二人とも瞬きすら忘れて戦いの行方を見守っている。臨戦態勢だ。
これ以上ゴンに何かされるようなら、すぐにも動けるように。
「痛みでそれどころじゃないだろうが、聞きな。忍びはな、忍法と言われる特殊な技術を身に着けるため、生まれたときから様々な厳しい訓練を課せられるんだ」
なんでか倒立を始めるハンゾー。いや、すごいけどさ。
人差し指で身体支えられるって確かにすごいと思うんだけどさ、話なげぇよお前。
「こと格闘に関して、いまのお前が俺に勝つ術はない。悪いことは言わねぇ、素直に負けを認めてまいったと……ふぎゃ!!」
ハンゾーの腕をゴンが蹴る。
無様に倒れるハンゾーはやっぱりギャグにしかならんよなあ、と溜め息が出る。
普通さ、忍者って言ったら無駄話せずに目標を達成するものだろー。
べらべら口の軽い忍者ってむしろダメな気がする。
「ってぇー…痛みと長いお喋りで、頭は少し回復してきたぞ」
ふらふらと立ち上がったゴンに、いけー!蹴り殺せー!とレオリオが声援を送る。
いやいや殺したら失格になっちゃうだろうが。クラピカも同じ点を指摘。
…うん、二人ともさっきまでの張り詰めてた空気が散ってる。よかった、よかった。
「この対決はどっちが強いかじゃない、最後にまいったって言うか言わないかだもんね。なめてるとかなんとか、関係ないじゃん!!」
「…何を隠そう、いまのはわざと蹴られてやったわけだが」
「嘘つけー!!」
俺もそう思うよレオリオ。ありゃ絶対嘘だよな。
だってハンゾーの鼻から思い切り赤い血が流れているわけで。あーあ、情けない顔に。
そんな状態でキメ顔するなよ、とまたまた溜め息。
しかし緩んだ空気は束の間。
ハンゾーがまたも厳しい表情を浮かべて、殺気を迸らせた。
「わかってねぇぜ、お前。俺は忠告してるんじゃない、命令してるんだぜ」
今度は折るどころでは済まさず、足を切り落とす。
そうする前に「まいった」と言えと。
得物を手に告げるハンゾーは、命令といいながらも懇願の口調。
……優しいというか、良いヤツなんだよなハンゾー。
でも誰にでもこうなわけじゃない。ハンゾーは訓練された忍びだ。
感情を切り捨てる訓練なんていくらでも積んできてるはず。
そうさせない、ゴンがすごいっていうこと。
圧倒的な力の差。
絶対にゴンはハンゾーに勝てない。このまま「まいった」とゴンが言わなければ。
ハンゾーは宣言通り足を切り落とそうとするだろう。
そんな脅しを前にしても、ゴンはただひたすらに真っ直ぐな瞳で。
「それは困る!!」
誰もが予想していなかった答えを、出した。
「切られて歩けなくなるのは嫌だ。でも降参するのも嫌だ。だからもっと別のやり方で戦おう!」
「んな!?てめえ!自分の立場わかってんのか!?」
正直すぎるゴンに、会場に笑いが漏れる。
あのヒソカですら、くすくすと楽しげに笑みを噛み殺している。
いやあ、ホントすげー。さすが主人公だ、この我儘っぷり。
「勝手に進行すんじゃねえぞ!なめてんのか!マジで叩っ切るぜコラァ!!」
「………それでも、俺はまいったとは言わない。そしたら血がいっぱい出て、俺は死んじゃうよ」
「い!?」
「その場合、失格するのはあっちの方だよね?」
「…あ、はい、そうなります」
「ほらね?それじゃお互い困るでしょ」
「〜〜!」
「だから、考えようよ。ね!」
完全にゴンのペースで。
ハンゾーだけじゃない、見てる審査員や受験生たちまでも巻き込んで空気が明るくなる。
ゴンが急に強くなったわけじゃない。
腕は折れたままだし、ハンゾーに勝つ策が見つかったわけでもなくて。
実力の圧倒的な差は埋まらないまま、なのにもう殺伐とした雰囲気は消えている。
皆が、ゴンを応援してる。
周りを惹きつけるこの力。これがきっと、ハンターとしての素質のひとつ。
「………」
「ん」
いつの間にか、キルアが隣に来てた。
じっと試合を見守る目は動かないけど、オーラがぐらぐら揺れてる。
まだ念を習得してないキルアはもともとオーラがまとまってないけど、それでも。
戸惑いや混乱を示すような揺れ方に、銀色の髪をよしよしと撫でた。
キルアは初めて見たんだろう。
実力だけじゃない。目に見えない何かによって、切り開かれる未来もあるってこと。
そしてその形なきものこそが。
ひとの本来の可能性だってことを。
すっかりイルミと試合だってことを忘れて傍観モード。
[2012年 7月 30日]